黒30
結論から言うと、早く帰る、というアルフォートの願いは叶うことがなかった。
アルフォート殿下を呼ぶ目的はどうやら、ただの式典のようなものではないようだった。これを好機と、美姫を呼び、様々な持て成しをする。どうやら、宰相が謀って長く滞在するように仕向けているらしい。ノワーゼはその澄まし顔の下にある苛立ちを想像し、皆と別れた後の己の災難を想像し、苦笑する。
隣国でじりじりとする日々を過ごしていた、そんな頃、
「にーちゃーーん」
アルフォートの一行に向かって弟の声がする。
ノワーゼが、ルフィール!? なぜ!? ここに!? という問うべきことが次々と頭に浮かぶが、それより早く、隣にいたアルフォートが
「シャルロッテはどうした」
と鋭く問う。
「それなんだよー、たいへんなんだよー」
と事情を話し始める。あちらへこちらへと飛ぶ弟の説明を要約するならば、シャルロッテから護衛の任務を解かれ、手紙を届けるよう言われたらしい。
ルフィールはそれを取り出してアルフォートへ渡す。
それは、よく見ていた恋文だった。といってもその内容はちらりと見ると、几帳面そうな字でぎっしりと箇条書きのように書かれていて、仕事で見慣れた報告書のようにもみえた。もしかすると、あまり愛らしい物ではないようで、日報などに近い代物なのではないかとルフィールは推測していた。というか、何を書かせているんですか、アルは。
アルフォートは、それを読み終え、ふっと笑う。
「シャルは何か言っていたか」という問いに対しルフィールは、ええと何だっけと言いながらメモを取り出して読む。「花は散り枯れ曲がれど、石は曲がらぬ」と。
なんだ、その世を辞する時に読みそうな詩は、とノワーゼは思う。
聞いたあと少し考えてから、アルフォートは大きな声を立てて笑う。
そのそぐわぬ反応に、兄弟そろって思わず見つめてしまう。気が触れたのか、と。
哄笑するアルフォートの、その姿は、まるで、捕らわれていた獣が開放されたのを喜ぶようで… まさか。ノワーゼは背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
「帰るぞ」
と短くアルフォートが告げる。
はっ、と我に返り、「帰るとは」と問い返すと、
「お前には帰る場所がほかにあるのか」と聞き返される。
そのような意味ではなく、隣国との関係 議会との問題など、諸処の問題がぐるぐると頭に回る。
それについて問うと、アルフォートが短く答える。「知るか。」と。「どうとでもなるがいい」と。
ああ、恐れていた事態になってしまったようだ、とノワーゼは思った。愚か者が、獣を繋ぐ鎖を解き放ったのだと。恐れていたと言いながらも、心のどこかでこうなることを待ち望んていたように思えていた。
そして、「俺には俺にしかできぬことをする」と言って、我が国の方へ向かいはじめる。
ノワーゼとルフィールは慌ててあとに続く。
その後、相当な騒ぎになったとノワーゼは聞く。
それから、あれだけ悩ませた問題は、アルフォート達が去った途端、あっさりと片がついたようであり、何とも言えない気持ちになった。
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帰国後、旧家の面々が現れる。
そして、シャルロッテの罪などを訴え、口々に
「あのような方との婚約は破棄すべきです」と言う。
「ただし、ご安心を、代わりとなる者を用意しました」と自信満々に言う。
ノワーゼがぎょっと思い、アルフォートの方を見ると、
「代わりとな。」と呟き、「面白いことを言う」と低い声で言う。関与していないノワーゼですら萎縮するような声であった。
それから、笑みを浮かべ、「よかろう。お前らの言うことを1つくらいは聞いてやろうではないか」と言った。
「シャルロッテを呼べ」と短く告げる。
「正気ですか、アル」
ノワーゼは思わず立場を忘れ愛称で従弟に問いかけていた。
「何がだ。」
「あのような妄言を間に受けるなど。」
アルフォートは遠い目をして
「俺はもう疲れた。」と呟くように言った。「なあ、ノワーゼ、俺は頑張ったと思わないか。国のため、国のためと。」
ため息をつくように言う。「そのように言いながら、この3年間あやつ等の言いなりになってきた。」
「だが、それで何が変わった。」
「俺の望みは叶わず、ただ一つの欲しいものすら手には入らず」と。
遠い目をして言う。ノワーゼには何も言うことができなかった。
「立場を放棄するというのはきっとシャルに怒られるであろうな」
と冗談にしては真面目な顔で言う。
「きっとそれをお望みにはなりますまい」
と苦しい気持ちを抑えてノワーゼがなんとか言うと、アルフォートが即座に「冗談だ」と笑う。
「考えてみれば、お前らには世話になった。」と。
まるで別れを告げるかのような口調でそのような言葉を言う。
ノワーゼが「そのようなこと申されるな」というと
アルフォートが微笑み、
「このような下らぬ真似に巻き込んだことを心から詫びよう」と。それから珍しく殊勝な様子で「感謝する」と短く礼を言う。
「やめてくださいアル。」と思わず制止してしまう。
すると、ニヤリと笑って、
「まあこれからが一番の茶番だ」と言い、数々の命令をする。一瞬でも心配しかけたことを後悔したがノワーゼはどこか安堵していた。
「お前らには最後まで付き合ってもらう」
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扉が開き、議会がはじまる。
この場には珍しく王と王妃も揃っていた。アルフォートは面々を見回す。
当然のような顔で、隣にマーガレット嬢が座す。その後ろに侍女が控える。
父親にでも命じられたのだろう。微笑みの表情すら変えず平然としていた。
しばらくして、連行されるような形でシャルロッテが現れた。
久しぶりに見たシャルロッテは少し痩せたように思えた。
アルフォートは席を立つと、マーガレットも並び立つ。
「シャルロッテ嬢、婚約関係を終了させよう」
その言葉に、一同はざわめく。宰相や旧家と自称する者たちは、明らかに喜ぶような様子を見せていた。
シャルロッテの表情は予想していたかのように変わらず、ただ、受け入れるかのように是の言葉を紡ぐように口の形を作るが、それを制して、
「そして」言葉を切ってアルフォートは笑う。
今日も読んでいただきましてありがとうございます。
また寸止めでごめんなさい。
やっぱりここは一旦切りたいじゃない!?
さて、「花は散り枯れ曲がれど、石は曲がらぬ」の解説をします。
できればアルに伝えるためだけの、暗号みたいなものと考えてもらいたいです。
”花”は、白い百合の花の人を思い出していただきまして、”散り枯れ”は死を意味します。※散りを深読みしていただいても一向に構いません! この辺から、例え死んじゃってもー と読んでください。
”曲がれど”をすっとばして、”石は曲がらぬ”は、己を石にたとえ、あと、意思とかかって、後悔しない みたいな意味を読んで欲しいと思います。
そんなわけで、暗号は、「これで例え死んじゃっても後悔してない」みたいな意味を読んで欲しいと思います。
"曲がれど"は、マガレド→マーガレットというただのダジャレなので読み飛ばしていただいて。
まとめると、マーガレットのせいで死んじゃっても自分は後悔しない みたいな意味です。
さて、ここで、もう1つ思い出していただきたいのが殿下の「勝手に散るな」という発言です。
それを加えると、「貴方のいないところで、勝手に死んじゃっても別に自分は後悔しないですけどー」というような含みのある内容になるのではないでしょうか。
というような言葉遊びをきっと、昔々、シャル時代もよくやってたのだろうなーとにやにやしましょう。
もう1つお手紙についても書きたいと思います。
シャルがアルに送っていたお手紙ですが、2つあって、1つはご令嬢の素行に関する報告書、もう1つは日報のようなものなのでした。業務日報みたいなイメージで。
それをシャルはアルへ婚約当初からつまり3年くらい報告し続けてたのでした。
きっとアルにとっては「お待ち申し上げております」とか「いつも貴方のことばかり考えております」というのより、余程恋文かもしれません。




