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BLACK MARKET  作者: 碑文谷14番
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訓練ニ次グ訓練

「ヨーッ、ゼータ。調子ハドウダ??」


 リハビリ五日目、まだ顔の包帯は取れないが、目蓋も頬も自由に動かせる様になっていた。最初は点滴と流動食で摂っていた栄養も、今では普通の食事ができるまで回復した。身体の方は順調なんだけど、問題はスナッフビデオの視聴だ。テロリストが行う処刑だったり、交通死亡事故だったり、正常だった俺の精神をゴリゴリに削ってきやがる。しかし、アミーゴが用意したDVDの残りは数えるまでに減った。

 このグロ映像たちを飯食いながらでも観れるくらいに慣れなければならない。だって殺し屋として働く様になれば、これらと同じ事、もしくはそれ以上の事を俺が実行しなきゃいけないんだ。怖いだの気持ち悪いだの、素人みたいな感想が浮かぶようじゃまだまだだ。

 唯一俺の心に平穏をもたらしてくれる存在は、様子を見に来てくれるチキータだったが、この二日間彼女は顔を出してはくれなかった。一端の殺し屋は忙しいだろうから仕方ないのかも知れないけど。


「チキータノ事ナンダケドナァ。アノ子、一昨日昨日ト反動ガ出テナインダヨ…」


 実際二日続けて仕事が入ったチキータは、どうも反動を抑止しているらしく、俺の傷が治りきるまで我慢すると言うのだ。何でも甘えるなら俺に甘えたいんだとか。嬉しい事に彼女は俺に懐いてくれたのだ。何故か俺は昔から小さい子に気に入られやすい。俺自身も年下の子の面倒を見るのは好きな方だ。チキータに妹の面影を重ねるつもりはないが、俺を慕ってくれるならチキータの『お兄ちゃん的存在』になるのもやぶさかじゃない。

 早くチキータを甘やかして、仕事のストレスを解消してあげたい。そう心に決めた俺は残りのDVDをその日の内に全部見て、リハビリもちゃんとこなし、完治の日を晴れやかな気持ちで迎えた。


「ねぇねぇ、ヤブッ!早く包帯取って、包帯取って!!」


「そう急かさないで。はい、ゼータくん。もう目を開けても大丈夫だよ」


 漸く顔に巻きついていた包帯が剥され、おニューの顔を披露しながら目蓋を開けると、一番に視界に映ったのはチキータの笑顔だった。彼女はキラキラなおメメで俺を見つめていた。チキータがこんなに俺を注目してくれるのは初めてな気がする。それも当然か。どうせ変わってしまう元の顔なんて、興味がなかったんだろう。だったらこれからはこの顔をたくさんこの子に見てもらおう。俺はチキータに負けない笑顔を、彼女にお返しした。


「ジャア早速殺シ屋実技ノレッスン1ダ。地下ノ牢獄マデ行クゾー」


 十日間世話になった医者フロアに別れを告げ、アミーゴの先導の元エレベーターに乗り込んだ。移動の間はずっとチキータに手を握られていた。今日まで我慢していたんだ、こんな俺で良ければ目一杯甘えてもらおう。彼女の手はとても柔らかく、プロの殺し屋である事を一瞬忘れさせた。

 地下の牢獄フロアに着くと、最初にテストを受けた部屋と同じくコンクリートむき出しの壁と鉄格子に囲まれた小部屋がいくつも並んでいた。一つの部屋につき一人の人間が閉じ込められていて、とても人の扱いをされているとは思えない。彼らは一体何なんだろう。そんな俺の疑問を解決してくれたチキータの言葉は、やはりプロ殺し屋である事を思い出させた。


 ここに囚われているのは組織にとっての『罪人』で、さまざまなタブーを犯した罪で殺されるのを待つだけの生きた屍らしい。この連中に存在意義を与えるとするならば、殺し屋見習いの練習台くらいだとチキータは続けた。

 いきなり俺に人間を殺せと言うんじゃないだろうな…、と身構えていると、流石にそれはないらしく、今日はただの見学だとアミーゴが教えてくれた。いや、見学って事は目の前で人が殺されるのを見せられるんでしょ?どっちにしろキツいなぁ。でも、これも訓練の一環か。

 無意識の内にチキータと繋いだ手に力が入ると、彼女も同じ様に握り返してくれた。それはまるで心配する必要はないと悟らせているみたいで、こんな小さな子に支えられている自分を情けなく思ってしまった。


「オ、キタキタ。ゼータ、彼ガオ手本ヲ見セテクレル『ムラマサ』ダ。挨拶シロ」


 アミーゴが紹介してくれたのは、俺やチキータの先輩にあたる殺し屋で、歳は俺と大差ないくらいの少年だった。見た目こそ普通の男の子だが、見逃せない違和感が一つある。彼の腰には一振りの日本刀が差してあったのだ。刀をエモノに殺しを行う…、だから『ムラマサ』か。


「ゼ、ゼータといいますッ!今日はよろしくお願いします!!」


 ムラマサは俺の挨拶に笑顔で答えると、何も言わないまま一つの鉄格子を開け、中に入っていった。これから殺されるであろう囚人は特に反応は見せず、一度ムラマサと目を合わせるとその場で立ち上がり、胸の前で十字を切った。

 絶対に目を離すなとアミーゴから釘を差されていた俺は、目の前の光景を穴が開くほど凝視した。それでもムラマサの動きが速すぎて、俺の目で捉えられたのは事が済んでからの後だった。刀身に着いた血を和紙で拭ったムラマサが刀を鞘に納めると、囚人は前のめりに倒れた。その時初めてどんな殺され方をしたのか把握できた。倒れた囚人は、綺麗に左右に別れたのだ。

 殺しを間近で見せて貰えた俺は、以外にも落ち着いていた。それよりもムラマサの技術の方に興味が沸き上がった。どんな訓練をしたら、人間一人を一刀両断できるのだろう。っていうか、日本刀の切れ味ヤバいな!人が豆腐みたいだ!!


「はじめまして、ゼータくん。俺の『唐竹割』どーだった!?」


 あっけに取られポカンと口を開けるしかできなかった俺に、ムラマサは気さくに話しかけてくれた。俺は彼の業と、それを見せてくれた彼を称える言葉を返した。やっぱりプロの殺し屋は凄い。俺もこんな風にスゴ業を身に着けられるのだろうか。そう感じられた事は、俺の向上心の裏付けだった。自分でも驚きだったが、殺し屋になる心構えは既に出来上がっていたのだ。


「ジャア今度ハチキータガオ手本ミセテヤレ」


「はーいッ!ゼータ、ちゃんと見ててねッ!」


 この日から暫く、先輩殺し屋によるデモンストレーションを嫌と言うほど見せられるのだった。DVDで予習しとかなきゃ、平然を保っていられなかっただろう。少しずつではあるが着実に殺し屋への道のりを、俺は進んでいた。

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