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やがて破天の青春神話  作者: さぬきち
神速無双の光翼少女
5/10

4話 水凪天祢の八重麒麟④





「そういえば」


「?」


「勝ったって。昨日」


「おー」


唐突に切り出された話題。

言葉の差す意味を察して、天祢は短く感嘆の声を上げた。


「ハワイ諸島奪還。結構掛かったわね」


「……ハワイと、どこだっけ」


「下から三島ってことだから、マウイ島とあとカホオラゥエ島かしら」


「よくすんなり出てくるな。どのくらいだっけ」


「連合軍が一か月間常駐していたはず」


「……何でそんなに掛かったの?」


「何故かしらね。連携悪いんじゃない? 世界国連合」


「他人事感がすごい」


「それはこっちの台詞よ。勝ったのよ? 人類の生活圏がまた一つ戻った。嬉しいでしょう?」


「ピンとこない。今俺日本に住んでるし」


「出た出た、その無関心。あーやだやだ。やだなー」


「何なの」


どうして欲しいというのか。

投げやりな風に足を投げ出してそっぽ向いてしまった。

天祢は面倒臭そうに口を開く。


「俺は負けると考えてなかったよ。八重さんは違うの?」


「まさか。負けるわけないじゃない」


「殲滅戦だろ?」


「ご名答。ただ規模が大きいだけの戦に、あの子達が出張ったんだもの。制圧出来て然り、でしょ」


「……何人くらい参加したの?」


「ドタキャン差し引いて、確か五人」


「放課後のカラオケか。誰だよ」


軍事行動においてドタキャンなどというフレーズを使用されることにも天祢はピンと来なかった。

ただ投入された者があの内の誰であれ、五人もそうならば島の一つや二つくらい制圧出来て当然だろう。

ふと見ると、八重が真顔で天祢の顔を凝視している。


「どゆこと? 放課後のカラオケかって、どゆこと? 面白いと思って言ったの? ねぇ、どゆこと?」


「面倒臭いなーもう……」


赤い眼鏡をくいくいと上げながらずいずいと詰め寄ってくる八重が疎ましく、天祢は椅子から立ち上がった。

八重に圧される形で後方へと退いた天祢はため息を吐く。

そこでふと、天祢は以前から疑問に思っていたことを口に乗せた。


「……八重さんって、最近連合の仕事をしてるの?」


「え、特に何も。だって私、今高校の保健医なんだもの」


「えー……」


微妙な面持ちで唸る天祢。

〈組織〉はまだ連合の同盟組織として名を連ねているだろうに。


「……」


きょとんとした顔で首を傾げる八重。


「……何?」


そんな彼女を見て、天祢はあっさりと思考を切った。

自分がいくら考えても彼女の思惑に到達することはできないと彼は分かっている。

彼女の連合での立場をこちらが憂うこと自体、はっきり言って詮無き事だと割り切った。


「まぁ。八重さんが大丈夫と言うなら、大丈夫なんだろ」


「そう。私が大丈夫と言うんだから、大丈夫なのよ」


八重は座位のまま腰に両手をあててフン、と胸を張る。

こういう人なのだ。

天祢はこくりと頷いて、ベッドに置いていた黒いリュックサックを掴んだ。

持参していたものである。


「あ。もう行くの?」


「うん。そろそろ昼休みだから」


「そう」


時刻は正午を少し過ぎ、もう少しで3限目の授業が終わるベルが鳴る。

そこで天祢は自身の教室へ入り、荷物を纏めるつもりだった。

ぱっと八重へと顔を向ける。


「今日はごめん。八重さん忙しいのに、わざわざ手間を取らせて」


「いいのいいの。今日はそもそも朝早かったのよ、実は。ついでに出来なかっただけで、手間は増えていないわ」


あっけらかんと手を振ってみせる八重。

嫌味などおくびにも見えないその寛容さと屈託の無い笑みもまた、天祢のよく知る彼女の姿だった。

今、何となく声を掛けたくなった。

気持ちを述べてみたくなったのだ。

うまく言葉に出来るかどうか分からないのだけれども。

すっと目を伏せる天祢。


「……八重さん」


「何よ。用は済んだんだから早く行きなさいよバーカ」


「……」


うん。

今日はやめておこうと思った。

唐突な罵倒の理由を尋ねることもせず、天祢は閉目したままうんうんと頷く。

気まぐれなのもよく知っている。

うん、何でそれが今出るかなとは考えてしまうが。

うん。


「……あっ?」


「それじゃ……」


「今ひょっとして何かいいこと言おうとしてた?」


「別に」


「そんな沢尻さんみたいなこと言わないでよ。どうしたの、何を言おうとしたの? ちゃんと聞くから教えて聞かせて?」


誰だ沢尻さんて。


「またいつかどこかで」


「あー、ちょっと! 待って待ってごめん、待って!」


他人行儀な会釈を一つだけしたのち、そそくさとこの場を立ち去ろうとする天祢を慌てた様子で引き留める八重。

椅子から立ち上がり、パタパタと床を鳴らし駆け寄って天祢の手を掴む。

するとふぅ、と自分を落ち着かせるかのように胸に手を当てる。

憂いを帯びた泣き笑いのような表情で天祢へ上向きの視線を送りながら言う。


「ごめんね、素直な態度を取れなくて……ダメね、私。感極まるって言うのかな、こういうの」


ふる、と首を振る。


「でも分かって頂戴。あなたを想うからこそ、見守ってきたあなたの岐路、過渡期に直面した今この私の心境を。ここから発つあなたを前に、平常心を保てなかった。ふふ、情けないわね。でもね、今なら大丈夫。あなたの言葉、ちゃんと受け入れることがようやく出来そうだから」


潤みを帯びた眼差し。

やや伏せた瞼に揺れる睫毛。

黙って聞いている天祢の正面に回った八重はそっと両手を肩に置き、ゆっくりと顔を上げた。

そして――――聖母のような穏やかな笑みを、天祢へと向けた。


「だから……ね?」


「そういうのをありありと自分で口にする時点で、ないなと思ってる」


スッパリ。


「……」


「……」


「……さっさとデレなさいよ!!」


豹変、叫び声を上げる。


「何か言おうとしたんでしょー!? 私を褒め称えるような台詞を! 普段言わないんだから、今日くらいほらほら! いつも良くしてくれていた八重さんに、好きという感情の丈をぶつけちゃいなさいよ!」


うるさ。

いよいよめんどくさくなってきて、天祢は八重の視線を力づくでするかのように押し返す。

うっ、とたじろいで天祢から手を放し、一歩下がる八重。

それに合わせるかのように、天祢が一歩の距離を詰めた。



ぎゅっ。



「……」


目を見開いて身を固めてしまう八重。


「……」


「……」


「……え、と?」



ぐっ。



腕に込めた力に反応して、八重が体をびくりとする。

突然正面から天祢に抱き締められてしまったことで、八重の思考は真っ白になった。

とりあえず身を捩ってみるものの、腕ごと抱かれている為、全然身動きが取れない。

それはさして問題ではなく。

密接状態にある天祢の静かな吐息が一定のリズムで首筋に触れている、その温かな感覚の方に意識が持っていかれてしまう。


「今までありがとう」


すぐ傍で聞こえた、とても静かで穏やかな声。

素っ気なくて真っ直ぐな声。

力が抜けてしまった八重の体を力強く支える天祢の腕に身を委ねる八重。


「……」


少しして、天祢の腕がするりと離れた。

身を引くと、天祢は八重の顔を見る。

すぅ、と八重が深く息を吸った。

落ち着いた風に天祢を見詰め返して、わずかに微笑む。


「あ――――ぶぅ!?」


そして何かを言おうと口を開いた瞬間、両手で頬を潰された。

ぺしゃんこである。

天祢はそのまま、触れているすべすべとした頬を捏ねくり回す。


「むにゃ……何、なに!?」


こねこねこね。

抵抗など気にせず、しれっとした様子で続ける。

こねこね。


「……」


ぱっ、と手を離す天祢。

解放された八重はこねくられて赤くなった頬を両手で押さえ、天祢を涙目でねめつけた。

その八重の視線を、天祢は正面からじっと見詰め返す。

望み通りにしてやったと言わんばかりの不遜な表情。

そして目を伏せる。


「元気でね」


「――――」


しんとする。

無言で向かい合う二人。


「……」


「……荷物」


ぽそり、と八重が口を開く。


「?」


「あなたの荷物は先週末に私がまとめておいたから」


「先に言って欲しい」


天祢は項垂れながら言う。

昨日昼間にわざわざ市街へ赴き購入したリュックサックの用途が今、絶たれた。


「何から何までありがとうございます」


「というかそのくらい先週の内に処分しておけたんじゃなくて? これから気を付けなさいよね。そういうとこよ、だらしのない」


胸を反らして指を立て、教師然とした口調で言う。




――――……。




「放課と同時にすっ飛んできたどこかの保健医に、駅前の和菓子店の水羊羹が食べたいから買って来いとのたまわれて」


「あらららららー。そういう言い訳をするわけね、へー、ふーん、ほー」


目と両耳を塞いでつんとそっぽ向いてしまう八重。

子供か。

げんなりとして息を吐く。

和菓子が好物の八重。

駅前の老舗『わらべ』の水羊羹――――岬科市の隠れた名物の一つであり、彼女がこよなく愛する一品である。

ちなみに、しょうがないなと思いつつ二人分を買って帰ってきた天祢だったが、結局それは八重が全て食べてしまった。

満足の笑顔を浮かべた八重に笑いかけながら、太ってしまえと呪いをかけたことはさておき。


「あのね」


「うん」


「別にこれが今生の別れというわけじゃないんだから。またきっと会うでしょうし、気楽に行きなさい」


「それもそうか」


お互いに頷き合った後、八重は椅子へと腰を掛け、天祢はそのまま入口の方へ。

ギッと椅子の軋みが響き、天祢が引き戸に手を掛けた時。


「……いつも通り、いきましょうか」


「?」


天祢が首だけ振り返ると、八重は足を揃えて居住まいを正し、真っ直ぐに彼を見ながら言った。


「行ってらっしゃい」


「――――」


綺麗な姿勢でそう口にした彼女に、天祢は少しだけ驚いたように息を呑んだ。

いつも通りと彼女は言った。

それは一年前を最後に、以来交わしたことのなかった彼らの挨拶。

死地へと赴く天祢へと、決まって八重が掛けた台詞であった。

ぱちぱちと瞬きの後、天祢は不敵に目を細めて返事をした。


「行ってきます」


短く、しかし噛み締めるように口にして、天祢は入口の戸を横に引いた。

カラカラという音が立ち、廊下の空気は肌に少しだけヒヤリと感じた。

くぐる際、木製のドア枠の柱の一部分が壊れているのが目に入り、天祢はそそくさと体を前へ進める。


「弁償してね」


ぐう。

背中に掛けられた声に項垂れつつ後ろ手に扉を閉め、天祢は廊下を歩き出した。








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