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黒29

時間をさかのぼって、23話くらいの頃。

「どういうことだ」


と。これまで、春のような穏やかな日々が続いていたのに、一気に寒気が舞い戻ってきたとノワーゼは、アルフォートの冷たい声を聞きながら思う。

 宰相が手をすりながら、「国のためにございます」という主張を繰り返す。

 それをいかにも不機嫌そうな顔で睨む。

 周りの議員たちが、まあまあ、殿下、となだめるのをきっと睨みつける。

 ひっと一同が黙る。


 まあ無理もないとノワーゼはため息をつく。

 そして、少し前の幸せだった春の日々を思い出す。


 シャルロッテ嬢が城内に滞在されることとなり、体調が安定されてから、かつてないほどの安らかな時が流れていた。何人かアルフォートの近くで働いているものたちが、やっと、胃腸を整える薬を手放すことができた、夜眠れるようになったと喜んでいたものだった。

 その少し前は酷かったからなとノワーゼは苦笑する。あれでは、周りの者が、「何かしでかしたか」「自分に明日はないのでは」と震え、食が進まず、眠れなくなる気持ちがよくわかる、と、いつも通り美味しく食べ、安眠していたノワーゼは思う。


 それが、あの一件以来、()()()()休憩をなさった後は、言葉には発せずとも、ふわふわと暖かな空気を纏われていた、かつて、シャルと呼ぶ者と会った後のように! それから、婚約をなさった後のように。あれを春と呼ばずしてなんと呼ぶと、ノワーゼは心の中で大爆笑していたものだったが。


 だが、ノワーゼまでそんな暖気(のんき)にあてられている場合ではなかった。


 もし、噂に違わぬようなシャル様でいらっしゃるとするならば、先の出来事は大変迂闊でいらしたものだと。アルフォートは、何もおっしゃらなかったが、と。余程、ルフィールを通じて、一言、二言、いや、それだけで済まぬ事を申し上げようかと思っていた。それは弟の立場を考え、控えることにした。

 だが、一方で思う。あの万全たる準備からして察し得なかったということは、シャル様の意識されていた外で起こった事なのだろうか、と。


 もう一つ気になっていることがある。噂である。表向きは、我々は、王家に背く者として捕らえ、処分をしたはずなのに、気が付けば、シャルロッテ嬢が毒によって死にかけたことまで広まっていた。確かに、人の口というものは封じることは難しいものだが、と。その噂が、アルフォートが仕組んだかのように広まっているのは、何者かの悪意を感じた。

 が、アルフォートは、「いつものことだ」と気にもなさっていないようであった。

 

 ともかく、何か良からぬ事にならねばいいがとノワーゼは思っていた矢先に、この事態である。


 アルフォートにしばらく隣国へ行くように、と、この老人たちは言い出したのだ。

 いや、口調は、行っていただけぬかという申し出ではあったが、国をあげてのこととなれば、容易に断ることはできない。もう取り決めはされているようで、あとはアルフォートの肯定の言葉のみというのだから、それはもう決定事項である。

 通年の事なので、殿下もそのように思われるだろうと白々しく言う。


 本来であれば、ノワーゼは、アルフォートを窘め、役目だと諭す立場ではあるのだが、あまりに露骨な真似に眉をひそめる。

「行かぬと申せば」

アルフォートの言葉に老人たちの目がぎらりと光る。

「賢明なアルフォート様ならお分かりになると思いますが」

とやれやれと嘆くように言う老人たちは、稚拙な演技をする。アルフォートのただ1つの要求を認めぬだけだと。

 それだけを暴れる獣に巻きつけた鎖のように振り回す。

 ノワーゼはこのしばらくの間、従弟がこのようにして耐える姿を側で見てきた。いつ暴れ、いつ牙をむくことだろうかと。

 だがその様にすればこれまでの努力が水泡に帰すだけであると彼自身も知っているのでじっと耐えていた。

 それを逆手にとって、挑発をするようであった。腹が減っておらぬ時に食ってみせろといい、いざ欲しがれば、ほれほれ取って見せろと届かぬところで餌を振って獣を弄ぶかのような振る舞いを、この老人たちはするのだった。


 そのように思いながらも、自分は役目をせねばならぬのだった。

「殿下。」

と。アルフォートを促す。しばらく考えてから

「よかろう。」

と肯定の言葉を低く呟く。それを聞いた老人たちが醜く顔を緩める。


 静かに離れ、執務室へ向かう。激昂すらしなくなった。近頃は。無駄なことであると悟って。

「ノワーゼ。」

従弟が静かに名を呼ぶのを聞く。

「はっ」と短く答えるが、続く言葉はなかった。従弟の心中を察する。いつまで、と。いつまで耐えれば良いのだと。

 アルフォートは窓を見やる。ガラスは夜闇の色に染まっていた。



 出立までの期間は明らかに短く、シャルロッテ嬢に会う間もなく出ることとなった。

()()()()()()何か申し伝えることは。」

ノワーゼの問いに

「ない」と短く答える。

絶対に言葉を任せようとしない頑なな態度にノワーゼは苦笑する。

「すぐに戻るぞ。」と言い、一行は出発する。

読んでいただいてありがとうございます。

実はこっそり好きなシーン。

終わってから番外編にするか、途中番外編にするか迷って本編に組み込んでしまった。

前回の続きは、もうしばらくお待ちください。

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