ワレワレノ組織
組織の名前は『BLACK MARKET』。色んな国の人が寄り合って形を成している多国籍結社で、殺しは勿論、違法賭博や違法薬物の密造密売…、株の不正取引やマネーロンダリング…、金になる悪事は何でもやる極悪集団だ。
そんな恐ろしい連中と関わり合いになるなんて思ってもなかったし、BLACK MARKETなんて聞いた事もない。アミーゴが語る言葉はどこか現実味に欠けていた。彼の片言が信憑性の危うさに拍車を掛けていたのかも知れない。そんな事より、運ばれてきた『とんかつ御膳』にがっつくのに夢中だった。
ここ数日は一つの菓子パンを小さく齧りながら食い繋いでいたものだから、久しぶりのまともな食事を前に人の話を聞くどころではなかったのだ。フードアグレッシブになっていた俺の箸を止めたのは、こんなアミーゴの一言だった。それは当面の問題を解決する為の核心的部分でもあった。
「サッキノ仕事デ、チキータハイクラ稼イダト思ウ?」
ターゲットは危険人物ばかりの暴走族メンバー十数名…、それを全滅させて得たチキータの報酬は、150万円だそうだ。それが安いのか高いのか分からないが、目の前でオムライスを頬張る小さな女の子は一瞬にして、平均的なサラリーマンの月収のおよそ5倍ほどの金を得た。一度の仕事でそれだけの実入りがあれば、妹の治療費を賄える。
アミーゴの言葉はまだ信用し切れないが、他にアテもないので大人しく説明を聞き続けていると、オムライスを平らげたチキータがまたメニューを開き出した。どうやら追加注文をする様だ。
「アミーゴ、チキンステーキも頼んでいい??」
「オゥ!頼メ頼メ!!デモ、デザートノ分モ腹空ケトケヨ」
「うん!じゃあ、プリンアラモードとパンケーキ、チョコアイスも!!」
そしてまたいくつかの料理が運ばれて来たが、アミーゴ自身は何も注文していなかった。追加の品に手を付け始めたチキータは、その多くを残してしまった。アミーゴはそれが分かっていた様で、残った料理を全て胃袋に収めた。
何だかすげぇ甘やかされてんなぁ、とその光景を不思議そうに眺めていると、それを察知したのかアミーゴがまた口を開き始めた。どうもこの甘やかしには歴とした理由があって、仕方のない事だと言う。
何でも殺しを行った後には、その反動が色々な形となって現れるらしい。チキータの場合は極端にワガママな子供になるのだとか。言われてみれば、さっき俺のコードネームを考えてくれた時は、元素番号とか中三の俺でも分からない知識を駆使していた。その時の彼女はとても年下とは思えないほど大人びて見えたが、確かに今は何処にでもいる普通の女の子だ。
そんなチキータも食べたい物を好きなだけ食べ終わると、元の落ち着いた殺し屋の雰囲気を再び纏った。そして本職としての視点から、俺の素質についてアミーゴと物議を交わしていた。彼女が心配しているのは、俺の年齢だった。どうもこれから殺しを稼業にするには、歳を取り過ぎていると言うのだ。
いくらプロの殺し屋でも先ほどチキータが見せた様に、殺しの後には反動が来る。そもそも人間の精神にとって、殺しはかなりの負荷が掛かる。何もケアしないままなら、あっと言う間に人格が粉々になって廃人化してしまうのだとか。そうならない為には、特別な訓練が必要らしい。チキータはワガママな子供に戻る事で、精神が受けた殺しのストレスを打ち消す術を訓練で身に付けた。幼ければ幼いほど、その成果は著しくなる。
「マァ、ソノ辺リハゼータ自身ガ頑張ルシカナイ。デモコイツニハ訓練デハ得ラレナイ素質ガアル」
アミーゴが褒めてくれた俺の素質は、覚悟と思い切りの良さだと言う。そりゃアミーゴに声を掛けられるまでは、面識もないおじさんを本気で殺す気でいた。他者の命と金を天秤にかけ、自分にとって利益になる方を選び行動に移せるのは、生まれ持った才能が大きく影響する。そこをクリアしていたからこそ、彼は俺を殺し屋へと誘ったのだ。
しかしそれは、殺し屋への道のスタートラインに立てるまでの関門の一つでしかない。越えなければならないハードルはまだまだ山積みだ。そこをしっかりと教育し、立派な殺し屋にしてみせるとアミーゴは約束してくれた。妹の治療費を稼ぐには、この道しかないと思い、俺は『BLACK MARKET』への加入を決意した。
「ジャ、俺ハチョット野暮用ヲ片付ケテクルカラ、オ前ラハ先ニベースニ戻ッテロ。チキータ、ゼータノ事頼ムナ」
会計を済ませたアミーゴは、そう言い残しロードバイクで夜の街へと消えていった。俺はチキータに連れられて彼らの本拠地と向かった。その道すがら、チキータは改めて俺の覚悟と決意を確かめるかの様に、いくつかの質問を投げ掛けてきた。その全てに答えた俺は、先月の事故から妹が入院している事、その妹の為に金がいる事を彼女に伝えた。
そんな俺の身の上話を、チキータは顔色一つ変えずに聞いていた。下手な同情や肩入れをするつもりなど微塵もないのだろう。生まれた時から孤児だった彼女にとって、俺の身に降りかかった不幸なんか他愛もない事なのかも知れない。そんな彼女の無関心さは、少しだけ俺の気を楽にしてくれた。
しかし妹の話題を出してしまった事で、チキータには別の心配が芽を出しちゃった様で、それまでの無表情から一変した神妙な面持ちでもう一つ質問を重ねた。
「ねぇ…、もしウチに入る事になったら、顔を変えられちゃうけど大丈夫…??」
当たり前と言えば当たり前なんだろう。これから極悪集団の一味として悪事を働くには、今までの自分を捨てて別人にならざるを得ない。もう既に新しい名前も決まってるしね。それにチキータがしてくれた心配は、全くの杞憂だった。
「そこは問題ないよ…。だって、妹は生まれつき目が見えないから」