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やがて破天の青春神話  作者: さぬきち
神速無双の光翼少女
4/10

3話 水凪天祢と八重麒麟③






ぐい。



ぐりぐり。



ぺちぺち。



「んんー……特に異常は無いようねー……」


優しく漂うハーブの香りの中――――天祢は両手で掴まれた頭を八重にぐいぐいと揺らされていた。

彼女の為すがままの天祢。

腑に落ちないような表情のまま、口をへの字に締めてじっとしている。

親指で両目の下瞼を押されたり引っ張られたり。

そのまま首を可動限界まで捻られたりと、相変わらず何をされているのか分からなかった。

ポカポカ。

頭を叩かれる。

八重は片眉を上げて少しだけ何事かを思案した後、もう1回だけこつんと叩いた。

頭を叩いて何が分かるの?

詰まり具合?

そんなことを思いつつも天祢が何故彼女にされるがままにされているのか。

この傍目からでは何の最中なのか不明瞭な一連の行為は、彼女なりの”診察”であった。


「どこにも痛みとかない? 頭痛が少しでもあったりしない?」


こくりと頷く。


「もう一回口を開けて」


言われて天祢が従うと、八重はぐいと頭を持ち上げて口内を覗き込んだ。


「はい、あー、ってして。――――あ、やっぱりいーってして。あー、ってしながらいー、ってして」


無茶言うな、何なんだ。

呆れた風に視線を上にする天祢。

天祢のコンディション管理も重要な責務としていた八重が、昔からたまに行っている独特な検診なのである。

そうは言っても毎回決まった手順もない、その場の思い付きのような診察であった。

見たままに、検査の手法に関しては医学とはおそらく無縁のものである。

スーパーで食材の質を値踏みしているような感じだと天祢は思っていた。

先程のも、糖度の高いスイカはどれかと品定めしている感じと思えば。

その結果彼女のお眼鏡に適っているかどうかは怖くて訊けない。


「はい、閉じていいわ」


開けていた大口を閉じる。

伸びていた唇がふやふやする感覚。

次は何だと天祢がじっとしていると、八重はぱっと手を放してにこりと口を曲げた。


「ふむふむふむ。身体の異常はどこにも無いわね。偉い」


八重はくしゃくしゃと乱暴に天祢の頬をさすった後、腰を浮かせて彼の額に軽く口付けをした。

うげ、と仰け反る天祢。


「あはは。何よこのくらい。スキンシップとしてはまだ軽い方でしょ」


悪びれも無くあっけらかんと笑う彼女を、指で額をさすりながらじとりとねめつける天祢。

彼女は昔からこの時だけは落ち着きが無かった。

よく分からないが、何故かハイなのだ。

平気でこういうことをしてくる程に。


「あはは、ごめんなさい。――――さ、手を出して」


八重はにっこり笑って両手を天祢へと差し出した。

手のひらを上にして、何かを促す。

小さくて白い、女性らしい八重の手のひらを、天祢はじっと見詰める。


「……」


「手を出して」


わずかに躊躇するような間をおいた天祢にもう一度、静かに優しく促す八重。

天祢は静かに息を吐いて、吸って、背を伸ばす。

そして差し出された手に、自分の両手をそっと重ねた。

すべすべとした感触。

八重はにこりとして、少しだけほぐすように手をぎにぎにとした後、ゆっくり力を込めて天祢の両手を握り締めた。

すぅ、と空気を吸い込んで。


「始めるわね」


「よろしく」


言葉の後、重ねた両手が淡い光を帯びるのを見た。


「――――……」


重力が消失してゆくような浮遊感。

実際に体が浮かんでいる、なんてことはない。

重ねた手から、彼女の体温とは別の温もりのようなものを感じる。

幾度と経験してきた天祢にとって、それは不思議な感覚であることに変わりはなかった。

薄くわずかに青白い光を帯びた八重。

微笑のままで薄められた彼女の瞳は、視界に映る何物をも捉えていないように虚ろだった。

天祢は目を閉じて、その感覚に身を委ねる。

八重の能力が発現しているのだ。

自身で『識』と呼んでいる彼女の能力――――それは触れた対象の保有する能力の特性や性質、状態などその全ての情報を感受するというものであった。

それは上辺だけでなく、視られた能力者本人さえ知り得ない本来の特性や、状態の起伏やその法則に至るまで、彼女は見識することが可能なのである。

そもそも希少とされる能力者という存在において更に特質とされる、精神感応系能力者。

この八重麒麟という女性が類例に乏しい稀有な存在であるとされる、大きな要因の一つであった。

八重はこの能力を応用し、パートナーとして常に天祢の状態管理を一手に担ってきたのだった。

即ち、今こうして八重が視ているのは、天祢に内在しているものだった。

不思議だな、と天祢は思った。


「……」


かつて。

水凪天祢は能力者だった。

能力とはとあるもので、それは途轍もないものだった。

しかしそれは失われてしまった。

失うとは二つの意味を指す。

一つは能力そのものの完全なる消失、もう一つは発現は可能だが恒久的な制御不能状態にあるということ。

そのどちらにせよ、能力を失った能力者は一様に”烙印”を捺される。

異能力喪失状態認定者――――”失能力者ロスト”。

そして失能力者を識別する為に作り出されたのが、烙印と呼ばれる赤銅色の小さなプレートである。

特殊なチップを埋め込んだそのプレートを、失能力者は常に身に着けて生活することが準則化されていた。


「……」


天祢は後者であった。

能力の発動自体は可能であったが、以前の状態に制御することが出来なかった。

制御下に置けなくなっていた。

幾度となく試行して――――天祢は”烙印”を受け入れた。

戦場に能力を失った能力者の存在する意義は無く、以後は一般人と同等の生活を余儀なくされるのが常であった。

能力者という存在の認知が世間にまだ乏しい今の世において、烙印が以降の余生における支障になることは少なかった。

それでも、能力者間においては個としての否定――――墓場と等しい意味を持つその小さな板は忌避の対象とされていた。


「……」


天祢は思う。

かつて持っていたものはその姿を留めておらず。

それにも関わらず、八重のもたらすこの感覚に昔と何ら変わりがないこと。

それが不思議と感じつつも、違和感や不和のような不快な感覚ではないことが不思議だと、天祢はぼんやりと考えていた。

ともすれば眠りについてしまいそうな長閑やかさ。

吐いた息を吸うことすら忘れてしまう。



――――……。



「――――もしもし?」


「っ」


八重の声にぴくりと体を強張らせて目を開く天祢。

見開いた目が、鼻先が触れるほど近くにいた八重の顔を捉える。


「寝ーてーたーのー?」


「そうかも」


ぐい、と鼻で鼻を押されてしまう。

正確には瞑想状態に近く、体感時間と思考の速度差に起因する感覚のズレが生じているに過ぎないのだが。

我に返ってみればうたた寝から目覚めたような感覚で、何を考えていたかもぼんやりとしていた。

夢を見ていたような心地。

あれ、何をしていたっけ。

ともあれ、天祢は自身の鼻と額を圧迫し続けている端正なお顔をそっと両手で押し返す。


「終わった?」


「終わった終わった。終わっちゃったわよ」



ぽすん。



天祢の鳩尾辺りに八重が手刀を埋める。

その横薙ぎの一撃の理由は不明だが、一応くふ、と空気を漏らす天祢。

ダメージは無い。

室内上部に備え付けの丸い壁時計を見る。


「……? 早かったな」


「そうね。だって異常無しだし」


「あ、はい」


「……」


「……」


さらりと告げられた結果に対して生返事。

異常は無いと判断されたところであるが、素直に胸を撫で下ろすには至らない。

天祢はおずおずと口を開く。


「……何か問題あるの?」


「? いえ、何も? 昔と変わらず何ともなさそうよ、あなた」


先の押し合いで付着した皮脂により表も裏も白く濁った眼鏡のレンズを磨くのに勤しんでいた八重が、天祢の問いにきょとんとした顔でそう答える。


「何か釈然としてなくない?」


小首を傾げつつ言うと、八重はああ、と抜けるような声を発した後、口をへの字に締めて何とも言えない表情を浮かべた。


「いやー、何でこんなに安定しているのかしらって。昔から、あれ、これ私必要かしら?と思うくらいに安定してはいたけれども。どうして今のあなたが、当時と同じようにこうなの? 全然説明が出来ないんだけれど」


かつての能力は制御不能という形で失われてしまった今現在、天祢に内在している安定状態の何か。

それが何であるのかを理解はしつつも、なぜそう在ることが出来るのかが説明不可能なのであるという。

腕を組み、思いに沈む八重をじっと目する天祢。

何なの。

そっちこそ訳が分からない診察をしてくるくせにと思う天祢だったが、それは言葉に乗せずに心に止めておくことにした。


「何にせよ」


気を取り直して居住まいを正して。

天祢は八重へと面を向けて真っ直ぐに尋ねた。


「約束。これで認めてもらえる?」


「……うん。 認める」


「……」


ぐっ、と控えめなガッツポーズの天祢。

最後の課題を、これでクリアしたのだ。

八重麒麟のお墨付きであれば、後は何をどうしようが誰に文句を言われる筋合いがないと天祢は考えていた。

今日この瞬間より、ようやく自分は向き合えるのだと。


「ありがとう。八重さん」


「……どういたしまして。 頑張ったわね」


くしゃくしゃと頭を掻き乱されてしまうが、天祢は甘んじて受けた。

まるで自分のことのように喜ばしい笑みを向ける八重を眺めながら。

窓から覗く青い空に――――天祢は、ある思いを馳せるのだった。





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