黒33
最終話です。
その後に、婚姻を整える書類が出てきて、全て署名され管理する者へ預ける。
まったく準備のよろしいことでとシャルロッテが思っていると、ノワーゼが現れた。
「やっとお目にかかることができました。」と一礼し名乗る「ノワーゼ=ブルーボーンにございます。此度の、殿下との婚姻を心からお慶び申し上げます」と。
なるほど、この方ならば手回しの良さは納得がいくと思いながら、挨拶の言葉を述べ、
噂はかねがねと言うと、ノワーゼも、救国の英雄にお目見え叶って嬉しい限りですよと笑う。
あれは… 皆様が過大に語りすぎだというと、ノワーゼが「何をおっしゃいますのやら」と首をすくめ「少なくとも我が国一番の問題、アルフォート殿下の婚約者問題と、殿下の周りの環境問題を見事解決してくださった」
なにやらあずかり知らぬところで、多大なるご迷惑をかけていたようで、シャルロッテが苦笑する。「今後も、春のような快適な労働環境であることを心から望んでおります。」と真顔で言う。シャルロッテは
「それは、ノワーゼ様次第でございませんこと」
としれっと返事する。ノワーゼが一瞬驚いて、
「はいはい、今後も、身を粉にして尽くしてまいりますとも、殿下とシャルロッテ様のために」と苦笑する。「それから、弟も大変お世話になっておりまして」と笑う。たまにからかったりしていたことについてのようだった。それについてはこちらも言いたいことがあった。
「そういえば、ルフィール様は何かわたくしについて大きな勘違いをなさっておいでのようですが」
と微笑んで問う。貴方の仕業ではなくってと。
するとノワーゼが首をすくめて、
「殿下の姫を薔薇と見誤るような、そんな愚か者はうちの弟くらいですよ」
としれっと言った。
「迂闊に、近づいてトゲが刺さっては危ないからと?」
と言うと、ノワーゼが苦笑して
「殿下が大事にお育てになった花にうちの駄犬が噛み付かぬよう考えた苦肉の策にございますよ」
と。明らかに後方に視線を飛ばしてから、「やはり、もう少し早くお会いしとうございました」と笑うと、
アルフォートが後ろから、
「ノワーゼ、早く帰れ」とわざと強めな口調で言う。
ノワーゼが
「はいはい、冗談ですよ」と笑ってから真顔で、「射止めたのか、鎖を巻いたのか、後者であって欲しいと愚考いたします」と言って去る。
「素直にめでたいと言えない奴だ」とアルフォートは笑う。
ご機嫌なのは大変よろしいことだが、シャルロッテには聞きたいことがたくさんあった。
が、まずは
「おかえりなさいませ、アルフォート様。殿下のお帰りを心から待ち望んでおりました」と無事に帰ってきたことを喜ぶと、
「その言葉はこちらではないか」と首をかしげる。
「もう二度と会えないかと思っておりました。」
と言うと、
「俺は絶対にそうならぬと思っていた。」
アルフォートが言う。「お前がいるのなら、天の門でも地の果てまでも追う覚悟だ。」
その言葉に「それは」と呟きながらシャルロッテは思う。脅しや冗談ではなく本当に有り得そうだから恐ろしい。全くありがたいことだと。「それはよかった」と笑う。ちょうど、この国の、この城での日々が忘れず、ここにいたいと思っていたところでしたので、と微笑む。
城に戻るとたくさんの使用人に待ち望んでいたと喜ばれ、祝福されて、既に部屋まで用意されていた。
ノワーゼの言った環境がどうとやらというのが垣間見えたような気がした。
シャルロッテの無言の訴えにアルフォートが
「歓迎されているのだからよかろう」と笑う。
部屋に入り、不備などがあったら申し付けるように言われ、人払いを済ませてから、ここならば問題なかろうと思い、思う存分聞くことにした。
「コロナリナの件はどういうことですか。」
と。すると、アルフォートは予想していたようで、こともなげに「ああ」といい「取引した結果だ。」といった。
コロナリナが今更シャルロッテに脅されたなどと言ってくるわけがない。他の者ならどうかは知らないが、コロナリナはあの後、自分の才を活かして、手芸のある技術の発展に貢献し、見初められて、領地へ嫁いでいったと聞く。つまるところ、あれは茶番であったのだと。気付いてはいたがあの場で指摘するわけにもいかず。
「取引とは。」
シャルロッテの問いに、笑って「王家の御用達としてくれればよいと」
呆れてため息が出る。貸しを作るなど、後が怖いと思っていた。すると、アルフォートが
「まあ案ずるな。どちらかといえば、こちらが貸したツケを返してもらった形だ。」とにやりと笑う。「お前の誓わせたとおり、王家の悪いようにはしなかろう」と。
脅す形であったか、と。まあどちらにしても、後ほど御礼を返さねばと思っていた、もちろん正しい意味の方である。
「まだあるか。」というアルフォートの問いにシャルロッテは頷く。
「マーガレット様の侍女の件です。」
アルフォートは顔をしかめる。シャルロッテは、考えながら「旧家の繋がりの方なのだとすると」
「カルミアのことか。」
と先回りしていう。シャルロッテは頷く。アルフォートは少し迷いながら、
「カルミアは、自分の罪ではないが、ラティフォリアの罪ならば、己に責があろうと言っていた。」
あの事件は、カルミアのためになると考えたものが共謀したもののようであった。当時、どうしてもカルミアをと思い、シャルロッテを疎ましく思っていたものが、ラティフォリアの家にいて、危害を加えようと企んでいたようであった。
ただ、カルミアも、そのような周りの企みに薄々気づいていたのだろうとアルフォートは語る。それとは別に、令嬢たちはシャルロッテに危害を加えることを企んでいたようだった。
それらの思惑を勘付いておりながら、止めずに、むしろ場を整えたことは、同じことであろうとアルフォートは言う。
「まあ、実際にカルミアから話を聞きたいのであれば、改めて時間を作ろう。」
ため息をつきながら言う。
「もう良いか。」とアルフォートが呟く。
異例のことではあったが、書類のみを整えて婚姻が成立することとなった。
正式に披露する場は後日と。
それ以外認めぬとアルフォートが頑なに主張したためであった。異を申すのであれば、どのようなものでも、そのままの生活が送れぬと思えというほどの剣幕であり、もはや反論しようとするものもいなかった。
エリーゼ様ですら、もう好きなようになさいと諦めたように言っていた。そして、閉じた扇をアルフォートにつきつけ「ただし、シャルを傷つけるようなことは許さなくってよ」と念を押すように言う。
そうすると、これが所謂、初夜の晩ということになるのだろうか、それとも式を挙げて披露を済ませてからとなるのだろうかとシャルロッテは考えながら、アルフォートに向き直り、儀礼的に深く礼をとり、
「此度は、幻想を頂戴仕りまして至極光栄にございます」とチクリという。
「まだ覚えていたとは…」とアルフォートは苦笑する。「あの時は、すまなかった。」と珍しく正直に謝る。本当に悔いている様子に少し微笑み、
「ルフィール様に愛を教えていただかなければどうなっておりましたことやら」と笑っていってやると、
「まだいうか。」としょげる。
シャルはアルフォートの気持ちはわかっているつもりだと告げる。
シャルはアルに「自分に対して異性のような愛を持っていないだろう。」と。
「シャルはそんなことを気にしていたのか。」とアルフォートは笑い、顔を近づける。
驚くように見つめるシャルロッテに「愛などなくても口づけくらいできよう」とアルフォートは笑っていう。
「ならば、王宮の銅像にでもなさればよかろう」
とシャルロッテは顔を背けてから、少し考えて、「エリーゼ様の唇は大変やわらかそうで」
と言いかける唇を塞ぎ、母上には妬きたくないと囁く。
幾度か確かめるように口づけを繰り返しながら、アルフォートは
「俺はシャルを人間として欲している。」と呟く。
「お前が男であれば、男として、全身全霊をもって俺に仕えよと命じただろう。それはそれで、良き関係が築けたことだろう。だが今は、シャルが女で良かったと思っている。」「知識も身も心も体もシャルの全てを俺に捧げろ。」と低く甘く囁く。
シャルは微笑んで
「お言葉ですが、昔から自分のすべてはアルのものです。アルのために命を捧げましょう。」
と答えてみせる。死地にでも向かっていきそうなシャルロッテの頬を撫で、
「俺のために死ぬな、俺のために生きよ。」
と命じるように囁く。
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後日、マーガレットの侍女であったものと面会できることとなった。どうせ、碌でもない話を聞くことになるのだろうが、と思いながら、重い腰を上げて、アルフォートはシャルロッテを呼び、牢へと向かう。
あの時と変わらず、「貴女がいなければ!」と繰り返した。
元々は、貴族の娘であったらしい。だが、家が潰れ、ロベリア家で働くこととなったが、ロベリア家もなくなる。「貴女のせいで、職も家も失った。」と。
側で聞いていたアルフォートが「勝手な言い種だな」と呟く。「元々事を起こしたのはロベリアの方であったはずだが」と
「でもこの方がいなければ、私は家や職を失うことはなかった!」と。
苦労を語る。
「だけど、その後得た職を失ったのはご自分の浅はかな行動ではなくて?」
とシャルロッテがいうと、女は黙り込む。そして口を開く。
「マーガレット様だけはわかってくださった。」
と
皆初めのうちは、面白がってシャルロッテの悪口をきいたり、意見に賛同してくれたりしていたのに、段々と逆にたしなめられたり、会ってくれなくなったりしていった。と。だけれど、マーガレットは、笑顔で黙って聞いてくれた、自分のことをわかってくれたのだと訴える。
夜会の時の不自然な様子はこの者によるものかと少し納得し、この者は扇動する才があるのだなと思った。
その後のアルフォートの新しい婚約者の噂といい、面白い才の持ち主であると。
アルフォートが
「だが、その後、マーガレットも特にお前を庇い立てもしなかったがな。」と冷たい口調で言い放つ。驚くように女は見上げる。
「そんな! だって、わたくしの話をいつもにこやかに聞いてくださって…」
と言い連ねるのを聞きながら、あの人形のような笑みを思い出していた。
「まあ、どの道、死罪となろう。王の御前で、不届きな行動を取ったのだから。」
とアルフォートが言う。
シャルロッテが
「余程優秀でいらしたのね。」と絶望に俯く女に声をかける。
「えっ」と顔を上げる女へ
「エリヌス様からも、マーガレット様からも、側におきたいと思うほど、信頼されていらっしゃったなんて」
そう言ってから、アルフォートの方へ向き直り、
「殿下」
と、シャルロッテが言った途端、苦々しい表情を浮かべる。内容を察したのだろう。
「ならぬ。」
と、聞かずに一言で切ってすてる。
シャルロッテは少し考えて、エリーゼ様のように、
「ねえ、アル。」とねだるように言ってみると、アルフォートはうっと黙る。
「そのような手管を…」と呟く。
「この方の才が惜しいと思います。」と笑顔で言う。「王家並びに、わたくしに忠誠を示すのであれば、と」言うが、恩情のような生易しいものではないように思えた。むしろ、幾度も命を狙われた恨みに手駒として使ってやろうという…
「何に使う気だ。」と。
「使いようでございましょう。」と微笑む。その笑顔は天使のようにも見えるが…。アルフォートは大きくため息をつき
「我が妻はお優しいことだな…。」と言って、ノワーゼを呼ぶよう近くのものに告げる。ノワーゼのなんという面倒なことを… という嫌そうな表情を想像する。だが、何とかなるだろう。
頭を振る。
「二度はない」と告げる。
牢を出る。空は高く、澄み切った青空が広がっていた。
「シャルロッテ様……」
と震える女の声を思い出しながらシャルロッテはふと思う。
気が付けば、己は決して金には成り得ぬただの石であったのに、気がついたら成り代わっていたと。
そう呟くと、アルフォートは「何を言うか」と笑う。「俺にとっては、ずっとシャルは貴石であった。」と。
試金石も望めばまた貴石に違いあるまいと。
皆様、最後まで読んでいただきまして本当にありがとうございました。
事件の解決ができなかった感があるので、ちょっと補足しようと思います。
カルミアによるシャルロッテ殺害未遂事件にも、このマーガレットの侍女、ランが関わっていました。要は、他みんなお揃いの中、1つだけ違うシャルロッテのカップにだけ毒を仕込むだけなので、茶会の場にいなくても、また、「カルミア様をとお考えなら」みたいな形で他人に唆すこともできたのでした。
よって、カルミア自身は何もしてない。のだけど、監督責任みたいな形で罰を受けたのでした。
ただ、一旦片付いたものを蒸し返すのが難しくなってしまって……。
マーガレットについてももう少し書くと、たとえば、コロナリナみたいなのもダメだけど、だからといって、何もしない人も違う、という何もしない人枠なのでした。なので、マーガレット自身は悪いことは何もしてないし、逆に良い行いも何もしてない。人形のような、美しい少女なのです。
ちなみに、試金石の石の1つには、那智黒という黒い碁石にも使われる石もあるそうなのです。クイーンになったり、金に成ったり、忙しいシャルロッテさんでした。
あと、慣用句って素敵だね☆
以上、最後の最後まで読んでいただきまして本当にありがとうございました。




