黒23
章立てするとしたら、新たな章です。
「馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの!」
部屋の主が華やかな声で、淑女らしくない言葉を罵るのを侍女たちは苦笑しながら聞いていた。
エリーゼは怒っていた、社交界のある方々に。
先日の事件についての話であった。わたくしのあのかわいいシャルを傷つけたあの忌まわしい事件である。治癒のためこの城内へ留まることを聞き、わたくしの侍女である才に優れ、かつ、決して間違いなど起こさぬ、精鋭の者たちのうち何名かを遣った。
大事には至らずに済んだことにエリーゼは胸を撫で下ろし、その後、侍女たちから、シャルロッテの部屋へアルフォートが運んでいることを聞き、胸をときめかせた。
いくら呼んでも「多忙」の一点張りで来ないし話さない息子の代わりに、甥であるノワーゼを権力を使って呼び出し、事件についてエリーゼは聞き出していた。
「ねえ、ノワーゼ」と、エリーゼは完璧な淑女の微笑みを浮かべる。このような伯母の美しく気まぐれな横暴さに、ノワーゼは為す術がなく、まあアルフォートに睨まれれば済む話と諦めて、語れる部分のみ語ることにした。
エリーゼは嬉しそうにノワーゼの話を聞く。
めずらしくあのアルフォートが漢気を見せたらしい! と。シャルロッテの危機を察知し、駆けつけたアルフォートは、全ての力を駆使して助けたと。世界一美しい姫が恐ろしい者の企みによって死に伏しても、愛の力によって救った童話のあの王子のように!
その想像には、ノワーゼが語った物よりも多少、華美なストーリーに仕立てあがっていた。彼女の手に掛かれば、どんな事件も愛あふれる幻想の世界へと変わってしまうようで。「そうなのね!」と目を輝かせるエリーゼに、ノワーゼは遠い目をしながら「ええ、まあ、大体その様で」と言葉を濁して、修正を早々に諦める。
その間、エリーゼは、あのような場合、「仕方のないことだ」と見捨てそうなあの子が! まあ、代わりとなる花はいくらでも有ろうと思っていそうなあの子が! と感涙していたのだった。
それなのに! である!
先日の回想を終えて再びエリーゼは憤る。
社交界では、恐ろしい噂が流れているようであった!
もちろん、皆、表立っては口にしない。だが、うっすらと漏れ聴こえてくるのだった。
殿下は目障りな虫の不注意を誘って潰されたのではないかと。
つまり、アルフォートがシャルロッテを囮にして、ラティフォリア家の失態を誘ったのではないかということだった。それならば、あのような娘を婚約者として立てて見せた行動も理解できよう、と。
おお恐ろしいおお恐ろしいと、まことしやかに流れているのだと。
そんなことがあるわけないじゃない! と。シャルは死にそうになって、アルは死にそうにさせてまでそんなことをするかと。
しかし、彼らは語る。そう、だから恐ろしいのだと。アルフォート殿下は、婚約者の命を使ってでも、追い落としたかったのだろうと、そして、死ななかったのが何よりの証拠ではなかろうかと。
「もう、馬鹿じゃないの」と何度も誰もいない空間へエリーゼは怒鳴りつける。
一瞬でもそのようなことがあるのではないかと戯言を信じてしまいそうになるのを止めながら。
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最近アルフォートの姿を見ないとシャルロッテはふと思っていた。
シャルロッテが寝込んでいた頃、珍しくアルフォートの方から訪ねてきていた。
それまでは向こうからやってくることなど1度もなかった。それが、特に用もないのに現れて、少し話して、急かされるように帰って行く。
それが、体調が安定してゆくにつれて、段々と減り、ぴたりとなくなっていた。
つまりは、元通りになっただけである、と、シャルロッテは思う。
といっても倒れる前の茶会やバウヒニア先生による授業などで忙しくしていたあの頃というよりも、もっとその前の、「跡は弟に継がせる」と告げられたあの時の、行くべき道を見失い、時間を持て余すようなあの頃に戻ったようだと。
あの頃、コロナリナ達に池に突き落とされてから人生は変わったと思っていた。本来であれば選ぶべき道ではない場所に今来ている、と。
もっとも、選んだのは自分であって、その選択に対しての悔いは何もないが。
体調は、多少疲れやすさは感じるようになったがほとんど元に戻っていた。だが、外出は控えるようにと言われていたので、精々、城内にある書庫まで向かう程度であった。
本日の己の行動と、異常なしという報告書だけは毎日なんとなく書いていた。要らぬとも言われなかったので。
そんな頃、新たな噂をシャルロッテは耳にする。
新たなアルフォートの婚約者が決定されたという。
今日も読んでいただきましてありがとうございます。




