黒19
父から発せられたそれは絶望的な言葉だった。
突然、というわけではなかった。薄々、そろそろ潮時なのだろうとは彼女も自分では思っていたのだ。
涙ながらに見上げるがその決定を覆す言葉は発せられなかった。
人生の全てを否定されたようなその言葉に思わず泣き崩れて自室に篭る。だが日が暮れるまで、そして、また日が昇るまで、誰も慰めには来なかった。
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シャルロッテは、このところ、とても良くカルミアの茶会に誘われていた。
相変わらず、楽器演奏や刺繍なども、個性的でいらっしゃることと笑われていたが、回を重ねるごとに、あと、自主的な特訓の結果、令嬢の嘲笑も減ってきた。
皆様のおかげですわと微笑めば、カルミアですら何も言えなくなっていた。
そんなある日、カルミア会の1人が、近いうちに婚約するのでもう来られないという話をする。
祝福の言葉をシャルロッテが発する前に、一同は、「まあ」と驚く。その後の言葉は、「お可哀想」とか「お嘆きにならないで」という慶事から程遠いものだった。
どうやら、彼女たちは、アルフォートの婚約者になるということだけを目標に全ての努力を続けてきたらしい。よって、その目標から家の事情などでやむを得ず、離脱することはかわいそうなこととなるようであった。
相手が良い方であるならば、たとえ王室の人間ではなくとも、良いお話と言ってよいと思うのだが、王子の婚約者である「シャルロッテ様にはおわかりにならない」らしい。
その日の茶会は亡くなった方を偲ぶような雰囲気になり、改善されないまま終了となる。
涙ながらに、これまでの礼を述べる令嬢にカルミアは言葉だけの「何かあったら何でもお話になって」とエールを送る。
帰り際、そっとその令嬢にシャルロッテは近寄る。
あの場では誰も聞かなかった婚約の相手の方について尋ねる。予想通り、かつて、よく知っていた方の息子であった。ご令嬢の家名から、彼女の父親にあたる人物を想像し、あの方なら、そのような選択をなさるのだろうと想像していたのだった。
シャルロッテは泣きつかれた様子の彼女を安心させるように、まず、気候が穏やかで住みやすいと思うと領地について話す。その令嬢は少し驚き、「そのようなこと、はじめて言われました」と呟く。親ですらも「お前ではもう見込みがないのだから諦めて嫁ぎなさい」という言われ方をしたらしい。
仕事場ではもっとスマートに話を進めるあの方が、稚拙な話法をとったものだとシャルロッテは内心呆れる。
その言葉は親心から来るものであって、事実でもあるが、その言われ方では納得できまい、と。
シャルロッテは少し考え、敢えて彼女の父親の名前を出すことにした。そして、「氏は貴女のことを考えて、選ばれたのでしょう」と話す。実際、政治の道具や仕事のためと割り切るならば、他の人物はいくらでもいた。あまり宜しくない素行の噂を持つ人物だっていただろうが、彼はそれを選ばなかった。家柄もそれなりにしっかりしていて、安定した領地の、人格的にも素晴らしいという噂を持つ方を選んだ。
シャルロッテは「かつて、よく可愛いご子女についてもよく話していらっしゃいました」と当時を思い出しながら言った。あまりプライベートのことは話さない方だったが、たまにポツリと、うちの娘は、おてんばで、わがままで、でも可愛いのだ、と幸せそうに語っていた。「手放すのをおつらいと思いながらも良縁だと思っているのでしょう」と伝える。その良縁は、決して、諦めや政治的戦略によるものではないと。
「そのように、言って、欲しかったですわ」と少し安心したように、彼女は悲しみとは別の涙を浮かべる。
シャルロッテは微笑み「相手の方の元へ行かれるまで、まだ時間はおありでしょう。今からでも遅くはないから、ゆっくりと話をされると良いですわ」と告げた。
彼女はふと気がついたように「シャルロッテ様は、お父様のことをご存知なのですね」という彼女の問いにシャルロッテは微笑んで「昔、少々お世話になっておりましたの」と。それから少し考えてから、「もし、お父様が本意をおっしゃらず、傷つけるような言い方をするようなら、シャルが嘆いていたとお伝えくださいませ」そして、かつて彼がよく言っていた口癖を真似て言って見せると、その言葉を彼女もよく聞いているのだろう、ようやく厚い雲から日差しが差し込むように、顔を綻ばせた。
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「お父様、少々お話させていただきたいの」
と父親の忙しくなさそうな頃合いを見計らい、メルローズは切り出す。父親は少し驚き、やれやれ、またあの話か、だが決定は覆らないぞという様子で、「5分だけだ」とそっけなく言い放つ。
それから、メルローズは、先日の自分の態度を詫びる。父親は驚き、何事か、何をしようというのかとオロオロしだす。メルローズは、思い違いをしていた事を話した。アルフォート殿下に選ばれるような娘ではなくて申し訳ないと告げると、父親は顔をほころばせ、「お前の努力はわかっている」と告げる。「幸せになれ」と言った。メルローズも微笑み、嫁ぎ先で良き妻となれるよう務めると。カラー家の娘としてと。誓った。
これまでのことと、これからのことなどを語っている間に、ゆうに5分は超えていた。
毎度読んでいただきましてありがとうございます。
メルローズ=カラー嬢の話でした。