黒16
予想通り、カルミア=ラティフォリアが集団をつれてこちらへ向かって歩いてきた。と、シャルロッテは思っていた。
久しぶりにカルミアが夜会へ出席するだろうという噂を聞いたので、今日何かを仕掛けてくるのだろうと思っていた。
一瞬だけアルフォートの方を視線を向ける。と、貴族の男性と話していたアルフォートと視線が合う。事前に何か仕掛けてくるようなら誘いに乗るということを話してあるので、これだけで通じるだろうか。
シャルロッテは、そのような素振りを見せずに、どのようなご挨拶がくるのか待ち受ける。
「ちょっとよろしくて?」
と連れ出された先は庭であった。
夜会なので、池だと面倒だと思っていたが、今日は薔薇の方であった。
月明かりに薔薇、このような状況でなければ、心から美しいと思えたのだろうが、今は、目の前の少々刺々しい視線を送る花たちの方が気になっていた。
「素敵な場所をご存知ですのね。」
とシャルロッテが言う。薔薇も見事で美しいが、少し奥に入っており外からは見えにくくなっていて、このようなことにもうってつけだった。シャルロッテの言葉に令嬢たちが無邪気ではない笑いを浮かべる。その様子からするとシャルロッテは実に正しく用途を理解していたらしい。男性に花を見に行こうと誘われてもついていってはいけない、とよく言われるが、それは相手が女性であっても同じようだとシャルロッテが考えていると、代表するようにカルミアが
「気に入っていただけて嬉しいわ。」
と微笑む。「シャルロッテ様とはぜひともお会いして、お話させていただきたいと思っておりましたのよ」と続ける。口火を切ったように、他の令嬢たちも、
「今までお会いしたことがありませんでしたものね」
「噂は色々と拝聴しておりますわ」
と次々に言う。要は、仲間に入れということだろうか。仲間など生易しい表現ではないかもしれないが。
流行などを知らなければ困るでしょうと、令嬢たちは、憐憫と侮蔑を込めた眼差しを送る。シャルロッテとしては別に困ることはないが、令嬢たちは孤立することを非常に恐れているようで不思議に感じた。
「是非とも次のお茶会にお招きしたいと思っているのですが、いかがかしら。」
とカルミアは言う。
茶会の招待だけならあの場で良かったのではと思いながら、見つめると、カルミア嬢は察して、
「人の目があるとできないお話もございますでしょう?」
と笑う。
「なるほど。」と心の中で呟く。
つまり誘いを断るようであれば、会場ではできないようなことをしてやると暗に言っているのだろうか。
茶会の招待はシャルロッテにとって、むしろ、願ってもないことではある。カルミアやその周りの人々を見極めるためにも。
カルミア=ラティフォリアは完璧な淑女として有名であった。確かに、人々が認めるだけあって、容姿や振る舞い、家柄などいろんな観点から考えて完璧、と言っても過言ではないように思う。が、一方でシャルロッテはカルミアという人がどのような考えをもつ人物なのかを知りたいと思っていた。これまで散々見かけだけで判断できないことを思い知っていたので。
どうやら、周りの令嬢の様子からして、あまり楽しい茶会を期待できそうになかった。
が、どちらにせよこの場では肯定以外の答えをしようがないように思う。
薔薇も、薔薇よりトゲが鋭そうな花たちも大人しくはしていまい。
吉と出るか凶と出るか。判断がつかぬまま、肯定の言葉を発すると、日時や場所など詳細は追って知らせることを告げ、「お待ちしておりますわ」とカルミアたちは微笑み、満足そうに去っていった。
会場では、カルミアたちが都合の良いように、触れ回るのだろうと想像する。恐らく、シャルロッテの方からカルミアたちに「仲間に入れて欲しい」と懇願したような形にでもなるのだろうか。
美しく咲いた薔薇を台無しにして庭師を困らせるようなことにならずに済んでよかったと思っていると、ルフィールが姿を現す。
護衛なのでどこかには居るのだろうと思っていたのでシャルロッテは驚くことはなかった。
「シャルロッテ様、今日はとても女性らしく見えます。」
と含みのある笑顔で言う。
どういう意味なんだろう、とシャルロッテは考える。いつもの服装が機能性を重視していることに対する遠まわしの嫌味なのだろうか。だが、女性の服装に対し嫌味とか言うような人間だろうか。
真意を問うと「えー、良いことなんじゃない?」という。称賛のようだった。
一方ルフィールは護衛なので、目立たない服装である。ご令嬢たちとの花見の間も近くにいたようだった。
「お怪我は?」
一応聞かれるので、シャルロッテは「ない」と一言答える。
ドレスくらいは犠牲になるかと思ったがそのようなこともなく、想定よりも、あっけなく、終わったように思った。そのように言うと、
「それだと、まるで何かあったほうがよかったみたいだねー」 はははーと笑いながらルフィールが言う。
シャルロッテからすると別にそんなことはなかったのだが、拍子抜けしたというのが近かった。
「痛い思いをしないのは良かったのかもしれません、どちらも。」
と微笑む。シャルロッテに危害を加えるようであれば、ルフィールが役目を果たしただろうことを言うと
「ほんとに何もなくてよかったよー。何かあったら、オレが大変なことになるからやめてねー。」
と笑いながら言う。ビジネスライクでストレートな良い言い方をするとシャルロッテは思っていた。
帰り道には、来る時は目に入れないようにしていたが、庭ではシャルロッテとは別な意味のまた言葉通りではない夜の花見の方々がいた。
彼らがこちらの様子を一瞥し相手を見てすぐに興味を失う様子を見ていた。
なるほどと、この目立ちすぎる護衛の行動の理由を理解する。それから先ほどのご令嬢たちが、わざわざ夜の花見にご案内いただいた理由の1つも。
会場のフロアを踏むと、アルフォートは一瞬だけこちらに視線を飛ばす。後ほど報告せよということだろう。
シャルロッテは、部屋の暖かい空気に触れ、ほうと息を吐いた。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
今が中盤の序章くらいでしょうか。
この話こそ、章立てするべきだったかもしれません。サブタイトルも後でつけることがあるかもしれない…