眩しい太陽、影の色はより強く
下を向けばやわらかな黄緑と、その上には刺繍レースのエプロン。ドレスにも刺繍があって、そちらの刺繍に使われているのは赤やオレンジ、緑に青。ふちには金糸が使われていて目が楽しい。
エプロンには小さなリボンと花がつけられている。こちらはりんごみたいな赤色。
足元はレースの靴下と茶色の靴。どちらも細かく植物の模様が入っていてきれい。靴はストラップ付のシューズでヒールも低いため歩きやすい。使用人さんがこだわりポイントだって言ってた。
続いて頭。自分ではよく見えないけど右に編み込みがあって、あとはゆるく巻いておろしてある。そこに散りばめるようにして花がさしこまれている…みたい。
上から順に、
花の髪飾り
膝下ぐらいの若葉色の淡いドレス
刺繍レースのショートエプロン。エプロンというか、飾り。
レースの靴下
ストラップ付シューズ
つまり何が言いたいのかって?
パーティーの当日が、ついに、きてしまったってことですよ。
はーーー。
いける。だいじょうぶ、やればできるこ。がんばれ私。
絶対に、目立つような行動はしない。幼馴染様に見つかって厄介事に巻き込まれるようなことも絶対にさせない。全力で逃げてやる。
「まなさまとまほさまをながめつつ、すこしおはなしをして、そくざにかべのつぼみになる」
これでばっちり。だいじょうぶ。これならうっかり見つかって知らん友人とかを紹介されたり〜なんてことも、ない、はず。
……それ、フラグっていうのよ。
なんて言う前世のわたしの幻聴が聞こえたような気もするけど、気のせいだ。なにもきこえなかった。うん。
「かえりたい」
「絢明お嬢様?」
ぽろんっと溢れていった言葉が、近くにいた使用人さんに拾われてしまった。
ひえ…どうしよ。かえりたいのは心の底に沈めた本心なんでね、どうにもならんのですけど…帰るったってどこに帰りたいんだろうね。
「パーティー、はじまりますね」
「そうですね…。お嬢様なら、だいじょうぶですよ」
いつも可愛らしいですが、今日はとびきりですからね、そうやって優しく優しく笑って、後ろのリボンを整えてくれる。
だいじょうぶだって、信じてくれている。
それはきっと嬉しくて暖かいはずなのに、重たくていやになる。
いやだと思う私のことがもっといやで、だから知らなくていい。
わたしのことを思い出さなければよかった。ぶくぶくぶく、泡がたつ。
ちょっと前まで、ほんのすこし、前のこと。
二年ぐらい前までは普通だった。ふつうよりすこし、大変だったのかもしれないけど。
前世だって普通の家庭だった。絵に描いたような、普通のお家。お父さんがいて、お母さんがいて、姉がいた。
そんなところから急に何もかもが変化して、追いつけないまま、慣れぬまま流されて、やっと岩を掴んで陸にあがれるんじゃないか、そんなところまできたくらいのひよっこには眩しいよ。
シャンデリア――はないけど、きらきらキラキラ輝く飾り。磨かれた床。
ひよこなものですから、勇気がいるんですよね。心の準備がないとやってらんないんですよ。
じゃあ、いつになったら準備が出来るの?
出来ませんね!いつでも出来ないと思います!
ならあきらめなさい。
一人、幻聴と楽しく心のなかでおしゃべりをする。これほんとに幻聴なのかな…?どうなんだろ。ありえないし幻聴か。
はぁ。
パーティってどこのアニメなんだろ。漫画か小説家、なんでもいいけどさ、ぶっ飛んでない?これなんのファンタジー?どうせなら中世ヨーロッパ的な異世界とかにしてほしかった。
なんの世界なんだよ。乙女ゲームだよ。はい、がんばれー!
少女漫画だって最近はお金持ち設定とかあんまり背負わなくなってきましたよ!夢じゃないんですかね!ほんとにリアルなのー!?やだー!!!夢であってくれ。寝たいから。
あなた、だいぶわたしに影響されてるんじゃない?
アニメとか少女漫画とかゲームは前世のわたしじゃなくて、あなたの友人からだよ!!
心のなかで盛大に駄々をこねる私の隣で、ノックの音に返事を返す使用人さん。
「古川さん、ちょっといいかなー?」
「あ、はい。すみません、絢明お嬢様。すこしはなれます」
「ん、いってらっしゃい、です」
他の使用人さんに呼ばれたらしく、部屋を退室していく。
一人になった部屋の中、いつもと変わらない私の部屋。
木目の床、グレーの壁。額縁に収められているのは、知らない景色。知らない写真。あれは、あの人たちの世界。
私がもう、二度と一緒に見られない世界の欠片で、あの人がそれを切り撮ったもの。
前世なんてある時点で普通じゃない。
そもそも普通のことなんて一つもないんじゃないか。だって、普通というものは人によって違うのだ。私の普通は別の人から見たとき、異常なのかもしれない。
暗くて重たい雨が降っていた。
止む気配のないそれは、心まで凍らせる冷たさで、いっそこのまま、何も感じず、何も考えない人形になってしまえたらと思っていたって。
でも、それはゆるされない。
私に声をかける。低く響く、だけどきっと本来なら、もっと柔らかいのであろうそれに言われるがまま、私はあの日その目をみた。
その人は、大切にしているものを私から取り上げた。
お互いがお互いを利用する、そういう関係にするためにそうしたのだ。
だから、これは契約。憎くて、大嫌いで、信用なんて出来ない、そう思わなくてはならない相手との。
ねぇ、契約ってどこがゴールなのかしら?
さぁ?契約内容は更新できる。でも、更新していいのは、二度まで。どちらもが満足のいく結果が、ゴールなんじゃない。
なら、パーティも、頑張らないと、ね?
うん、そうだね。そうだよ。願いを叶えるためには、努力しないといけないんだ。
でも、私は。
かわいそうだよねぇ、あの子も。
あー、そうね。母親を亡くして、今はこんなんじゃ、ねぇ。
旦那様はなにを考えているんだか。
屋敷の中で聞こえてくる話の一つ一つを、パズルのように組み合わせていけば、だいたいの内容はわかるようになる。
それは、どんな噂でもそうだ。
根も葉もない噂なんてない。
火のないところに煙は立たないのだから。
私が信用出来るのは、関係のない人だけ。
私とあの人の契約に、関わることのない人、だけ。
「あれ、絢明様一人ですか?」
「はい、ひとりですよ」
「古川さんは、あー、古川さん、知りませんか?」
「ん、きたさんによばれて、ました」
呼ばれていった、ってことはすれ違ったのか、と敬語を使うのが苦手な使用人さんが呟く。
「教えてくれてありがとうございます、絢明様」
明日の朝食のときに本、持ってきますね、と言ってこちらにおじぎをしたあと、去っていった。
「みんないそがしそうだなぁ」
とりあえず、パーティで会話しなければならない相手の名前を覚えておくことにする。
私が覚えておかなくてはならない人物は、今はまだあまりいない。
幼馴染様である樂満様、そのご友人の響野浬様、真秀様、真菜様のご友人、宇月原芽依様、梨衣様。
あとは誰だったかな。えーと…うん、この人は知ってるしこっちの人はこの前顔だけ見たかな。この子は前遊びに来てた。真菜様のお友達なんだっけ?
なんでも話せる人は、大切にしたほうがいい。
さいしょから、何でも話せる人というのはとても貴重で、得がたい宝だ。
そんなあいてが、ほしい。信じても、良いのだと思える、そういうあいてが、ひとりでもいいから、いればよかった。
まぁ、難しいのは私自身が一番良くわかっているし、居たとしても話すことなんてないだろう。だって結局心をひらいて話すなんてできそうにない。
「わたしのねがいは、」
もしものことを話していても、意味なんてないのだけれど。
憎むというのは、ひどく疲れることなのだ。
茜の空、やわらかな光に照らされて庭の葉が輝く。きらりきらり、赤みががったそれは美しくて。
わたしのしごとを、しよう。