雄鳥がくれた卵を少女が温泉卵にしようとした話
ノリで読みましょう、ノリで
私は耳に手を当て、目を固く閉じてしゃがみ込んだ。
あまりにも激しい音と光。
でももう手遅れ。轟音は耳に侵入したし、閃光も目に刺さってしまった。
しばらくの間、私の耳は全ての音を感じ取れなくなった。私の目は赤と白しか映さなくなった。
でも、こんな偶然があるなんて。
私はただ雷が好きだから、わくわくするような真っ黒な雲が立ち上ったとき、だだっ広い畑の真ん中で電柱を見上げていただけだというのに。
「にょほほほほほ」
落雷の激しい音から耳が復活してくると、耳を塞ぐ手のひら越しに、奇妙な音が響き渡っているのを知った。
「にょほほほほほほほほほほ、ゲホッ、にょほほ」
私は無視して完全に耳と目が治るのを待った。
どれだけの時間がたったのだろう。私は立ち上がり、ゆっくり目を開け、耳から手を離した。
驚いた。かつて電柱だったであろう柱は消え失せ、そこにニワトリの着ぐるみを着て髭を生やしたおっさんが立っていた。
右手にセンスを持ち、自分の赤ら顔を仰いでいる。着ぐるみは立派なもので、一見でっかい(二メートルくらい)ニワトリにしか見えない。首のところにひげ面のおっさん顔がなければ。
「にょほほほほほほ。グッドイーブニング。プッチガール!」
絶対間違っていそうな発音で英語のようなものを叫ぶニワトリ。私は鶏冠の形でこのニワトリが雄鳥であることを喝破していた。
「にょほほぉ。君のようなナイスなギャルに、とってもいいものをあげよう」
すでに滅んで久しい単語をわめきながら、雄鳥は直径一メートルくらいの卵を私に差し出した。
「な、なぜ雄鳥が卵を!」
私は驚愕の声を上げた。しかし雄鳥は堂々と答えた。
「おお、キューティレディ。あなたは私がこんな大きな卵をどこから出したのかが不思議なのですねぇ!」
私は首を横に振った。そんなことはどうでも良かった。問題は雄鳥と卵の組み合わせなのだ。
しかし雄鳥は胸を張って答えた。
「簡単です。口から産んだのです」
「いや、大きすぎて無理」
私の率直な感想に雄鳥は羽を振って答えた。
「では、私は空に帰らなくてはならないので、バッハハーイ」
雄鳥は空から垂れてきた蜘蛛の糸をよじ登っていった。私はじっと見ていたが、二十分たってもまだ雄鳥のお尻は地面から1メートルくらいの所にあった。
雄鳥は糸を上るのが苦手なのだと、私は初めて知った。
雷がやんだので、私は卵を担いで帰途についた。そしたら後ろで何かが落ちる音がした。
「おおおー、切れました、痛いでーす!」
私は振り返らなかった。興味ないし。
家に帰って私は図鑑を調べた。ダチョウの卵の直径よりも大きいことは間違いなかった。
オスから生まれたからにはきっと温めても孵ることはない。ヒキガエルに頼めばいいのかもしれないけど、ヒキガエルに知り合いはいない。
だから私はオムレツを作るしかないと思った。でもこんなに大きな卵を割り入れる器はうちにはなかった。どうしたものか。
しばらく悩んで私は良いことを思いついた。温泉に浮かべて、温泉卵を作ればいいのだ。
私は服を脱ぐとバスタオルを体に巻いて、卵を担いだまま温泉へと向かった。
一番近くの温泉まではおおよそ十五キロ。遙か山頂のカルデラ湖にあるはずだ。
一人じゃ寂しいので、私は道で寝ていた野良猫を捕まえて、卵と一緒に担いでいった。
「ぽろん、ぽろん」
猫は哀しそうに糸をはじくような声で鳴いた。別に食べるつもりはないのだけど。
まだ一キロくらいしか歩いていなかったけど、私はちょっと疲れてしまった。しょうがないから、卵を舗装道路の真ん中において、猫をその上において、私は道端に寝ころんだ。
うつらうつらしていたら、雪が振ってきた。これは積もりそうだ。さすがにバスタオル一枚は寒い。
そのとき、後ろですごい音がした。
「ふみょーん!」
どうやらトナカイが道の真ん中に置いてあった卵にぶつかったらしい。雪で滑って止まりきれなかったのだろう。雪道の運転は難しい。引いていたそりが無人で良かった。
「ふみょ、ふみょ」
トナカイがのけぞってけいれんしている。私はそのトナカイを見て、そりが無人である理由を知った。トナカイの顔は白い豊かな髭を生やしたおっさんだった。トナカイの立派な角の形をした帽子をかぶっている。背中には大きな白い袋が結びつけられていた。
そりに乗せておけば良いのに。
私がグーで十二回ほどトナカイを殴り、二十五回ほど蹴りつけると、トナカイはやっと立ち上がった。私は角の形でこのトナカイがオスであると見破った。
「ど、どゎれだ。こなんばそに、たみゃぎょをおいたやからは(誰だ。こんな場所に卵をおいた奴は)」
聞き取りにくいでたらめな方言でトナカイは叫んだ。私は黙って卵の上の野良猫を指さした。
野良猫は目を見開いて爪で自分を指さした。あわてて首を振る。
「わりごは、むちうずどー。わりごどじだごは、ぐろぼんにのっどるどー(悪い子はむち打つぞ、悪い事した子は黒本に載っているぞ)」
「ぼろん、しゃん」
哀しそうな音色で猫は鳴いた。
私はトナカイに野良猫を引き渡すと、卵を担いで歩き出した。早く温泉に入らなければ体が冷えてしまう。まだこの先14キロもあるんだから。
「しゃんしゃんしゃんしゃんしゃん!」
背中で津軽三味線の音が響いた。
裸足で歩くのはつらい。そろそろ五キロくらいは歩いたはずだ。雪は膝まで積もっていた。バスタオルは膝上十五センチくらいだから、温泉に付く頃にはバスタオルが雪まみれになってしまうだろう。
その時、雪の上を誰かが走ってきた。競泳用の海パンをはいて水泳帽をかぶり、ゴーグルをつけた細身の男だった。ひざを胸に付ける勢いでふり上げて、腕を大きくブン回しながら走っている。
「ほっ、ほっ、ほっ」
息づかいが荒い。私は彼の額に書いてある文字で彼の正体を知った。
ひらがなで「しまへび?」と書いてあった。
いや、シマヘビなら淡黄色の体色に4本の黒い縦縞模様があるはず。手足もあって、海パンも水泳帽も茶色だから、あれはカナヘビのはずだ。よく見ると「しま」の部分は赤字で直されていた。最後の?も赤字だから、後で書き加えたんだろう。
バスタオルの美少女に向かって海パンのカナヘビが近寄ってくるなど、失礼この上ない。私は反射的に担いでいた卵を投げつけた。
「うぴょ」
卵はカナヘビの顔面に当たり、カナヘビは動かなくなった。きっと彼は雪に埋もれて、鮮度が良いまま保存されるだろう。もずに出会ったら伝えておかなくてはならない。1月にはたくさん食べるだろうから。
私は卵を回収したが、卵にはひびが入っていた。
私は愕然とした。このままゆでては中身がこぼれてしまう。温泉卵が作れないではないか。
でも湯の中に酢を入れて、水からわかせば大丈夫だろうか。温泉に酢を入れて良いものか。これは温泉の人に訊くしかない。
そろそろ十キロ歩いた。雪はもう止んで日が照ってきた。日差しがあまりに強くて、溶けた雪が流れて川になった。川は深くて太股の付け根まで来ている。
バスタオルはもうすっかり濡れてしまって、今は私の水着替わりだ。でも、水から上がるときはどうしよう。バスタオルが濡れてしまっていては体が拭けない。
卵は水に浮きそうだったから、それに乗っていこうかと思ったのだけど、卵は割れているし、そもそも卵にまたがるなんてはしたないまねは出来ない。
それにしても水の中を歩きながら卵を担ぐのはすごく疲れる。
酢はどうしよう。どこかに売っているだろうか。いやいやお金がない。酢は作るしかない。卵の殻で醸せるだろうか。エールができちゃったらどうしよう。
でもまずは、試してみよう。
私は水の上で、丁寧に卵の殻に穴をあけた。そしたらそこから足が出てきた。白くて細い足だった。穴が足でふさがってしまったので、別のところに穴をあけた。そしたらまた足が出てきた。
結局四カ所穴をあけたけど、でてきたのは白い足が二本と白い手が二本だけだった。
でも良かった、足があるなら勝手に付いてきてくれる。もう担いでいく必要はない。
私は卵を水に浮かべると、卵の手を引いてさらに進んだ。卵は私に手を引かれながら、ばた足で泳いで付いてきた。
やっと水が引いた。もう目の前に温泉が見えている。
困ったことがあった。バスタオルが濡れてしまって体を拭けない。でもバスタオルをとるのは恥ずかしい。
まだ困ったことがあった。酢を見つけていない。酢が無くてはゆでたときに卵の中身がでてしまうし、殻もむきにくい。
もっと困ったことがあった。卵にヒビがあるし穴が四つある。手も足もある。このままではゆでられない。
そもそも一番困るのは、こんなに大きな温泉卵を作っても私は食べきれないってことだ。
温泉卵はあきらめるしかなさそうだった。
私は途方に暮れて、手持ち無沙汰になり卵のひび割れを剥がしていった。中身が腐っていたら捨ててしまおう。どうせ雄鳥の卵だ。
ところが、卵の中には可愛らしい顔があった。私好みの美少女だった。私にすごく似ていて美人だ。
私は殻の剥がしたところから、卵の中に入ることにした。この中ならバスタオルが無くても恥ずかしくない。私は卵の中に入って中の美少女と向き合った。彼女も手足を引っ込めて私を見てくれた。
彼女とたくさんお話をしなくては。きっと楽しいに違いない。じゃまをされたくないので私はバスタオルで殻の穴を塞いだ
伏線回収なし。
えーと、コカトリスと三味線とサンタクロースとモズの早贄とチェンジリングと、他にもなんかいろいろ。