勇者が生まれた日
「起きたか。そこにある服に着替えろ。王が呼んでいる。勇者。」
淡々とした口調で話すローブを着た男
テレビなどでしか見たことがない豪華な部屋
そこら中に控えるメイド
現実でないことは確か
王ってなんだ
いや、そんなことより――――――――
――――――――勇者?
ローブを着た男は扉を開け部屋から出ていく
とりあえずベッドから降りる
……ベッドは少し硬いな
それにしても部屋の空気が重い
話を聞こうとメイドに話しかけてみるが謝りながら泣き崩れる
目が合えば全員目をそらす
「なんなんだよ、さっきから。つーか、着替えろって……これ、どうやって着るんだよ」
何枚も用意された華やかな織物
どれをどの順に着るのかわからない
とりあえず一番着やすそうな服を手に取り手を通す
扉を開け部屋から出るとローブの男が待っていた
「なんだその服は、女中は手伝わなかったのか」
「なぁ、なんなんだよここは。どこなんだよ、お前たちは誰なんだよ。」
延々と続く廊下、果てが見えない廊下を歩き出す
疑問は尽きない
俺は部屋にいたはずだ、誘拐?
そうだとしたら、あの部屋での出来事に説明がつかない
それに――――――――
「勇者ってなんなんだよ」
ローブの男は振り返り手に持った杖を雪斗に向ける
「少しは黙ったらどうだ、異世界人。貴様が何処の誰だなんてどうでもいい。貴様はこの世界に召喚された勇者、ただそれだけだ」
「はっ……」
考えがまとまらない内にすぐ横にあった扉が一人でに開く
光が漏れ出し中から歓声が漏れる
勇者様、勇者様と……
貴族のような風貌をした人々が次々と拍手をする、鎧を着た騎士風の人々が剣を床に打ち付ける
それは、まるで――――――――
――――――――御伽噺にでてくるワンシーン
「異世界から来た勇者よ、魔王を打倒し、この世界に平和をもたらすのだ」
赤い絨毯が続く先、階段の上に椅子がある
そこに鎮座する王冠をかぶった男の姿
あれはおそらく、王様だ
なるほど、これは夢だ
自分のほほを平手打ちする
一回、室内にその音が響き渡る
二回、三回……十一回、そのころにはあがる歓声はなかった
「痛いな、ああ、信じがたいことにこれは夢ではない」
腫れた頬がそう訴える
「気が済んだか勇者よ。」
「その勇者ってのやめてくれないですかね。俺にはちゃんと雪斗って名前があるんだよ。」
「おお、それはすまなかったな、雪斗殿。それでは本題に入ってもよろしいか?」
「いや、まだ待ってくれ十一回も無駄に自分の頬を叩いたのにははっきりとした理由がある。」
その中でもとりわけの疑問を投げつける
「俺のことを異世界人と言ったな、ということはここは俺から見ると異世界だということになる。ここは異世界で俺は何者かに召喚されたということになるのか。だとすると聞きたい。俺は、元の世界に帰れるのか?」
「ふむ……帰ってもらっては困るのだが、どうなのだ。賢者よ。」
「現状では不可能としか言えません。」
隣にいたローブの男が言った
「私も召喚の魔法は最近会得したばかりです。未だ不明な点も多い。私は、命令されたので召喚の儀式を行い、来たのがたまたまこの男だったというだけ。」
「はっ……いや、待てよ、人には、俺にも、家族がいて、両親がいて、いなくなったら、悲しむだろ、心配するだろ」
「貴様の親もいつかは忘れる、人間なんてそんなものだ」
「お前ら、それでも、人間なのか……人のことを」
「私からすれば別の世界から来た貴様の方が人間なのか怪しいものだ」
腹の奥底からどす黒い感情が沸き上がる
こいつは、こいつらは、自分たちの世界の勝手な都合を他人に押し付けようという
そのために別の世界から他人を呼び出し使い潰してもいいと、一切悪びれることさえなく、さも当然のように
言葉が出るより先に体が動く
階段の何十段も先にいる王のもとに一飛びで襲い掛かる
常人ではありえないほどの跳躍、そんなことは今は関係ない
どうにかしなければ、今、腹の奥底のこのどす黒い感情をどうにかしなければ、心が壊れてしまう
王の側近が剣を構え行く手を阻む、関係ない
今の俺なら何でもできる、左手で剣をはらい、右手でこのくそ野郎の顔面をぶん殴る
――――――――〈拘束せよ〉
体に光る何かが巻き付き地面に落ちた雪斗は階段を転げ落ちる
「さすがは勇者と言ったところか……尋常ではない身体能力、それとも異世界の人間は皆こうなのか?」
「おお、賢者よ。よくやった。しかし、なんと野蛮な。これが異世界人、勇者だというのか。」
「王よ。この者の相手、私に任せてはいただけませんでしょうか。勇者がどこまで戦えるのか見てみたい」
「構わぬ、好きにせよ」
会話の間に雪斗は光の縄を引きちぎる
「魔法を素手で破るか、やはり化け物だな。」
「今のが魔法か……そんなものもあるんだな。だったら余計気に食わねぇ、なぜその力を使ってお前たちが戦わねぇ!」
「魔王は私と同等、それ以上の魔法を使って見せた。私だけでは力が足りなかったそれだけだ。」
「やっぱりお前のことは好きになれない。お前が相手になってくれるんだったな……いいぜ、やってやる。」
「決まりだ。」
――――――――〈炎よ囲え〉
雪斗の周りを炎が囲む
(大丈夫だ、熱くねぇ)
そのまま賢者の方に突き進む
――――――――〈氷よ足を止めよ〉
足が凍りつき一瞬動きが止まる
(問題ない、体が重くなっただけだ)
無理やり足を前に進め、靴が破け裸足で進む
「多少の魔法では足止めにもならないか」
そう言うと賢者は魔法を攻撃重視に切り替える
無数の石礫を飛ばし、それが体に当たる
礫は雪斗の体に当たると砕け散った
効果がないとわかると今度は騎士たちが持っていた剣を飛ばしてくる
これにはさすがに体に傷がついた、だが軌道が見えないことはない、拳で砕き、傷つきながらも前に進む
「物理攻撃はあまり効果はないか」
雪斗は賢者の目の前に立ち拳を振り上げる
一発、いや、それだけでは足りない、立てなくなるまでやってやる
そうしたら次は椅子でふんぞり返っているあいつだ
振り上げた拳は賢者の左頬に当たり鈍い音を経てる
賢者の体は血しぶきをあげながら後ろに吹き飛ぶ
すかさず追撃の一撃、二撃
辺りから悲鳴があがる、血だまりができるころには賢者は少しも動かなくなっていた
「次はお前だ」
血まみれの拳を王座に向ける
「次は…誰だって?」
王はにやけ顔で雪斗を見下ろした
なぜそんなにも余裕の笑みを浮かべられる
賢者はもう――――――――
賢者が倒れていた方を見る
息をのんだ
そこにあったのは血だまりといるはずの賢者の姿ではなくいるはずのないメイドの姿
こいつは……あの部屋にいたメイド、か
なぜこの人が……賢者は
後ろに人の気配を感じ振り返る
――――――――〈眠れ〉
「勇者といえど、一個人が国に逆らい勝てると思ったか?貴様のその行為は蛮勇のそれだ。貴様は私に人間なのかと問うたな。見ろ、この女中の姿を。それをなしたのは人間である貴様だ。顔の形が変わるまで殴り、周りの悲鳴など意に返さず拳を振り続けた人間の貴様の所業だ。笑っていたぞ、貴様。」
薄れゆく意識の中、歓声と賢者の声だけがよく響いた
勇者を歓迎していた人々の歓声はその勇者を倒した賢者への歓声に変わっていた
人間なんてそんなもの、か……
いつの間にか腹の奥底のどす黒い感情は消えている
(俺はこいつの言っている通り、化け物になってしまったのか?)
倒れた女中を見る、顔は腫れあがり、口からは未だに血が流れだしている、身動き一つする気配がしない
確かに、これは……まっとうな人間がやることではない
「その者を牢に繋げ」
王の命令により雪斗は騎士に連れていかれ王城地下の牢に放り込まれる
あの日から何日経っただろうか……
日の当たらない地下牢に閉じ込められて数日、十数日が経っただろうか
その間に何度この悪夢が覚めたらと思っただろうか
目を覚ますたびに気が狂いそうになる
牢の岩の間に染み出した水が落ちる音だけが響き渡る
階段から誰かが下りてくる音が聞こえる
食事の時間か、見張りの交代か、それとも先日見物に来た王子と名乗る男か……どうでもいい、考えるだけ無駄だ
そっと目を閉じる
「起きろ、勇者」
この声は……忘れるはずもない
「何の用だ、賢者」
「貴様の扱いが決まった」
「あの人は無事か……」
「あの人?ああ、あの女中か。国のものが手当てをした。折れて何処かにいった歯以外は完全に回復している。」
「そう、か……」
「王命だ。貴様が魔王と戦うことに変わりはない、国も軍や金銭的な支援以外は相応の援助は
する。それと今後、貴様が逆らうということをできないようにするために服従の魔法をかける。」
「つまり、国の費用を使った援助はしないが単身で魔王に挑め、逆らうな。そういうことだろ。」
「王は貴様の力を恐れている。貴様の力が国外の何者かにわたることもまた恐れている。だから貴様を簡単に手放すことができない。」
「……俺がやらなかったら、どうなる」
「この世界の大半が魔王の手によって殺され死霊が溢れる死の世界の誕生だ。だが、あの王様のことだ。貴様が使えないと知ると別の誰かが代わりをやらされるだけだ。貴様を殺してな。」
別の誰か……か
その誰かはわかっていることだ
この世界の人間はもう一度召喚の儀式とやらを行い、俺と同じような無関係の人間を連れてくる
次が無理だったらその次に、それが無理だったらまた次を……
こいつらはたまたま俺が来たと言った、つまりはどんな人間が来るかはわからなかったということ
次に来るのは俺と同じ健康な人間か?
老人かもしれない、子供かもしれない、何も知らない赤ん坊かもしれない
「ふざけるな、そんなこと認められるわけがない。」
俺は人間だ。
ただの平凡な人間かもしれないが、だからこそわかっていることがある。
人を傷つけてはいけないことを知っている情を、ぬくもりをを知っている。
普通の人間だ。
だから――――――――
「――――俺で終わらせる。この世界のためではない、自分の人間だという証明のために、俺で終わらせる」
「私にさえ負けているというのにか?」
「やってやる、そのためには力がいる、まずはお前に勝てるぐらい、だから、気に入らないが俺に力の使い方を教えろ、賢者」
「貴様のことは王より任されている。貴様の生死も、それでも私に教えを乞うと?」
「それでもだ。」
魔王を倒すまで、どんな屈辱的なことでも、悔しいことでも、憎いことでも、この身一つで受けてやる
他の誰かにこんな思いをさせるわけにはいかない
こんな思いをするのは――――――――
「勇者の俺一人で十分だ。勇気ある者、それで勇者だ。」