第一話「トラブルトラベル。異世界とはこれ如何に」
「あ、あの、その、ええと……異世界?」
「はい」
「と、言うとあの、でしょうか?」
「……はい」
思ったより落ち着いてるな、とシオンは少女を見ながら思う。最初に大体こう言われると大概は混乱やら罵倒やら──歓喜やらしたりするのだが。しかし、この分だと、おおざっぱながら事態を理解したらしい。
「ご存じでしたか」
「有名な話ですから……異世界に召喚される、だとか転生する、とか」
俺は異世界で勇者になった。こう言い出した者が現れたのはいつだったか。はじめは皆ただの戯れ言や妄想の類、と聞くものは居なかった。だが、それが十人、百人、千人、と増えたら話は違う。しかもそう言った者たちはほとんどが超常の力を持っていたのである。曰く──魔法。曰く──超能力。曰く──チート。現代兵器を子牙にも掛けないほどの力を持ってして、彼らは自身の言葉が正しいと訴え続けた。それでも信じなかった世間はしかし、ある事件を持って異世界の存在を信じざるを得なくなった。
異世界の魔王、そして召喚、転生された勇者たちを率いた異世界の神の侵攻と言う大事件である。結果として、異世界の存在は証明され、限定的な交流も交わされた。今や異世界の存在は非常識ではなく、常識となったのである。
そして──
「異世界の神や権力者が、他世界の存在を召喚して事にあたる、て噂話だけは……」
「禁止事項なんです。本来一般人を召喚や転生させるのは」
「じゃあ、本当に?」
「はい」
神たちを出資者として異世界関連のトラブルを解決する組織が生まれた。それがグノーシスである。これは他世界に勇者として召喚されたり、元世界で最強とされた者たちをも含めて多世界互助組織と呼ぶべきものであり、世界に対するバグならぬ癌とも呼べる魔王と言う存在の討伐や、異世界戦争等の仲裁等が業務となる。その内の一つが一般人を異世界召喚、転生させる事による勇者のサポートであった。これには異世界側も切実な事情があったりもするのだが──ともあれシオンは頷くと彼女に手を貸して立ち上がらせ、頭を下げた。
「申し訳ありません。この度は我々のセキュリティが至らず、貴女にご迷惑をおかけします」
「え、えと、その頭を上げてください」
あたふたと少女はお願いしてくるが、シオンは頭を下げたままだ。そのまま続ける。
「そうはいきません。何せ、貴女には勇者として魔王討伐をして頂かなければならなくなりました」
「魔王……討伐?」
「はい。先ほど、貴女は勇者として判定されました。それはイコール魔王がいると言う事です」
それは。
「貴女に命賭けの冒険を強いる事になります」
「……その、拒否したら?」
「この世界に永住する事になると思います。勿論、私が解決と言う方法もありますが、その場合、貴女のロックが外れない可能性が高い」
先ほど自分達二人はロックを掛けられた。これはこの世界に固定されたと言う事であり、この世界の神がロックを外さない限り、帰れないと言う事だった。勿論、"良い"神ならばシオンが魔王を討つ事で二人ともロックを外す事はあり得る。だが、曲がりなりにも自身の権能を分け与えた少女を解放するかと言えば、難しいと言えた。
「直接神に交渉する必要があります。しかし貴女に権能を──勇者化
したのに、神が現れる気配がない。これは魔王を討つまでは一切関わらないつもりかと」
「そんな……」
「勿論違う可能性はありますが……楽観は難しいかと」
神は神の価値観、利害で動く。一旦自分の"モノ"にした勇者(使い魔)を手放す事はほぼない。そして人間の都合なんてものは斟酌もしないものである。
神にとって人はあくまでも下等な生き物なのだ。
「私は……」
「勿論、今すぐに魔王討伐を決める必要はありません。まずは休みましょう。一旦人がいる場所に向かいます。そこで落ち着いて、決めてください」
そう言うとようやくシオンは頭を上げた。そして端末を取り出すと少女に先を向け、アプリを起動させた。
■『言語共通認識術式起動、対象に装填します。インストール』
「え? あ、あの?」
「すいません。事後承諾になりますが、貴女にここで支障なく活動する為の補助を掛けます。必要な事でして」
「はぁ……」
■『内臓強化術式起動、対象に装填します。インストール』
■『心肺強化術式起動、対象に装填します。インストール』
他、次々と端末からメッセージが鳴り、少女に魔法が掛けられる。世界が違えば言語も違うし、食品、水と言ったものも当たり前に違う。外国で生水飲むなと言えば分かりやすいか。それを飲めるようにしたり、食べても大丈夫なようにする。それは空気等もそうだ。世界によっては光が小さい文字生命の集合体なんて所もあるのである。今回は大丈夫だったが、最悪宇宙服を着込むレベルの魔法がいる世界もあるのだ。
あらかたの術式を掛け終えると本部に連絡をする……が、やはり掛からない。次元結界レベルで通信遮断されてると見るべきだった。つまり援軍、補給は望めないと言う事だ。
「では、行きましょう。人とおぼしい生命反応が多い場所に向かいますので疲労や足の痛み等あれば言ってください……と、しまったな」
「?」
「……名前を聞くのを忘れていました。良かったら教えていただけますか?」
うっかりしていたと告げるシオンに初めて少女が微笑む。そして胸元に手をやって頷いた。
「周防アカネと言います。よろしくお願いします」