第18話 異形覚醒
それは、不意に覚醒した。
突発的に、偶発的に、突拍子もなく、無作為に、無差別に。
なんの兆候すらなく、ただ目覚めた。
迷宮深層領域。
五十階層よりも上の領域。六十層よりもさらに深き場所でそれは目覚めた。
そこは前人未到の領域であり、そこに生息するすべては、今までの迷宮の中にいるモンスターとは隔絶している強さを持っていた。
いつか人類がいたるだろうが、今ではない。
もっと先の時代、人々がより強くなった時に訪れるだろう場所で、そいつは目覚めた。
目覚めた時、軽くそこらにいるやつらをすべて滅ぼしてしまったが、それすらも些事程度。それは強く目覚めた。
目覚めた時、感じたのは不快感だった。
己はこの世界にいるべきではないという世界から爪弾きにされているという感覚が付きまとってしかたがない。
それはある種、ダレンや有紗も感じているものであったが、これが感じているのはさらに深いところ、根本的なところでだ。
まさしく正しく、この世界に存在すべきものではないという意識が存在している。
この世の根源から嫌われている。それが持つ真理は文字通り、この世界に存在していてはいけない。
ならばどうするかなどとこいつは考えてなどいなかった。自分に群がってくる取るに足らない雑魚を轢殺しながらそれはゆっくりと上昇を開始する。
赤ん坊が産道を通り、世界に生まれようとするかの如く上へ上へと向かっていく。
それは本能であった。上に行くほど敵は弱くなるが、下にいたところで踏みつぶすだけの小さな存在なのだ。
そんなもの虫の中で虫の種類が変わっただけのことなのだ。つまり何ら意味などない。
蟲は虫でしかなく、轢殺することに関して問題ないくらいの弱い生き物でしかないのだ。そしてそれこそが己の生まれた意味であると知っている。
そう、己の生まれた意味はとっくの昔に理解した。
殺戮。
この迷宮にいるすべてを殺戮し尽くす。
さながらそれは迷宮の浄化作用のごとく、目の前に立ちふさがる全てを轢殺しながら上へ上へと向かうのだ。
「ん、なんだ? ――敵だ!」
「ああ、珍しい奴だ稼げるかも――」
「嘘だろ、魔法がきかねえ!」
「ぐあああああああああああ――」
立ちふさがるものは容赦なく殺す。
問題になるのに時間はかからなかった。
●
「なるほど、つまりそいつを討伐してほしいってことか?」
「はい、そういうことです」
せっかくのバカンスに呼び戻されたダレンは受付の琴葉から事情を聞いていた。
「魔法が効かないか」
「おそらくある一定以下の魔法を無効化する類の敵かもしれません」
「今までそういうやつがいたという報告は?」
「ありません。おそらく新種でしょう」
「階層は?」
「それが下からどんどん上に上がっているようで」
「なるほど、道理で人がいないわけだな」
現在、東京迷宮は半ば閉鎖している。
命を落とすこともある迷宮探索は概ね自己責任ではあるものの、それでも探索者たちは貴重な資源を持ち帰る人材である。
国民感情なども考慮するならば、出来るだけ人死にはない方がいい。
だからこそ、現在は閉鎖中。問題が解決するまでは選ばれた者しか入れない。
「で、討伐隊が組織される、そういう流れか?」
「はい。ぜひあなたもと」
「わかった。やらせてもらう。他の連中は?」
「すぐに来るはずです――」
●
「すぐに戻れとはこういうことだったのね……」
「ダレン様ぁ……」
「あんたは嘆いてるフリしてないで、情報を寄越しなさいよ。西園寺は何か掴んでいるんでしょう」
「それは天童もではなくて?」
「あんた、わかってて言ってるでしょ」
恵は肩をすくめてから、端末を取り出す。
「どうやら新種、それも魔法が効かないような怪物が上へ上へと向かってきているようなのですわ」
「魔法が効かない……? それに上に向かっている? 赤い月の日までまだ日があるはずなのに……」
その言葉を聞いて、有紗が感じたのは嫌な予感だ。
どうしようもない予感。
これはただの荒事では済まないだろうという予感がどうしようもなくしている。
「まあ、そのうち討伐隊が編成されるでしょうし。ダレン様が呼ばれたのはそれでしょう。心配することもないとは思いますが――」
ふと扉から入ってきたものたちを見た恵の言葉が止まる。
有紗もそちらを見て思わず絶句した。
そこにいたのは、紛れもない大物だった。
「『奉仕の武芸』、『穴穿ち』!?」
「『天外の歌姫』、『幻影妖精』までいるじゃねえか」
「流石に『原初』や『奈落歩き』はいねえけど、十二英雄のうち四人も集めるなんて、協会も本気ってわけか……」
わざわざと協会にたむろして事態を見守っていた輩が騒ぎ始める。
そう彼らはそれほどまでの魔法使いたちなのだ。
英雄と呼ばれるほどの偉業を成した紛れもない強者たちである。彼らは普段、自分たちが縄張りとしている迷宮の中に潜っているばかりだ。
数年単位で潜って戻ってこない者までいる始末である。
「ふむ。この様子、事態はだいぶ逼迫している様子だな」
四人のうち最も前にいた濃紺の長い髪をポニーテールにした女性がそうつぶやく。
智里明莉。
彼女こそ最も新しい十二人目の英雄だ。奉仕の武芸者と呼ばれる所以は、彼女が魔法剣を使った近接魔法戦闘を得てとしているからだ。
魔法で作り上げた剣を属性ごとに七本も浮かべて相手に合わせて使い分けながら戦うのだという。魔剣使いである有紗をして凄まじい練度の武威を持つことがわかる。
「け、気持ちよく穴掘ってたってのによォ。好みのケモノじゃねえようだし、帰っていいか」
そう悪態をつくのは、スコップを手にした男だ。
ぼさぼさの髪には土をつけたまま、どこぞの土方にも見える男は、心底気に入らないというように目つきの悪い目で、迷宮の入口を見ている。
「そういうな『穴穿ち』。私たちの力が必要なのだから呼ばれたのだ。その力、使わずしてどうする」
「へいへい、滅私奉公の武芸者様のいうことはごりっぱですこと」
「はいはーい! あたしあたし、喧嘩は駄目駄目だと思いまーす!」
正論と嫌味を述べる二人に割って入ったのはきゃぴきゃぴとした声だ。まるでアイドルのような衣装そのままの少女は、動くたびにきらきらと星が舞う。
「喧嘩は駄目駄目だぞー、ひとみちゃん悲しいぞ、ぷんぷんだぞー」
「うっせーよアイドル」
「うむ、すまないな」
「ったくこんなのまで英雄で、天外の歌姫と呼ばれてるのがわからねえ」
「あんらぁ、それはあなたもでしょぉ」
そこに最後の一人が口をはさむ。
筋骨隆々に引き締まった肉体を持つ男――いや、オカマだ。
化粧された顏は、お世辞にも美しいとは言えない。なにせ、どこまでも男なのだ。雄と言ってもいい。それほどまでに男だったのである。
「幻影妖精……相変わらずきもいな!」
「まっ、本当穴穿ちちゃんは、口が悪いのねぇ。まあ、そこが可愛いんだけど」
「やめてくれ、マジで、頼むから」
「じゃれ合うのはそこまでにしてくれ。行くぞ」
彼らは応接室へと向かう。
興奮冷めやらぬエントランスは、もう祝勝モードであった。
「ねえ、あそこダレンがはいっていったところじゃなかった?」
「そうですわね……」
そんな中で有紗と恵は顔を見合わせるのであった。
●
琴葉が言う通り、メンバーはすぐに来た。
四人のメンバーはダレンの目から見ても特級の魔法使いだ。特に明莉だ。彼女が最もこの中で手強いと思った。
「ふむ、私の顏に何かついているだろうか」
「いや、すまない。強いなと思って」
「それはダレン殿もだろう。まさかもう一人来るとは思わなかったが貴方ならば歓迎しよう」
「ケ、そいつ役に立つのか」
「んもう、駄目よ穴穿ちちゃん。彼とーってもいい子じゃない。変異種倒したって言ってたじゃない」
「そうですよ! 穴穿ちさんはひねくれすぎすぎなんですよ!」
「うっせー」
「そなたら少しは真面目に話を聞くとは出来ないのか。すまないなダレン殿。なにせ、我々は単騎でいつも事に当たる。それが英雄というものだ」
「ええ、わかります」
英雄とはいつの世だって、どこの世界だって単騎最強戦力だ。
彼らは孤高であるがゆえに強いのだ。
だからこそこういう風に集まるとあまりいいことはない。個性が強い奴らばかりなのだ、そいつらの個性がぶつかり合って大変騒がしいことになる。
ダレンや明莉のように他者に配慮できる方がまた珍しい。
「穴穿ち?」
「ああ? 気になるか? ま、オレは穴掘るのが専門なんだよ。だから穴穿ち。本名なんざ名乗って詐欺られでもしたら困るだろ?」
「なるほど」
何を気にしてるんだろうか、などと思ったが言わないでおくことにした。
「さて、では行くとしようか」
「戦術の確認は?」
「必要か?」
「いや、聞いてみただけだ。合わせる」
打合せもそこそこに出発することになった。
それくらいには事態が逼迫していたといっていい。
今や迷宮は日本経済になくてはならないものだ。一つが封鎖されてしまえばその被害総額は甚大である。
「ああ、そうだ。敵は魔法が効かないという話だったよな」
「そう聞いている」
「なら一人連れてきたい奴がいるんだが、大丈夫か」
「良いぞ」
明莉に許可を取り、ダレンは迷宮に入る前に有紗を呼びに来た。
「なによ、これから出発でしょ」
「ああ、英雄と一緒にな。そこで、おまえも来てくれ」
「なんでよ。足手まといでしょ」
「ああ、それもあるんだが。嫌な予感がしてな。魔法が効かない敵ってのに」
「それ私も感じてるわ。それ、もしかしなくても……」
「ああ、俺の世界の敵の可能性がある。俺がこうしてこっちに来れているんだから、魔獣がこれない道理はないが、あるいはお前みたいなやつかもしれない」
可能性はいくらでもある。
ならばせめて備えておくのが良いだろう。
何もなければそれでよい。何よりもあるだ。
「だから、来てくれ」
「あ、それならば私も!」
「そんな余裕はない」
「良いわ行ってあげる」
「うぅ、ずるい!」
「はいはい。あんたは帰ってからの予定でも組んでなさいよ」
ダレンは有紗を伴い、四人のところに戻る。
「彼女は?」
「ああ、保健みたいなものだ」
「ふむ……」
明莉の視線が上から下へと有紗を捉える。
「良く鍛えられている。これならば私は問題ではない」
「け、どーせオレが反論しても無駄なんだろ。ならどーでもいいわ」
「もーもー! 駄目ですよ! もっと仲良く仲良くぅ!」
「あたしはいいわよー」
「そういうわけだ。ただし、自分のことは自分でしてもらうことになるが、問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
「よし、では行こう」
英雄とともにダレンと有紗は迷宮へと潜る――。
すっかり遅くなってしまい申し訳ない!
あけましておめでとうございます。
リアル事情もありつつ、カクヨムの方に注力していたりとか色々ありつつ、こちらもゆったり更新していこうと思います。
今年もよろしくお願いします!




