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04:「似合っていますか?」


 アデルバートから借りた本を読み終えると、もう夜会の日だった。

 ちなみに、その本に描かれていたヒーローは普段のアデルバートからかけ離れた爽やかで、女性に甘い言葉を囁く青年だった。


 彼をアデルバートが真似ている場面を想像しようとしたが、まったく想像がつかなかった。

 やはりあのとき演じてもらえばよかった、とジェシカは心底後悔したのだった。


 また、ドレスのお礼を手紙に書いたが、きちんと口でも言うつもりだ。アデルバートがどんな反応をするのか、とても楽しみだ。


 アデルバートから届いた夜会の衣装一式を身につけ、アデルバートが迎えに来るのを待つ。

 彼が贈ってくれたアクセサリーは、ピアスとネックレスだった。ピアスにはアンバーが使われ、ネックレスにはトパーズが用いられている。

 どちらも石の大きさは小ぶりだが、職人が丁寧に仕上げたと一目でわかる出来栄えだった。


 やがてアデルバートがやって来て、ジェシカは胸が高鳴るのを感じる。

 彼の用意したドレスを着たジェシカを見て、なんて言うだろう。


(『よく似合っている』とかかしら? それとも『綺麗だ』とか? ……あのアデルバート様ですもの、それはないわね……)


 そんなことを思いながら玄関ホールへ辿り着くと、盛装をしたアデルバートがケイレブとなにやら話をしていた。

 珍しい組み合わせだわ、と思うのと同時に、アデルバートの姿に息を飲む。


 普段はおろしている前髪を上げているせいか、いつもよりも大人びて見える。

 そして衣装は白地のコートとトラウザーズ。ベストは榛色。コートやベストには細かく金糸で刺繍がされており、ところどころにある緑色の刺繍が目を引く。

 カフスボタンにはエメラルドが使われていて、まるでジェシカと対のような衣装だ。


(これってもしかして……わたくしたちの瞳の色?)


 アデルバートの瞳の色は珍しい緑。そしてジェシカこ瞳は榛色である。

 たまたま色が被った……というには、あまりにも出来すぎている。


 アデルバートがジェシカに気づき、目を細めた。

 そしていつも通りに眉間に皺を寄せる。なんだか睨まれているように見えて、ジェシカはくすくすと笑う。


「お待たせいたしました、アデルバート様」

「……そんなに待っていない。それに、ケイレブと話をしていたから、待っていた感覚はない」


 いつも通りなアデルバートに少しだけがっかりしてしまう。着飾ったジェシカを見て、少し動揺してみせるくらいの可愛げがあればいいのに、と思う。


「では、行くか」

「はい」

「行ってらっしゃい、姉上。……アデルバート殿下も」


 渋々と言うようにアデルバートの名前を付け加えたケイレブに苦笑する。

 ちらりとアデルバートを見たが、彼は特に気にしていないようだった。


「……貴重な情報を感謝する、ケイレブ」

「いえ、別に。あなたのためではないので、感謝されるいわれはありません。どうぞお構いなく」


 素っ気ないケイレブにアデルバートは微かに笑う。

 ジェシカは二人のやり取りの意味がわからず、首を傾げた。

 アデルバートに促されてジェシカはケイレブを気にしながら、王城へ向かう車に向かう。


「……どうかお気をつけて」


 微かな声でそう言ったケイレブの声にジェシカはハッとして振り返ったが、もうすでに玄関の扉は閉ざされたあとだった。




 車に乗り込み、少ししてジェシカはアデルバートに話しかけた。


「アデルバート様」

「なんだ?」

「素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございました」

「……ああ」


 アデルバートは足を組み、視線を窓の外へ向けたままこちらを見ない。

 なにか考え事があるのか、それとも……。


「それで、どうでしょう?」


 ニコリと微笑み、ジェシカはアデルバートに問う。

 アデルバートは視線を外に向けたまま、「どう、とは?」と返事をする。


「わたくしとドレスですわ。どうでしょう。似合っていますか?」

「……そんなこと、言わなくてもわかるだろう」

「まったくわかりません。なので……教えてくださいな」


 ニコニコと笑ったまま、ジェシカは言う。

 ドレスを贈っておいて一言も感想がないのはさすがにどうかと思うのだ。

 女心として、たとえ似合ってなくても「似合っている」と言われたい。


「……」


 アデルバートは黙り込む。

 ジェシカの家であるサンダース公爵邸から王城までは車で十分程度。早くしないと城に着いてしまう。


「アデルバート様」


 焦れたようにジェシカが名前を呼ぶと、アデルバートは渋々と言うようにジェシカを見た。


「……私が選んだんだぞ。似合わないはずがない」

「……」


 そういう回答を求めていたわけではない。

 がっくりとしたところで、城へ到着してしまった。

 アデルバートは先に車から降り、ジェシカをエスコートする。


 そのとき、小声でジェシカに囁く。


「……想像していた以上に、似合っている」


 驚いてアデルバートを見ると、彼は視線をジェシカから逸らしていた。

 子どものような態度にジェシカは小さく笑い、ありがとうございますと返しながら、彼の手を取る。


 ジェシカたちは通常の招待客とは別の入口から会場に入ることになっている。そちらへ回るために移動する途中で、アデルバートが不意に言った。


「今日は私から離れるな。やむを得ず離れてしまった場合は私が戻るまでその場にいるんだ。いいな?」

「え? ええ……わかりました」


 いつもよりも強い口調で言うアデルバートにジェシカは戸惑いながら、頷く。

 なにかあるのだろうか。

 そう疑ったが、ジェシカはすぐに思い直す。


(案外、わたくしを誰かに取られてしまうことを心配しているだけかもしれないわ)


 滅多に聞けないアデルバートの本音を聞けて、ジェシカは少し浮かれていた。

 そのままジェシカはアデルバートの婚約者として紹介され、アデルバートの父である国王と王妃に挨拶をしたあとダンスをした。


 その後、次から次へとお祝いの言葉を告げに人がやってきて、その対応に追われた。アデルバートはいつも寄せている眉間の皺を今日だけは伸ばし、いつになくにこやかな表情で接していた。


 アデルバートに寄り添い、たまに笑みを交わし合う。これでアデルバートとジェシカの仲は良好だと、各所に印象づけられただろう。

 対になっている二人の衣装も、その後押しになるはずだ。

 恐らく、ここまでアデルバートの計算内だ。ドレスをジェシカに贈ったのも、周りへのアピールのため。


 笑みを張り付かせ続けているアデルバートを見ながら、なんて恐ろしい人なのかしらと、ジェシカは感心してしまう。


 やがて人の波が落ち着くと、アデルバートの表情がふっと消えた。どうやら笑い疲れたようだ。


「お疲れですか、アデルバート様?」

「これくらいどうということはない。……と、言えないのが悔しいな……」


 ふう、と深く息を吐く。

 ジェシカの思っている以上にアデルバートは疲れているようだ。

 ジェシカはふと気づき、恐る恐るアデルバートに尋ねた。


「アデルバート様……その、ご体調は……」

「少し疲れただけだ。体調は悪くない」

「それを聞いて、安心いたしました。ですが、無理はなさいませんよう」

「わかっている」


 しっかりと返事をしたアデルバートにジェシカはほっとする。

 アデルバートは生まれつき体が弱い。それは大人になった今でも変わらない。

 そしてアデルバートには重大な秘密があった。


「……少し外の空気を吸いたい」

「では、バルコニーへ行きましょうか。今なら人もいないようですし」


 頷いたアデルバートと共にバルコニーへ向かう。

 外に出ると、涼やかな夜の風が通り抜けた。


「……こういう人が多い場所は息が詰まるな……」

「こういう場は苦手ですか?」

「得意ではない。だが……賑やかな場は嫌いではない」

「あら、意外です。アデルバート様は賑やかな場が苦手なのだとばかり……」

「決して好きというわけでもないぞ。ただ、一人でいる時間が長かったからか、人の声を聞いていると安心するんだ」

「……」


 アデルバートは幼い頃、今よりももっと体が弱く、寝込んでいることが多かったという。

 小さなアデルバートが一人でベッドに寝ている姿を想像すると、胸が痛む。


 ジェシカはアデルバートの手を取った。


「……わたくし、もっと早くにあなたと出会いたかった。そうすれば、幼いあなたと楽しい思い出をたくさん作ったのに」


 そう言ったジェシカにアデルバートは目を丸くする。そして、いつになく優しく微笑んだ。


「君にそう言ってもらえただけで、私は救われている。それで十分だ。それ以上を望んだら、きっとバチが当たる」

「アデルバート様……」


 ジェシカはプロポーズのときに告げられたアデルバートの秘密を思い出す。


 ──私はもう、あまり長くは生きられない。


 淡々と、そう告げたアデルバートの凪いだ顔が浮かぶ。

 アデルバートは生まれつき心臓が弱い。そのせいで体が弱いのだ。

 今は薬で発作を抑え、なんとかなっているようだが、医者に二十歳まで生きられるかどうかと言われているのだという。


 現在、アデルバートは十八歳。彼の残りの時間はあと二年弱。それまでにとある目的を果たすため、彼はジェシカと婚約をした。


 ジェシカはそれを知ったうえで、彼のプロポーズを受けた。彼の手助けがしたかったからと、できるだけ彼の傍にいたいと思ったからだ。


「──これから楽しい思い出をたくさん作りましょう。わたくし、全力でサポートいたしますわ」


 ニコリと笑いかけたジェシカにアデルバートがふっと笑う。


「それは頼もしいな」

「……本当にそう思っていらっしゃる?」

「どうかな」


 もう! と膨れるジェシカにアデルバートは声をあげて笑う。こんなふうに笑うアデルバートを見るのは初めてだ。怒っていたはずなのに、いつの間にかジェシカも笑っていた。


「……なに、そんなに気遣う必要はない。まだまだやらなけらばならないことがたくさんあるからな。それが終わるまでは抗うさ」

「それならいいのですけれど。でも、楽しい思い出作りはしましょうね」

「ああ、そうだな……それもいいかもしれない」


 そう言ってアデルバートは空を見上げた。

 釣られてジェシカも空を見ると、大きな月が出ていた。


「今日は満月ですのね。気づきませんでした」

「私もだ。こうして夜空を見上げるのも久しぶりな気がするな……」


 少しの間、二人で夜空を眺めていた。二人とも一言も話さなかったけれど、気まずさはなかった。むしろ、穏やかな雰囲気で心地が良い。

 それを打ち破ったのは、軍服を着た青年だった。


「──失礼いたします。アデルバート殿下、例の件でお伝えしたいことが」

「わかった、聞こう。ジェシカ、会場に戻る。そして少しの間、この近くにいてくれ。私が戻るまで会場の外には出ないように」

「わかりました」


 ジェシカは会場内に戻り、軍服の青年と会場の外へ向かうアデルバートの後ろ姿を見送った。

 少し喉が乾いたので、近くにいた給付係から飲み物をもらい、喉を潤す。


(なにか真剣なご様子だったけれど……なにかあったのかしら? あの様子では教えてくれそうにないけれど)


 アデルバートのことを気にしながら、壁の花となっていると、酷く怯えた声に名前を呼ばれた。


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