茜色―6
テラスでしばらく使用人さんと話をして、冷えるからと室内に戻った。
使用人さんたちは別邸の普段手が回らない部屋の掃除をするとのこで、私は書庫で本を読みますと告げて一度お別れをする。
かつん、こつ、時計の音。
手が届く範囲の気になったものを抜き取っていると、使用人さんがクッションと毛布、それから水筒に入った紅茶と木のかごに詰められた飴やマフィン、フォークとお皿を持ってきてくれた。
お願いして、手が届かないところの本を変わりにとってもらう。
使用人さんが掃除に戻っていってしまったので、いつもの場所へ本とお菓子と紅茶を運び、あとはもう本のなかに潜り込むだけ。
かつん、こつ、かつ、こつ。
時計の針の音にまざって響く音から目をそらし、積み上げた本に埋もれる。
流石に並べすぎたかな、と自分を囲む本の山を見て思う。
いや、まだ大丈夫だろう。これくらいのほうが安心できるし。
外は降ったりやんだりを繰り返していて、今はまた降り出した頃だ。寝てしまおうか、そうしよう。
膝にかけていた毛布を背中にまわして、クッションを枕にまあるくなろうとしたところで――書庫の扉が開く音がした。
誰だろうか。ここは書庫の人目につきにくい、本棚と本棚に囲まれた場所。だから邪魔になったりはしないと思うけど…。
読んでいた植物図鑑はさっきどこにおいたっけ。2つ目の山だったかな?たぶん。囲む山のなかから一つだけ、ゆっくりゆっくりずらす。
これで誰が来たかみえるかなっと。
「あやめちゃん」
座り込んだ私の頭上から声がした。こどもの声。
だけど、今日来るなんて連絡はもらってないし、でもこの声はどう考えても…え…?
「らくみつ、さま」
なんでいるの?
「やだ。らくみつさまってよばないで」
あー、はいはい、蓮様って呼べよってことですね?無理です。
はぁ。
せっかく、少しづつ樂満様って呼ぶようにしていたのに。
蓮様かぁ。
その呼び方はすこしまずいというか、んー、でも、なぁ。
不機嫌そうにこちらを見てくる幼馴染様の機嫌を治すためだ。大丈夫、少しづつ、距離を測ればいい。
今はそういうことにしておこう。できることなら蓮様呼びはしたくないけど…。
「ん、えと、れんさま、きょうはどうしたんですか?」
どこに座ればよいのか分からず困っている幼馴染様にクッションをひとつ、叩いて示し座っていただく。
「あめ、ふってただろ?カミナリなったら、びっくりするなって」
「…、」
あー、えーと、それはつまり、心配していたただいたということでしょうか。
なるほど。ありがとうございます。
そうかー、心配されてるのか。
私を心配するのか。
「ありがとう、です。えと、でも、わざわざきていただかなくても…へーき、ですよ。でもね、うれしかったです。ありがとうございます、れんさま」
「わざわざじゃないよ。きたいからきたの。それに、それだけじゃないから…パーティー、イヤじゃなかったかとおもって」
イヤじゃなかったか、ってどういうことです?私には拒否権も参加券ももともと用意されていないのですけど…?
「いや…?どういうこと、ですか」
「あっ……えっと…その、おれが、あやめちゃんにもきてほしいってかいたから」
へー。ふーん。そう。
なるほどなぁ。それでか。それで珍しく旦那様は私も出席させることになさったんですね。ふーん。
さすがに、嫌に決まってるじゃないですかー?とは言えないし。ほんとに嫌なことしかないのかといわれるとそうでもないし。
イヤだと思われるかも、相手の迷惑になるかも、そういうことを考えられただけ幼馴染み様は成長したというか、いい方向であるわけですからね、いいんじゃないですか。
「そうなんですね。ちょっと…にがて、かもですけど、がんばります」
「なにかあったらいえよ?ともだちなんだから!」
「ふふ、はい。たよりにしてますね」
「うん」
私はいつまで幼馴染み様のそばにいられるかな。
頼りにしている、といった言葉に嘘はない。だけど頼ることがあるかと聞かれたら……答えられないだろうな。
あなたの隣にたつのは私じゃない。
立つつもりもない。
友人という枠におかれるのもまた、私じゃないだろう。
私がいま立つこの場所も、いずれ私はさることになるだろうから。ぐらぐらした足場なんて誰もいらないだろうからきっとここには誰もいないのだろうな。
「あやめちゃん」
「はい?」
積み重ねた山の上から植物図鑑をとって開く。どこまでみたんだったかな。えーと…。
「ことばじゃなくてもいーんだよ」
「……ことばのほうがわかりやすいのでは」
私が開いたページを幼馴染み様も覗き込む。
ぷっくりとした見た目が愛らしい多肉植物。美しい。
アロエとか好き。トゲトゲしてて、咲かせる花も赤や黄色。円錐状の花はなんだか力強くて、かっこいい。
表面はつるつるしてて、なかはねばっとしている。だけどそれが気持ち悪いねばつきじゃなくて、どこかサラッとしている。やけどにいいし、とっても優しい植物だ。何より再生能力が高い。すごい。
「ことばは、こえにしないといけないじゃん」
「んー、なら、もじにしますか?」
「てがみとか?」
「そうです」
「てがみ、かいてくれるの」
ぱらり、ページをめくる。
エケベリア。
原産地はメキシコとか中米とか。お花のような見た目でとっても華やか。フラワーアレンジとかブーケにだって使われちゃう愛され上手な多肉植物さんだ。
葉挿しや株分けで増やすこともできちゃう。
とくにかわいいポイントはバラの花のようなその姿。
ロゼット型、というものだ。
また次のページをめくろうと伸ばした手を、隣から伸びてきた手に掴まれる。
ぽやぽやと返事を曖昧にしていることにバレただろうか。
「ね、てがみかいてくれるの?ちゃんと教えてくれる?」
「ん〜〜〜」
答えにくいなぁ。ほんとこたえるのが難しい質問ばかりする。
どうしようか。どうしよう。
はぐらかすか、こたえられないと答えるか、どうしようかな。
「れんさま、いつきたんですか?」
「なに…?…さっききたけど」
「れんらくしました?」
私がかつてを思い出したあの日は連絡入れずに来てたんだよなぁ。ご家族やお手集いさんとかに許可をもらってから家を出てください。
この前は樂満家の運転手さんが伝えてくれていたから騒ぎになったりはしなかったけど。
それに加えて良くないのは由井園にも連絡が来ていない状態で訪問してること。これは使用人さんたちが困るからやめてあげてほしい。私も困る。
「……して、る」
「はぎれ、わるくないですか」
「………」
「おうちのかたにはいいました?」
「うん」
「えーと、じゃあ、うちにはあそびにいきますーってやりました?」
「……ごめん」
そっかーーーー。
そっかーーーーーー。
してないんだな、おっけー、わかった。
こーいうことは私もちょっとそのー、ね、フォローしにくいというか、なかなかできないでしょ?だからほんと、一言お家の人に伝えてればお家の方から由井園家とか遊びに行く他の家に樂満様のところのお手伝いさんとかが伝えてくれるだろうから。うん。大丈夫だよ、きっと。ちゃんと伝えようね。
使用人さんたちが慌ててた、とかそういう感じはみうけられなかったし。
そもそも書庫にすんなり入ってこれた時点で使用人さんたちはそれなりに準備していたということだと思うよ。
「おうちのひと、つたえてくれたとおもうので、だいじょーぶですよ」
「きをつける…」
「はい」
「……あやめちゃん」
「なんですか?」
「…ううん、なんでもない」
うそつきだなぁ。
嘘が下手だね、幼馴染み様は。
耳たぶを触って、視線をそらして。なのに、私と目を合わせようとして。
なんでもないなんて、嘘だ。
だけど気づかなかったことにする。だって私は聞かれたってこたえられない。
ずるくてわるいやつだからね、私は。
幼馴染み様は、ずっと、ずーっと疑ったほうがいいよ。信じないで。
だけど信じて。気づかないで。忘れてしまって。
でも、由井園絢明はずるいやつだって、わるいやつだって、そう思っていて。
いつか終わるこの関係がどんなものになるかまだわからないけど、もうしばらくはこれぐらいの距離で、このままがいいな。