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黒32

 小柄な女が叫ぶ。

「本当の王子のお相手は、エリヌス=ロベリア様 ただお一人よ!」


と。アルフォートがふんと笑いながら、


「エリヌスか、えらく懐かしい名だな。」と呟くように言って、連れていけ、と短く命じた。


「私は全てを失った! 貴女のせいで!」とシャルロッテに向かって叫びながら連行されていった。


 侍女に裏切られたマーガレットの様子を見ると、いつも通りの人形のような微笑みで座っていた。予想通りであったかのようにも見え、一方で、何が起こったのかわかっていないようにも見え、こちらの意によって如何ようにも読み取れる人形のようであった。


 宰相はなんということだなんということだという言葉を繰り返していた。


 はっと気がつき、

「当家の一切預かり知らぬこと」と弁護すると主張を始める。

 あのような者雇わねばよかった、そもそもは、ロベリア家がわるいのである、と言い始めた。

 ロベリア家がなくなって以降、そこにつかえていたものが大量に失業した。そうすると旧家の繋がりで、仕方なく当家が雇入れることとなったが……


 シャルロッテはくどくどしゃべるのを聞きながら、つまり、まともに素性などを調べずに雇い入れただけではないかと思っていた。


「とにかく、これで婚姻を妨げる要素はなくなったのではないか。」


と告げる。宰相は黙る。


 シャルロッテが迷いながら、口を開きかけたとき、


「なあシャル、婚姻に一番必要なものは、愛だと思わないか。」

と笑う。「容姿、素質、そういうものは他人がはかることができるかもしれない。認める認めぬと意見はあろう。だが、俺が婚姻の相手として認めるのはお前だけだ。」


アルフォートがコツコツと歩いて近づく。

そして、シャルロッテに跪き、手を差し出し、


「俺のすべての愛はシャルお前だけに捧げよう。」


「だが」とか「しかし」と言い始める旧家のほうに向かって、きっと睨みつけ、アルフォートが言う


「この女に何が足りないのか、言ってみろ。どれほどの地位が必要なのか、それとも容姿か、国か、権力か、足りぬというなら、どんな手を使ってでも、俺が全てこれに与えてやる。シャル言え! お前は何を欲する。誰の血が欲しいか、どの首が欲しいか」


と一喝する。

一同再び沈黙する。


シャルロッテは内心苦笑し、腹を決めて、おわかりでしょうというように微笑んでみせる。


「わたくしが欲しいものは、ただ1つ、()()()()()()()()()()()でございます。」

アルフォートはふっと笑って、

「よかったな、お前ら、我が婚約者が無欲なことで。」

と不敵に笑う。


が、一連の動きを黙って見ていた「もう」とエリーゼがため息をついて


「シャル、メリーがかつて言っていたわ。親の希望を全て叶えて、文句も、わがままも言わない、あなたは欲しいものをなかなか言えない子にしてしまったと。そんなあなたが欲しいというのは、この子なのね。」そして微笑む。「こんな淑女に対する礼儀も知らない、強引な子だけど、あなたは本当に良いのね。」


「わたくしは」エリーゼの方へ向き直り淑女の礼をし「わたくしの心はとうにこの方の物にございます」

と言うと、



「この子に言えないようなことが何かあったら必ず言うのよ。絶対言うのよ。」


「そのようなことは」


「アル黙りなさい。」


「いや、そのような想いは絶対にさせないと、誓う。」


「もう…。しょうがない子ね…。」と笑ってから真顔になり「わたくしは、この2人を、アルフォートとシャルロッテの婚姻をとっくに認めておりますわ。」と宣言する。


国王陛下に視線が集まる。そういえば、御前でよくもまあこんな事をと少しヒヤヒヤしていたが、


「シャルロッテ、君は、かつて、マーリン家の後継であったものか。」


と静かに問う。予想してなかった問いに、シャルロッテは思わず


「はっ、陛下のご記憶に留まっておりましたことを光栄に思います。大変お久しゅうございます。」

と昔のような臣下の礼を取っていた。

すると、議員達が一同ざわめく、まさか、このお方は、あの天使とも悪魔とも呼ばれたあの方かと。

このお方を敵に回してはならぬと。それから、これまでそのような振る舞いをしなかっただろうかとオロオロと振り返っていた。

一同が収まる頃に、王は再び口を開く。

「かつては世話になった。また、お主の力を借りることも多かろう。覚悟せよ。」

と笑う。

少しして、

「王が、お認めになった……」と呟く声が聞こえ、わあともおおともつかぬ歓声が上がる。


その一同の様子を眺めながら、

「だが、アルフォートよ。せめて、婚姻はコージーとメリーの許しを得てからにせよ。」

と呟くように言う。アルフォートは心得ているというように応える。


王が出した許可を覆すわけがないとシャルロットは内心思っていた。


手回しのよいことで、マーリン家の当主であるコージーとメリーが呼び出される。

アルフォートはつかつかとコージーに近寄り耳元で何かをつぶやく。


コージーは頭を振り、

「シャルロッテ、お前は、我々を恨んでいるのではないか。」と静かに問う。「この度のことといい、昔のことといい、お前の気持ちを考えず随分と振り回してしまった。」と。


シャルロッテは少し考えてから微笑み、

「わたくしは感謝しておりますわ。」と言う。マーリン家で生まれ、後継として学んだことは、本来女性の身であれば願っても成し得なかったこと。他の方々では得られぬものを得ることができた。そして、シャルロッテは言う。「恐らくこの先、そのような時代がきっと参りましょう。お父様はそのような先見の明があったのでございましょうね。また何より最高のご縁を賜ることができたわたくしはむしろ感謝しております。」


というとコージーはふっとわらって


「今まで、すまなかったな、シャルロッテ。お前が女に生まれて本当に惜しい。」「アルフォート殿下 このような娘ではありますが、よろしくおねがいいたします。」


と頭を下げる。メリーは微笑んで

「シャル、幸せになるのよ」と目尻の嬉し涙を拭った。

全身に暖かく柔らかな想いを感じながら、かつて、感じたような複雑な想いが消え去っていることにシャルロッテは気がついた。



今日も読んでいただきましてありがとうございます。


エリヌス=ロベリアは、アルフォートの政略的婚約者だった人でしたが散ってしまった人です。その後、ロベリア家は、婚約発表する頃、シャルロッテをがばれ、アルフォートに処分されて、噂が広まって没落した家。さらっと伏線にしたつもりが読み返す時困るくらい埋もれてしまった。


捕らえたのはルフィールさんです。


王と王妃が黙っていたのは、アルフォートを試していた意味が強い感じ。裁判とかよりもパフォーマンス性が強かったのもそのためです。自分の力量の足らなさではなく演出です! と言い張る。

 王が、シャルの話を持ち出したのは、それを言えばもう少しスムーズに事が運んだであろうに、というアルフォートに対する示唆。


あともう1つ、コージー=マーリンについて、本文に書ききれなかったフォローを入れます。

手のひらを返してひどい風なのだけど、実は、彼は彼なりにシャルを守る行動を取っていたのでした。議会の件は、あの場では下手に逆らうよりさっくり認めたほうが良いと判断したのでした。また、幽閉というよりも、他の家から命を狙われる現状からの保護に近い形だったのでした。まあそれを差し引いてもひどいことには違いないです。ただ、後継者の話は少し本当。



それにしてもひどいプロポーズ(*´д`*)

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