黒5
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コロナリナ=アネモネは心踊っていた。
王家への招待状が届いたのだ。それも、内密にとのこと!
その頃、貴族の間では、アルフォート王子の婚約者のことで盛り上がっていた。どうやら、決定しているようだが、どの方であるかというのはまだ誰も知らないようであった。
コロナリナは、茶会を思い出す。
(一瞬たりとも視線は合わず、ご挨拶すらそよ風のように流されてしまったけれど、アルフォート様は、わたくしのことを見てくださっていたのね……。)
その時、夜闇のような黒髪で黒目の女を思い出す。名前忘れちゃったあの方も、随分と親しいようだったけれど、ちょっと嫌がらせしたくらいで身を引いてしまうくらいの方だったのね。
そして、コロナリナの目がギラリと光る、これで王妃の座は私のものだ! と。いつも行動を共にし、時に、マナーに反するご令嬢へ制裁を加える仲間達を思い出す。他の皆様には申し訳ないけれど、と全然申し訳なさそうな顔で、満面の笑みで、結婚式のことを考え始めた。
招待状、と思い込んでいる呼び出しの手紙には王子の名前も、王妃に内定という字も一切書かれていないことにコロナリナは気付いていなかった。また、他の皆様も同様に呼び出しが来ているということも。これから己の身に起こる事も。
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コロナリナは、王宮の個室へ案内される。
その部屋は、簡素な印象を受ける。お茶なども特に出されない。多少の疑問を抱いたが、大きな夢の前ではささいな事に思えた。
しばし、というよりも相当長く待たされる。ときめきと緊張のドキドキがイライラに変わり、いくら相手が王族とはいえ一言文句を言わねば気がすまぬと思い始める頃、扉が開く。現れたのは、麗しの王子ではなく、貴族には珍しい黒髪、黒い目の女、であった。コロナリナには、見覚えがあった、ような気がする。
思わずじっと見つめていると
「ご機嫌よう、コロナリナ=アネモネ様、シャルロッテ=マーリンでございます。」と優雅に言う。「先日は大変お世話になりまして」
先日…コロナリナは、はっ、と思い出す。
(茶会の時に、王子のそばで親しげにしていたあの女!)
あの女こと、シャルロッテは妖艶に微笑む。つもりなのだが、傍から見ると、能面のような笑みを、扇子で口元を優雅に隠す。「是非にお礼をさせていただきたいと思っておりましたのよ」と囁くように言う。
コロナリナのイライラは綺麗に消え去っていた。
悪魔が契約の精算をしにきた時のような顔をしていた。
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数日後、アルフォートは私室で書類を眺めていた。
要約すると、茶会の日にシャルロッテを呼び出し、池に落とした罪を認め、深く反省し、今後、二度とシャルロッテと、その他、国家、王家に連なる人々に危害を加えたり、それを企むことをしない、という誓約書と、その署名までに至る簡単な報告書だった。茶会の日に、現場にいた全員の分だった。
署名の名前を見ると、どれもこの国の有力な貴族の子女であった。
「処罰を与えれば済むものを。」
面倒なことを、というかのように全て読み終わった書類を机に放り出しながらアルフォートは言う。
無罪放免のつもりはなかったが、「是非に」とシャルロッテが言うので、彼女らの処遇を任せてみた。
そう、シャルロッテが真っ先に取り掛かったのは、彼女らに対するお礼返しだった。時間をかけて、池に落としてくださったご令嬢たちに関して念入りに調査した。復讐のため、という風に、個人面談を受けた者たちは思ったようだったが、実のところは、王妃にふさわしい人物になりうるかというところに重点を置いていた。お話も、行動の意図と、交渉の場においての振る舞いを見ていただけのつもりだった。
のだが、アルフォートが聞く所によると、どうやら、兵士がスカウトしたくなるほどの尋問ぶりだったようだ。
脅し、時には、損害賠償金を持ち出して脅し、あるいは、親へ知るところとなるぞと脅し、最後にはこのような軽率な真似はするなと諭したという。
こんな詐欺のような手口に容易に引っかかってしまうなんて……とシャルロッテは心の底から、令嬢たちを心配していた。
アルフォートからすると、このような者たちに、諭したりしたところで、時間の無駄だと思っていた。その場では、言葉を尽くして反省の意を述べたところで、乗り切ってしまえば、容易に忘れてしまうだろうと。
アルフォートがそう言うと、
「殿下、」
「アルと呼べ。」
シャルロッテは苦笑して言い直す。
「アル様、おっしゃるとおり、ただ一度の面談で全員を更生させることは難しいと言えましょう。」
しかし、とシャルロッテは微笑む「要は使いようでございます。」と。
「切り札にせよ、と」
「この程度で切り札となりえますかどうか。されど、全てはアル次第でございましょう。」
と不敵に微笑む。
アルフォートは、シャルロッテの目に光が強く輝くのを見ながら
「シャルはそれでいいのか。」
結局のところ、加害者たちは、今回は何の罰も与えずに終わっている。
「ドレス1着で、殿下のお役に立つならむしろ僥倖と言えましょう。」
とシャルロッテは答える。
新たなドレスを、と求めたならば、贅を凝らした物でも仕立てただろうに、シャルの求めたことと言えば、処遇をすることとそれに関する細々とした手続き等だけであった。
処遇に関しても、怒りや恨みに任せて、どのような拷問をして、その結果死へ至ったとしても、こちらで、どうにでも処理するつもりであったのに、シャルがしたことは、むしろ、聖職者のように罪を許し、教育者のように正しき方へ導くようなものだったとアルフォートには思えた。
実のところ、シャルロッテはこれで終わりにはならないだろうと思っていた。
今回のシャルロッテに対して、相手が全く好意的に受け取っていないことも感じていたし、そもそも、あのような異常な言動をしてしまうのには、それを許す土壌があったからこそのものだと考えていた。
貴族の子女子息がどのように関わりあっているのか見極めなければ、真の王妃にふさわしい人物は見つからないのだと、アルフォートに告げる。
「お前に護衛をつけようと思っている。」
名はルフィール。アルフォートの従弟にあたる人物であった。武に秀でているという噂を聞くが、
「どのような御方ですか。」
シャルロッテの問いに、アルフォートは、
「腕は立つ。それから目立つ。」
護衛が目立って良いのだろうかと、シャルロッテが考えていると、「いるとわかれば、容易には手を出すまい。」と笑う。その様子から、よほど信用しているのだろうなとシャルロッテは感じた。
「アルも人を信用なさるのですね…。」
無情冷酷王子と呼ばれ、子どもが転んでも、一瞥し、立てと冷たい言葉を投げつけるであろうと噂される、このアルフォート殿下が! と少し感動していると、
「あいつは、信用とは別だ。」と少し笑いながらいい、「ただ、お前は信用しているぞ、シャルロッテ。」と低い声で言う。不意打ちの、裏切るでないぞ、という言外のプレッシャーに、シャルロッテは「御意」とのみ答えた。
長くなりそうな予感がしてる…。
登場人物も想定よりも増えてきています…!?
脱字修正)ご令嬢"へ"制裁(2019/2/28)