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第12話 一人の魔法決戦《コンサート》

「使えない……」


 有紗が実を食べても魔法は使用することが出来なかった。何の現象も起こらない。

 きらきらと輝く光は出現しない。すべてを燃やす炎など夢のようだ。母なる海に連なる水が滴ることもなければ、土くれが動き出すこともない。

 雷電が爆ぜることもなく、木々が生まれ森となることもない。虚無に惑う闇を手繰ることもなければ、身体能力が上昇することもない。

 天童有紗は魔法が使えないままだ。あれほどの激戦、あれほど必死にやってきてもなお、魔法を使えることはない。


「くそ、もう時間がねえぞ、他に何かないか」

「ありませんわ……」


 さしもの恵もお手上げだ。

 そもそも魔法が使えない人間というのは有紗のほかにいないのだから、どうやったって対処ができるはずもない。

 正しい対処法など何ひとつわからない。すべては試行錯誤だ。噂にすがったのもそう。それが出来ないのならば次をやればいいという通常ならば。

 だが、もう時間がない。あと十数時間後には試験がある。もう迷宮に潜っている時間ではない。戻って準備をしなければならないのだ。

 筆記テストもある。ここが潮時というやつだった。


「まだ何かあるはずだ」


 わかっていてもダレンは諦めきれない。ここで諦めたらそれで終わりではないか。


「終わりじゃないわ」

「いやもう時間が」

「別に退学になるだけよ。それだけ。死ぬわけじゃないのなら、むしろ学校なんて行かなくて済むならいいじゃない」

「本気で言ってるのかよ……」

「ええ、本気よ。魔法はゆっくり使えるようになればいいんだから」


 ――良いわけがない。

 そう絶対に良いわけがないのだ。それでは見返せない。それでは敗北だ。

 わかるさ、なぜならば有紗はダレンなのだ。ダレンと同じ境遇で育ってきたのだ。己の事のようにわかってしまう。

 自分ならば絶対にそれを赦せない。学校を退学になるという事実は、敗北。見返すと誓った奴らが望んだ順当な結末だ。

 そう運命は定められた通り、魔法が総ての世界において、魔剣使いはあまりにも無力なのだ。順当に正常に、この世界から淘汰される。

 ただそれだけなのだ。


「行きましょう。一度帰らないと」

「…………そうですわね」


 戻らなければならない。

 来た道を引き返し、ゲートを通って迷宮を出る。

 その間、誰もしゃべらなかった。沈黙、無言。敗北だ。ベルエルに勝利したという余韻はどこにもない。


「ダレン様、あまり気を落とさずに」

「ああ」

「そうよ、あんたが気にしたところで結果は変わらないんだから。成果試験で提出できるのは自分の力で勝ち取ったものだけ。私は何も倒せなかった。ただそれだけよ。別に、退学になっても魔法を教えてくれるんでしょう? あんたのところでやることもあるしね」

「……ああ」

「ならそれで良いわ」

「では、私たちは帰りますけど、ダレン様はどうしますか? 私の家にでも……」

「いや、俺はもらった家に帰るよ。今日は流石に疲れたしな」

「……そう、ですか。では、また」

「ああまた」


 帰路につく二人を見送り、ダレンは彼女らとは逆方向に歩き出した。

 認められるはずがない。

 こんな終わりで良いのか。良いはずがないだろう。何度も言う、これは敗北だ。ただ一度の敗北ではない、これはもう致命的な敗北だ。

 迷宮に入るためのライセンスを得るには迷宮探索学園を卒業する必要がある。退学になってしまえば、もうその機会は得られない。

 それでは見返すもなにも出来ない。魔法が使えるようになった。だからどうした? と言われる。そんなものはただの通過点でしかない。

 偉業を達成して初めて、奴らを見返すことが出来るのだ。その道が断たれようとしている。それをどうして見過ごすことが出来る。

 できるわけがない。


「だが、俺に何ができる……」


 成果試験で提出できるのは、自分の力で倒した魔物の素材だけだ。ダレンがいかに協力しようとも不正は出来ない。

 なにも出来ることはないのだ。


「どうすれば……」

「そんなに俯いていると転んでしまうよ」

「っと?」


 俯いたまま、アパートの階段を上っていたからだろう。そう声をかけられた。顔をあげれば、薄黄緑色の瞳がずいぶんと近くに会った。


「うわっ!?」

「おわ!?」


 声をあげたダレンに、その瞳の持ち主も驚いてのけぞる。

 そこにいたのは、臙脂色の髪を明らかに寝起きだとわかるぼさぼさにハネさせた眼鏡の男だ。


「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと近づきすぎちゃったよ。でも、君があんな風に俯いてるからね、保険教諭としては気になるのさ」

「それは、どうも」

「それで、君もこのアパートかい? はじめましてだけど、最近越してきたのかな?」

「ええ、数日前に」

「なるほど、ってえええ!? 数日前!?」


 何かに気が付いた男が大声を上げる。


「それじゃあ、君があの噂のダレン君か!」

「噂?」

「ああ、そうさ。っと、こんなところで立ち話もなんだし、僕の部屋にきてくれ。お茶くらいは出すよ。どうせお隣さんだしね」


 そうダレンの返答も聞かずに、断られると思っていないのか、さっさと彼は自分の部屋に向かう。確かにお隣だった。

 断るのも何なので、ダレンは大人しく男に従う。

 ダレンの部屋と同じく殺風景な部屋だった。違うのは、部屋の隅を占領する大量のアイドルグッズくらいだろう。

 気になってみていたのがバレたのか。


「ああ、ファンなんだ。迷宮探索系アイドル、蓑下実里ちゃん!」

「は、はあ?」

「あ、そういうの興味ない? 残念。もし興味があるのなら同志に出会えたと思ったのに」


 そこで男がお茶を煎れてくる。

 毒など入っていない、安物のティーパックで煎れたものだ。味も普通以上のことはなにもない。ただの紅茶であった。

 一口飲んだところでダレンは話を切り出す。


「それで、一体何の用なんです?」

「うん? ただのお茶だよ。特に理由はないよ。いや、理由は一つくらいはあるかな。有紗の家庭教師を見ておきたかったんだ。僕は、荒巻蒼士。天童から勘当された有紗の不肖の兄さ」

「有紗の兄?」


 その割には全然、蒼士と有紗は似ていない。


「うん、まあ、胎違いだから全然似てないんだけどね。それよりも、どうだい有紗は彼女結構気が強いから大変だろう」

「……まあ」

「なるほど君が悩んでいたのは有紗のことかな? 明日は試験だからね。魔法、使えるようにならなかったんだろう? 十数年使えないんだ。この短期間で使えるようになるとは思わなかったから当然だよね」

「ええ、確かに使えるようになりませんでした。魔物を倒したし、魔物も食べさせた。魔の実の噂も試した。それでも使えるようにならなかった」

「うん、僕らも結構かなり試したからね。家庭教師は、みんなそうやって匙を投げた。君も投げればいいじゃないか?」

「え……?」


 なんのことはない簡単なことだろうと、気軽に蒼士はダレンに言う。

 悩む必要なんて本来はない話だ。所詮、ダレンと有紗は他人だ。そこまで肩入れする必要はないし、したところでダレンには何のメリットもない。

 蒼士はそういった。ダレンと有紗の関係を知らないからこその言葉であったが、ある意味で的を射ている。

 そこまで悩む必要はない。己の目的に邁進する方が大事だ。特に異世界の出来事なのだ、深入りする必要すらない。


「……それはそうだが、だが、出来ない」


 自分でも驚くくらいにすんなりとその言葉が出てきた。


「どうしてだい?」

「俺はあいつで、あいつが俺だからだ。なにより退学になれば馬鹿にした奴らを見返せない。あいつがそれで満足するはずがない」

「……驚いたな」


 蒼士は心底驚いた、という風に口元を抑える。


「本当に驚いた。まさか、そこまで有紗のことを考えてくれているなんて思わなかったな」

「生徒の事を考えるのは教師の義務だろ」

「普通はそこまで親身にはならないよ。天童の家にすり寄ってくるような人たちはね。なにせ、不可能を可能にしろという無理難題なんだ。自分の評価が最悪になる前にさっさと見切りをつけるものさ」

「そういうものか」

「君は違うみたいだけどね。評価を気にしていないのかな」

「まあ」


 最悪、自分の世界に戻ればいいだけであるから、あまり評価など気にしていないというのが大きいだろう。

 それを知らない蒼士からしたら奇特な人間に映るのかもしれない。


「本当に君は珍しいね。魔法の腕もすごいらしいし、うん。君みたいな子なら頼めるかもしれない」

「なにを?」

「有紗の力になってやってほしい」



 それは先程までのおちゃらけた雰囲気ではない真面目な雰囲気での言葉だった。

 方法が一つだけあると蒼士は前置きした、ただしそれにはいくつかのリスクや不自由を強いることにもなる。


「それでも君は、天童有紗の力になってくれるかい?」


 一生を棒に振るかもしれない。

 名誉なんて得られないかもしれない。

 命の危険すらある。

 そんなリスクばかりでメリットなど殆どないことをやるのか。


「得られるのは彼女の笑顔だけだろう。それでも君はやるかい?」

「…………」


 ダレンは笑った。

 答えなど最初から決まっている。

 契約した。

 まだダレンは有紗に魔剣を教えてもらっていないし、己はまだ魔法を教えていない。

 契約をしたのに、どちらも契約を果たしていないのだから、こんなところで降りるわけにはいかないだろう。

 ここで降りる男が英雄になどなれるものか。どうして馬鹿にしたやつらを見返せるというのか。


「ああ、やるさ」

「…………」


 蒼士は眩しいものを見るように目を細める。


「ああ、君が現れてくれてよかった。きっといつか有紗の夢は叶うかもしれない。ありがとうダレン君、素直じゃない有紗の代わりにお礼を言わせてくれ」

「まだ何とかなると決まったわけじゃないんだ。やめてくれ」

「それでもさ」

「それで、どうしたらいい」

「ああ――」


 蒼士はやるべきことをダレンに告げた。確かに、蒼士が言った方法ならば、ダレンが戦っても有紗の力に出来る。


「わかった。すぐに行ってくる」

「本当に、君はすごいね」

「明日の朝までに戻ればいいんだな?」

「それが最後だからね、あとは僕が整えておくよ」

「ありがとう」

「礼はよしてくれよ。僕の方が君にお願いしたようなもんなんだから。お礼は僕が言わなくちゃ。ごめん、そして、ありがとう」

「それじゃあ、行ってくる」

「うん、僕がいうのもアレだけど、頑張って。良い報告を期待しているよ」


 こうしてダレンは迷宮へと舞い戻った。

 即座に向かったのは、五十五層に至るまでに通り過ぎた三十七層。

 そこは超巨大な渓谷となっており、飛竜ことワイバーンの巣だ。今は夜の時間であり、空を飛ぶ飛竜たちは全員巣に戻って眠ってるらしい。

 最もお手軽に最下級のワイバーンの素材を狩れる場所として重宝している場所である。中堅程度の実力があればまずここで狩りをして装備を整えたりするのだという。

 ダレンが目指すのは飛竜ではない。この階層にはボスがいる。より正確に言えばボスと呼ばれているような魔物がいるのだ。

 階層主でもなんでもない、ただの変異種であるが、それはもはや飛竜とは呼べない。ただのドラゴンというべき個体である。


「さて、悪いが倒させてもらうぞ――」


 今まで倒されてこなかった不敗の王者。

 紛れもない絶対強者たる竜種。

 問題は相手は魔法使いではないということである。ダレンはベルエルに使ったような極大の魔法を打つことはできない。

 それに疲労もすさまじい。魔力もまた万全とはいいがたい。実は、ベルエルとの闘いで負った傷も大いに痛む。

 満身創痍も良いところだ。


「だからどうしたよ」


 それで諦める理由にはならない。


『GOOOOOOOOOO――!!!!』


 ドラゴンがダレンの存在に気が付いた。

 己の縄張りにわざわざ入ってきた愚か者。そんなダレンにドラゴンは咆哮をあげ短慮を正さんと罰を下すべく飛翔する。

 それに連なるは彼の眷属、ワイバーンたち。その数、この空を覆いつくす数千匹。

 ドラゴンに加えて、ワイバーンまで相手にしなければならない。


「やってやるよ――」


 それは有紗の為であり、己の為だ。


「根源接続:魔法発動――【水曲一番ヴァダーファースト水球アクアボール】」


 ただ一人の決戦が始まった――。


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