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第11話 終曲魔法《ピリオド》

 ダレンとベルエルとの闘いは激化の一途をたどる。

 互いに灼熱と極寒を操り、支配領域を取り合うかの如く広間を両断している。

 どちらが有利か、どちらが不利かと言われれば拮抗している。このまま戦い続ければどうなるかはわからないが、早期決着が望ましい。

 戦い始めてどれほど立ったのか、もはやダレンにその感覚はないが、時間制限は刻一刻と迫っているのだ。

 だからこそ、出し惜しみなくダレンはさらなる領域へと突き進むのである。


「【炎曲四十番イグニスフォーティース涙炎血晶ティアーフラム】――!!」

『――【氷曲四十番リオートフォーティース凍落雪華シュネードロップ】」


 ダレンの魔法を受けてベルエルが対抗に魔法を汲む。

 魔法使いの戦いは、順序だてて進む。一桁から二桁。曲を演奏するように順に魔法が放たれる。

 強い魔法をいきなり使えばあとが続かない。強力な一発を放つだけ放って終わりでは、それで倒せなければ終わる。

 死だ。

 高度や深海に順応するように徐々に上げる、そのあとも続くように。

 結果、魔法というものは加速度的に威力を増していくことになる。

 ――激突する炎と氷の魔法。

 爆裂する冷熱。衝撃波が広間を激震させる。

 キラキラしく魔法が輝く様はなにかのパレードかなにかのよう。

 しかし、その衝撃と被害はパレードなどと比べ物にならない規模と被害をもたらしている。

 それは出口付近で見ている有紗と恵のところまで届くほどであった。


「なんという戦いですの……」


 恵はダレンの雄姿に思わず見とれてしまう。

 そもそも十も一足飛びに跳ね上がる魔法曲番に世界が発狂するかのように悲鳴をあげている。

 ここが迷宮でなかったのならばとっくの昔に世界は滅んでいたのではないかと思うほどに。


「それよりしっかり防がないと死ぬわよ!」

「わ、わかっていますわよ!」


 だが、見とれていられるほど彼女らに余裕はない。

 有紗は魔剣を抜き余波を防がねば木っ端微塵になる。惠など全力で防御して有紗の背後にいてようやくなのだ。

 この戦い間違っても五十層クラスで繰り広げられるものではない。

 概ね魔物の強さは階層と同じ魔法曲番と同じ程度だ。五十層ならば五十番台の魔法を使えば倒せる。

 しかし目の前のベルエルは五十番台の魔法で倒せると恵には到底、思えなかった。

 その予感は当たっている。


「【炎曲五十番イグニスフィフティース・いつかなる赤星に勝利を刻め】――!!」

『――【氷曲五十番リオートフィフティース・我が黎明よただ闇雲に晴らせ】」


 五十番台の曲番から魔法はさらなる進化を遂げる。まるでここからが本番と言わんばかりに使う難易度が上昇する。

 それに合わせて威力は桁を違える。

 巻き起こる破壊。相殺されてなお、熱と冷気は甚大な被害をもたらす。

 このような魔法にさらされてなお木の実は小揺るぎもしないのだから凄まじい。

 いや、本当に凄まじいのはその魔法の中心にいながら立ち続け魔法を放つダレンとベルエルだ。


『やるではないか』

「お前もな」

『まだまだ行けるぞ、貴様についてこれるかなダレン・テゼル』

「余裕に決まってんだろ」


 父親が強敵を前にやるように強がってはいるが、ダレンにこの先の手札はない。

 魔剣が主流の世界で五十番までの魔法曲番が残っていたことの方が奇跡に近い。そこは悠久の時を生きるエルフのおかげだ。

 この先はダレンには未知の領域。魔法を知らないならばどうする。

 そんなもの決まっている――。


『【氷曲六十番リオートシックスティース・いつか見た夢の底に喰らいつけ】』


 放たれるベルエルの魔法。

 集中したダレンには、形成され飛翔する氷と冷気は何よりも遅く感じられる。

 ダレンは知った。強者の存在が、これほどまでに己の力を高めてくれるということを。

 魔法はそういうものだ。個にて成立する魔剣と異なり、全を以てあらゆる災禍を払わんとする真逆のものだ。

 単一でどこまで高めようとしても限度がある。それで行けるのは五十曲番まで。そこから先は、まさしく相手と己が相手こそだ。

 魔法という望まぬ分野であったが、今まで使っていなかった部分が目覚めていくのがわかる。

 行きつく果てが同じと信じ研鑽をしてきたことは無駄ではなかった。だから、手を伸ばし汲み上げる。

 ここで倒れれば待っているのは全滅。己と有紗の夢の敗北だ。

 ゆえに、負けられないのだと奮起する。


「――【我が光明は遍く焦土に届く】」


 放つは結果のみ。過程など重要ではない。

 必要なのは伸ばした手と根源から結果を汲み上げる意志力のみ。あとは魔力など勝手についてくる。

 魔法合戦で高まった魔力がダレンを後押しする。

 発動する六十番に見合う炎魔法。あらゆるものを燃やし尽くす災禍の精霊が此処に顕現する。

 さあ、あとは速度だ。どれほど早く、相手よりも強い曲番へたどり着くか。相性は良い。炎と氷ならば、炎は氷を溶かす。


『ついてくるか――』


 ベルエルにここまでついてきたものは後にも先にも一人だけだ。

 心に浮かぶのは高揚。此処を守れと言われて幾星霜。ここにはじめて人間がたどり着いたのは数十年前。

 相手になった者は、そのときのただ一人。

 その時以上の興奮があるとは思いもよらない。世界は望むように進んでいるようだ。


『ならばこそ手は抜けぬ』


 さあ、来るがいい強大なる魔法使い。出来ることならば死んでくれるな。

 一足飛びに駆け上がり、この先へ人類というものを導いてくれ。

 その最果てにこそ救いがあるのだ――。

 ベルエルすら知らぬ、救いという果てが何なのか。そんなことすらどうでもよく、ただただこのただ一度きりの戦に臨むのみだ。


『ダレン・テゼル、折れてくれるなこの果てへついてこい――【氷曲七十番リオートセブンティース・凍えよ魂、その夢枕こそが久遠の祈りなり】』


 放たれる前人未到の七十魔法曲番。既に人が到達した場所を超過する。あらゆる全てが凍える。

 炎すら凍り付き、例外なく全てを押し止め永久夢幻の牢獄へといざなう。

 これで終わるのならばそれまで。再び更なる強者が来るまで待ち続ける。おまえのような男が生まれたのならば次もまたいつか来ることは確実なのだから。


「ぐぉぉ――」


 防殻の防御を抜けて凍り付く。灼熱の焼き鏝に全身を挟まれているかのような痛みが走る。あまりの極寒は極熱と同義だ。

 そして、そのまますべてを停止させる。そして、それはなにも肉体だけではない。

 意思が凍り付く。魂が凍り付く。すべてが停止する無限地獄へと落ちていく。

 黒い漆黒に意識が落ちそうになる。いや、堕ちたのか。

 そのとき、意識の裏に一人の少女が映った。


「ま、まだ、だ」


 こんなところではまだ終われない。

 炉心に火は灯っている。このようなところで、凍り付かせられるほど安い炎ではないのだと証明しなければならない。

 ここで死んでは、あいつらにを見返すことが出来ない。そんな反骨がダレンを強くする。さらにさらに遍くその手は根源へと広がっていく。

 十数年、思い続けた祈り(ネガイ)が結果を汲み上げる。


「――【燃え尽きろ、祈りの炎は消えはしないのだ】」


 炎よ燃えろ、目の前の敵を燃やし尽くすまで。

 根源より汲み上げるは極焔。ダレンを中心に湧き上がる炎に冷気そのものが燃焼する。


『ぐ――』


 互いの魔法が防殻を貫きつつある。いや――。

 

「負けるか。だれが何と言おうと――あいつらを見返してやるまで――」


 誰にも負けない。負けるわけには行かない。それが異世界の存在であろうとも。

 ダレン・テゼルは、更なる領域へと到達する。次元に穴をあける極限の炎へと手をかける。

 根源とは大海原だ。どれほど手を伸ばしてもそんなものはつかみきれない。ただそこへ潜っていく。

 小さな船でこぎ出した船旅は、ベルエルという敵の存在により超深度へと到達する。根源の最奥、原点へと――。


「――【ゆえに我が前に立つ者よ、万象悉く灰燼と帰せ】」


 その炎に燃やせぬものはありはしない。

 全ての炎を人にもたらす火の根源から結果そのもの、炎という事象を汲み上げる。

 その名は――。


「――【原初より燃え上がれ(ゾロアスター)()焔は人の手にある(プロメテウス)】」


 発生する炎の渦。熱気があらゆる全てを消し炭と化さんと猛っている。放出、そして収束。太陽の如き莫大な熱量がただ一つの形を取る。

 有史以来初の顕現。誰一人として見たことのない極地存在が、此処に現出を開始する。それは人型の炎であり、炎の人。


『んー、ぁー、ようやくだぁ。ようやく呼び出してくれた』


 手足に焔を纏わせた少女の姿がダレンの目の前に顕現した。

 燃えるような炎髪からは彼女が動くたびに火の粉が舞い上がる。褐色の肌に、金色に燃える炎の瞳が燦々と輝き、ダレンの指示を今か今かと待っていた。

 何が起きたのか、いったい何を汲み上げたのか、ダレンにもわからない。ただわかることは、この極地へ行くためには他者の力が必要ということ。

 一人ではこの極地へは至れない。敵だろうが何だろうが、誰かとともに高め至る領域なのだと理解する。

 ベルエルほどの使い手が相手でなければこんなことは二度と出来ないということがわかる。


『初めまして魔法使いさん。ぼくを呼び出してくれて本当にありがとう! さあ、僕は何をすればいいのかな?』


 火の粉を散らし、柔らかな笑みで彼女、ダレンに寄りかかりながら問う。

 熱い。その肌から伝わる熱量は炎そのものだ。生きた炎、彼女こそが燃えるという概念そのものだ。

 柔らかな肉体であれど、その内側に流れるのは炎の血液。循環する高温の溶岩は解放の時を待っている。

 触れるもの全て、自らを手繰る魔法使い以外を灰へと帰す。

 それがダレンにも伝わる。触れた部分から燃やしたいという思いが伝わってくる。


「あいつを倒す」

『了解。初めての仕事だ、腕がなるや』

『お、おおぉ――』


 ベルエルはそいつを知っている。魔法の終曲そのもの。炎そのものだ。遍く全てを灰燼と帰すものである。

 炎そのものが形となった特級の魔法存在。

 そもそも魔法とはこういう存在を呼び出すための方法論なのだ。根源から結果を汲み上げ続け、その先にいるものをこの世へと現出させる手法。

 魔法使いたちが使う魔法はその途上の技術なのだ。彼女は超純度を誇る結果の塊だ。全てを燃やす、その結果そのものである。

 

『おお、よくぞ、よくぞ至った! 再会したかったぞ』


 ゆえにベルエルは歓喜する。そうだ、それをこそ望んだ。それはベルエル自身の悲願であったのだろう。

 何かがあり、何故かここで木の実を守り続けた守護者は、ようやくその願いの下へたどり着いたのだ。

 その歓喜はいったい何なのか、ダレンにはわからない。


『キミの感激や歓喜なんて必要ないさ。ぼくはただ燃やす、嚇炎の(ゾロアスター)プロメテウスという現象、それだけだよ――君が如何に何を想おうとも、ボクはそれごと燃やし尽くす』


 だが、そんなものはプロメテウスには関係のないことだ。何かの歓喜があり、願いがあろうとも、既に魔法という現象そのものになっているのだ。

 放たれた炎は容易くベリエルの防殻を貫通した。業火が内側で爆ぜる。灼熱が広間を溶かし尽くす、まるで夏の熱気のように氷がとけてしまう。

 あとに残ったのは完全に炭化し、一筋の息で消え失せたベルエルの残骸のみだった。


『それじゃあ、バイバイ? また呼んでね?』


 蝋燭が消えるように、プロメテウスは夢のように消え失せた。熱気が消え失せ冷気が戻ってくる。

 溶けた床や壁が一瞬で回帰していく。あれほどの激しい戦闘などまるでなかったかのように元通りになった。


「はあはあ……はあっ……」


 ダレンも思わず膝を折る。


「ダレン様!」

「ちょっと、無事?」


 慌てて何とかギリギリ無事だった有紗と恵がダレンに駆けよる。


「あ、ああ、まあ、何とかな」

「最後のあれはなんなのよ」

「わからん」

「わからないって……」

「まあ、とにかくダレン様がすごいということでよろしいではありませんの? 今は、アレを気にしていている暇なんて、天童さんにはないと思うのですけれど」

「あんた、急にまともね」

「すごすぎて一周回って冷静になってしまいましたわ」

「あっそう……」

「とりあえずとって食って来い、時間は有限なんだ、無駄にできる時間はないぞ」

「ええ、そうね。わかった行ってくるわ」


 有紗は大樹へと近づいていく。

 巨大だった、雄大だった。地に根差した存在として屋久島の杉の木にも負けないだろう年月を感じる。

 いや、それ以上か。氷の中、厳かな雰囲気すら感じる。この木のそばにいると不思議と寒くない。

 母なる大樹は青々とした葉を茂らせている。根本まで来れば、大樹はまるで手招きするようにその枝を落としていく。

 手を伸ばせば手に取れる位置。


「…………」


 一瞬の躊躇。それから意を決して有紗はその実をとった。

 赤い実は林檎のよう。あるいはエデンに生えているという知恵の実だろうか。

 瑞々しく、嫌でも食欲をそそる。有紗は深呼吸ののち、口をつけた。

 あまりのうまさに一瞬で食べきる。


「――おいしい」

「いや、感想は良いから。どうだ?」

「そうね――」


 集中する、そして――。


「使えない――」


 魔法は使えなかった。


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