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やがて破天の青春神話  作者: さぬきち
神速無双の光翼少女
7/10

6話 水凪天祢と佐伯月白①

水凪天祢と佐伯さえき月白つきしろ






あれから程なくチャイムが鳴った。

待っていたと言わんばかりに各教室から溢れてきた生徒の流れ。

誰と目を合わせることも無く、それをゆるゆるとかわしながら、天祢は自分のクラスである二年三組の教室へと入った。


「――――お。水凪じゃん」


「……おはよ」


良く通る声。

目を向けると、机を向かい合わせた二人組の女生徒の一人が、こちらを見ながら小さく手を振っていた。


「はよー。っても、もう昼だけんど」


意地悪そうな目つきで可笑しそうに笑う彼女は、比良坂朱美。

スラリとした美人系の外見で、誰にでも気さくで奔放な性格をしている。

本人はそんなつもりがないのに、何故か気怠そうな印象をよく抱かれる天祢に対しても、分け隔ての無い態度で接してくる女生徒だ。

朱美は机に広げた丸い弁当箱からオムレツを箸でつまみ、豪快に噛み付いた。

がじがじと咀嚼した後ゴクリと飲み込み、唇に付いたケチャップを舌先でひとねぶりする。

何気ないその仕草と細めた瞳が情を煽るかのようで、周囲の幾人かが息を呑むようにその様子を見ている。

天祢はぱちりと目を丸め、口を開く。


「行儀悪いな」


「えー。何とも思わない? エロくない?」


そう言ってもう一度流し目でチロリと唇を舐ってみせる朱美。

エロスはよく分からないが、ちょっと面白いと思った。


「……っ」


そしてもう一人。


「んむっ……」


朱美の呼んだ名にぴくりと背を伸ばし、くるりと天祢を振り返り、ちょこちょこと頭を下げてくる少女がいた。

小さな女の子だ。

ともすれば小学生と見られそうな身形であるが、向かい合わせて座る朱美とはれっきとしたクラスメイトである。

さらさらのショートヘアの、小動物を思わせるような女の子。

佐伯月白。

三組の今期のクラス委員長にして、引っ込み思案な性格ながら色々と周囲の世話を焼く少女だ。


「んくっ。……お、おはようございます……」


「おはよう月白さん。大丈夫?」


「う、うん……」


まるで物を貯め込んだリスのような頬を必死に上下したのち、口のものをようやく嚥下した月白。

恥ずかしそうに天祢と言葉をかわし、控え目な笑みを見せた。

どうやら無口だったのは、パンを思い切り頬張ったタイミングであったからのようだった。

手に持つクリームパンには大きな欠けが一つあった。


「……大きいな、一口」


「……そうかな」


おずおずとそう言い、月白は少しだけ俯いた。


「女子になんてこと言うんだよ。死刑な」


朱美が左手に持った箸の先でビッと天祢の眉間を指す。

重過ぎる刑に恐怖を覚える。


「ごめん」


素直に謝る天祢。

別にからかうつもりは無く、率直な感想を口に乗せただけだったので、気にされてしまうとバツが悪い。

すると月白はぱっと顔を上げて首を振った。


「う、ううん……その、好きだからクリームパン。つい……」


「そうなんだ。俺も好きだよ」


「あ……」


天祢は頷き、月白の嗜好に同調してみせた。

甘い物は割と好きである。

ほんのりと赤かった月白の頬が、その色味を増した気がした。

笑みを見せ、三角容器に刺さったストローからミルクを吸い上げて喉へ流し込む月白。

一度だけコン、と噎せ、恥ずかしそうにはにかんだ。


「体調、悪かったん?」


天祢の具合の問いを切り出す朱美。


「あー……大した事ないよ。少し夜更かししたせいだと思う」


「はぁ。おじいちゃんかよぅ」


あはは、と笑う朱美。

肩の上で切り揃えた黒髪が揺れる。

聞くことには三限の授業中、担任の教師がここへ訪れ、天祢が登校してすぐに保健室へ行った旨を皆へ伝えたということだった。

このような時間に教室に現れた天祢へのクラスの視線が奇異の目であるも、驚きや訝しさが感じられなかったわけがそれだ。


「……」


天祢は得心しつつ、少しだけ心苦しさを感じた。

紛れも無い仮病であったのだが、ひとまずほっとしたような二人の様子に若干の良心の呵責を感じた。

しかも発端は寝坊による遅刻である。

何故今日に限ってと思いつつ、ピュアに談笑する二人の前に立っていることに何となく後ろめたさを感じ、天祢はその場を後にする。


「……それじゃ」


「ん、ほいほいー」


「ぁ……」


席に戻ろうとした天祢に何かを言いたそうにした月白。

何だろうかと目を向けるが、当の月白ははにかむのみでいた。

天祢は小首を傾げつつ自分の席へと戻り、黒いリュックを空っぽの机の中に押し込んだ。


「……」


椅子に座って一息をつく。

何もない机の上に肘を突き、頬を乗せて窓を見る。

開け放たれた窓ガラスからは、雲がまばらな青い空が見える。


「……やることなかった」


ぽつり呟く天祢。

八重のお陰で身辺整理は既に済んでおり、本当は教室に寄る必要も無かった。

何となく足を向けた。

今こうして空に目を向けているのと同じように、ただ何となく、ここに来ようと思った。

やることがなかったからかもしれない。

回していないクリアな脳裏に、しばらく過ごした教室の光景が浮かんだ。

天祢はゆっくりとした瞬きの後、室内へと視線を戻した。

昼休みの賑やかしい雰囲気。

勉学に励むという名目で寄り集まった学徒達の、一時の歓談の様子を眺める。

誰もが誰かと向かい合っていて、くだらない話に花を咲かせている。

問題の無い、良いクラスだと考える。


「……あ。見て見て月白ちゃん。水凪があたしのこと見てる」


「……」


こちらを指差す朱美と申し訳なさそうに苦笑する月白に手を振って返す。

もちろん無言で、呆れた顔で。

二人はまた向かい合い、キャッキャと楽し気に話を再開した。

クスクスと笑いクリームパンを頬張っている月白の後ろ頭をぼんやりと眺めながら、天祢は少し思案に耽った。

水凪天祢がこの岬科第一高校に転入をしたのがちょうど一年前。

失能力者として一般社会に身を置くにあたり、戦場で生きてきた天祢にとって圧倒的に不足していた基礎的な知識や技能、社交性を養うのに最も手っ取り早い肩書きであると、八重が提案したことだった。

他者へ自己の内面を主張することを不得手とする天祢にとっては、学校生活とは戸惑いの連続であった。

クラスメイトと他愛のない会話でも出来さえすれば世話は無いが、俗世の娯楽に関心の無い天祢がそれをするのは至難だ。

必然的に孤立していた天祢。

しかも彼にとってそれは苦では無かったが故に自分から歩み寄ることは無く、そんな彼を思い見てくれていた朱美と月白の存在は大きなものだった。

最初は月白だった。

一年生だった出会いの当時も月白はクラス委員長で、その頃から既に多くの生徒や教師から信頼を置かれる優等生であった。

机に一人座っていた天祢の元に、月白は暇があれば足を運んで世間話を試みた。

そこに彼女の親友である朱美が加わり、結果三人がこのクラスではセットであることがままあった。


「……」


静かに目を伏せる。

ありがとうと、天祢はぼんやりと思った。

八重以外とまともな人付き合いなどしたことが無かった天祢がいきなりこの学校へ放り込まれた時には、本当に右も左も分からなかった。

張本人であるところの彼女自身が、同じタイミングで保健教諭として赴任してきたのにも驚きはしたが。

最低限の教育を八重から施されていた為授業内容は理解出来たが、一般常識や作法などは謎の根性論により体で覚えろの一点張りだった。

気が触れていやがるとさえ思った。

そんな中、二人が気に掛けてくれたことによって、天祢は一生徒としての立ち回りを無事習得するに至ったのだった。


「……」


片目だけ薄く開き、月白の後ろ姿を見る。

何となく――――八重が以前月白のことを話題にしていたのを思い出した。


「……?」


ふと、ぴょこりと月白が後ろを振り返った。

朱美はいちご牛乳を全力で吸っており、それに気付かない。

目が合うと彼女はリンゴのような頬を揺らし、おそるおそると朱美の方へと向き直る。


「ん? どしたん月白ちゃん?」


「う、ううん」


ふるふると首を振る月白。


「何か表情エロくない?」


「あ、朱美ちゃん……」


あっけらかんとそんなことを口に出す朱美に、困った顔をする月白。

そんな月白の様子ににんまりと笑って目を輝かせる朱美。

二人はとても仲の良い親友である。

どうでもいいが、あいつ今日そればっかりだなとは思う。


「……えーと」


何だっけ。

月白の背中を見詰めつつ、記憶を手繰る天祢。

ああ、八重か。

おそらく無理に思い出さなくてもいいことであるのだろうが、暇がなせる業なのか、今は何となく掘り下げてみようと思い続行。

クラスメイトからの評判は元より、教師陣からも信頼が厚い優等生の月白。

そんな彼女について、普段あまり人を褒めるということをしない八重が珍しく彼女を評価するようなことを述べていたのだ。



――――……。



「……。……。……あ」


あれだ。

”ロリ巨乳”。


「ぶっ!!」



ブバァ――――!!!



ストローから大人しくミルクを吸っていた月白が突然、口からそれを盛大に噴射した。

いきなりミルクを噴いた月白と、それを顔面で余すところなく受け止めた朱美に、クラス中の視線が集まる。

天祢も驚き、思わず立ち上がった。

月白は体を揺らしてむせ返り、ポケットからピンク色のハンカチを取り出した。

食らった朱美は呆然としている。


「何なの月白ちゃん」


「ご、ごめんね朱美ちゃん! その、あの、不意だったから……!」


「何なの……」


意味が分からんと固まったままの朱美。

月白は口元を袖でさっと拭った後、清潔に折り畳まれたハンカチで朱美の顔とその周辺を汚すミルクを丁寧に拭き取ってゆく。

机越しに身を乗り出して拭き取り作業を行う月白の、小さな体にそぐわないとても大きな胸の膨らみが、彼女の動きに合わせて上下している。

まるで下心無くそれを眺めつつ、天祢が先程思い出したことについて考える。

ロリとは何だろうか。

巨乳は分かる。

誉め言葉だったはずなので、ちゃんと意味を聞いていれば自分も使えたかもしれなかった。


「――――っ」



ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし。



「……いたたた。月白ちゃん、痛い痛い、いたたたたた」


「おー……」


真っ赤な顔で机の一点を見詰めたまま、朱美の頬をハンカチで延々と摩擦し続ける月白。

流石の朱美も苦悶の声を上げているがそれでも気付いていない。

面白いが、ひたすら続けて朱美のうら若き肌が血を噴くといけないと考え、天祢は月白へと歩み寄った。


「月白さん月白さん。比良坂が」


「あ、えっ、天祢君。……あれ、朱美ちゃんほっぺたどうしたの!?」


「何なの」


我に返った月白の開口一番に、朱美が真顔で三度同じ言葉を吐いた。

天祢は持っていたハンカチを朱美に渡し、月白へと向き直る。


「あっ……ありがとう、天祢君……」


天祢を見上げて、月白は申し訳なさそうに頭を下げる。

天祢は小さく首を振り、月白の赤い顔をじっと眺める。

少し下に視線を移すと、先程ゆさゆさと揺れていたものが見えた。

じっ。


「……」


月白が身を縮こまらせて俯く。

あ、と天祢は目を丸めて、スッと身を引いた。

セクハラは死罪と八重に聞いたことがある。

それほど重要なことでもなかった為、月白のロリ巨乳はひとまず置いておくこととした。


「比良坂。大丈夫?」


「んー。やっぱ一回顔洗ってくるよ。ありがとね」


「……あれ。右の頬だけ赤くないか」


「ぶっとばすぞコラ」


朱美は言って席を立つ。

見たところほぼ拭き取ることは出来たようだが、彼女から漂ってくる濃厚なミルクの甘い匂い。


「ご、ごめんね……」


「オメーだけは許さねぇ」


おそるおそる謝る月白をびしりと指を差してそう言い残し、朱美はどすどすと教室を後にした。


「あぅ……」


「いや……今のは大丈夫だと思う」


出て行く朱美の後ろ姿を眺めながら、小さく唸る傍らの月白に声を掛ける。

朱美の態度に怒気は無く、おそらく月白が必要以上に気に病まないようにという配慮であろう。

顔面に飲み物を噴き掛けられるという経験が天祢にはまだ無かった為、どのような心境かと少し心配したが、相変わらず寛大な女の子だと思った。

ともあれ。


「……急にどうしたの?」


机の天板を拭きながら、天祢は先程の出来事についてを月白に尋ねた。

何があってこうなったのかと。


「……」


月白はほんの少しだけ恨めしいような目を天祢に向けた後、静かに赤い顔を逸らしてしまった。

風邪気味なのかな。






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