黒2
「シャル、なんでこんなところにいるんだ。」
シャルロッテの頭上からアルフォートの声が呆れたような声が降ってくる。
シャルロッテが見上げると、無骨だが大きくて綺麗な手が差し出されていた。
シャルロッテは思わずつかもうと手を伸ばしたが、一緒に落ちてしまうだろうと考え、
「剣を貸して。」
「は?」
「その剣を。」
シャルロッテはアルフォートの腰の剣を指し示す。
(剣を使って、ドレスを切り裂こう)
というシャルロッテの意図が伝わったのか、アルフォートはため息をついて
「後ろを向け」
という。
シャルロッテは素直に水中で向きを変えた。
水より更に冷たい刃物が布を切り裂く気配をじっと待つ。が、いつまで経っても訪れなかった。
気配からすると、アルフォートはドレスの留め具を1つ1つ手で外しているらしい。
(ここまで汚れてしまえば、もう二度と着られないのに。)
とシャルロッテは思いながらもその心遣いを嬉しく感じる。
その後、アルフォートの手を借り、シャルロッテは何とか池から脱出できた。
シャルロッテは、池の中に残したドレスに一瞬だけ視線を落とす。水中花のように鮮やかに揺らめきながら、やがて水の底へ落ちていった。
「後で回収させる。」
とアルフォートが短く告げる。
シャルロッテは、アルフォートの方に視線を向け頷いて答える。
(結局アルフォートの服も結構汚してしまった。)
と、泥々でずぶぬれの下着姿のシャルロッテは、暖かい地面から見上げながら思う。
実際起こってみないとわからないものだった。ドレスの重みも、水中から出ると体が結構重く感じるということも。あとは、一見冷たい表情で見下ろす人の意外と暖かい手も。
ぼーっと見上げているシャルロッテを隠すように、アルフォートは上着を脱いでかける。
その後、横抱きにして、城内へと急いで向かう。
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アルフォートは、令嬢が1人誤って池に落ちたことを報告し、湯と着替えの手配をする。
浴室の方へ消えていくシャルロッテを見送りながらアルフォートは大きくため息をついた。
正直、池の中から黒髪の女の顔を見たときには心臓が止まりかけた。嫌な想像も頭の中をよぎったが、知識と視覚情報で否定する。しかし、近付いて声を聞くまでは安心ができなかった。
あの状態でも冷静な彼女に驚き、しかし、冷えて震える体を抱いてそうでもないことを知る。
犯人に対する感情はとりあえず頭から追い出しておく。そうしないと、感情のままに動いてしまうだろうから。
起こった事について、大体の予想はついていた。茶会から一旦、席を外し戻ってきたら、シャルロッテの姿だけがなかった。他のものに聞いても、「知らない」「帰ったのでは」という。聞き込みを続けると、複数の令嬢と庭の方へ行ったと聞く。
(薔薇か池か)
この庭で有名なのは薔薇園か池だった。どちらも美しいが、悪意をもてば凶器にもなる。あの色とりどりの花のような服をまとった女と同じように。
蓮のような淡いピンク色のドレスが池に沈んでいく光景を思い出す。
茶会で会った時、1人無表情でいる彼女は「なんでこんなところにいなければいけないのだ。」というようなシャルロッテの声が聞こえるようだった。
話しかけに行くと、「似合うはずがない」と少し嗤うようにシャルロッテは言っていた。
アルフォートからすると、似合う似合わないはよくわからなかった。そもそも女の格好にあまり興味がなかったのだ。しかし、シャルロッテの装いは珍しく、好印象を持った。そのように伝えると、シャルロッテの目は少し驚いたように動き、少し照れているようにも見えた。その後、一瞬で消え去り、無感情に戻り「恐れ入ります。」とお世辞を受け取る言葉を残した。
(まあ要するに、シャルでも少しは気に入っていたのだろう。)
と、アルフォートは評した。
(それを切り裂くことはできなかった。)
と心の中で言い訳をする。
一刻も早く救い出してやりたい気持ちもあったが、シャルロッテに剣を向ける勇気がなかったのだ。
沈むドレスを見た一瞬のシャルロッテの目は虚ろで、何だか危うさがあった。
あの時のように。マーリン家の後継ではなくなったあの日のような。
もう少し、アル視点が続きます。
アルフォートはドレスのほめ方について後で王妃(母)に怒られます。「あれじゃ全然褒めてないわ! 似合うとお言いなさい!」と。でも、シャルロッテは、「おおー 花の妖精と見間違えたよ。薔薇の美しさも霞んで見えるね、はっはっはー」と言われても、多分、社交辞令ととって冷たい目線で「恐れ入ります」と答えた気がする。