黒10
「シャル、会いたかったわ。」
華やかな現王妃の声に迎えられる。現王妃、アルフォートの母だ。名をエリーゼと言い、度々お義母さまと呼んでも良いのよ?と冗談めかして言われるがシャルロッテは慎んでご固辞申し上げている。
シャルロッテが王宮にいると、たまに、こうしてお茶に誘われるのだった。楽しいのだが、実質、個人面談のようにシャルロッテは思っていた。話題は、近況などについて聞かれ、答える。特に、アルフォートについてどう思っているのかをとても気にされているようだった。もちろん、「素晴らしい御方だと思います」と答える。それを聞いたエリーゼは少し残念そうな顔をしていた。
どうやら、ラブラブというものを期待しているようだった。
アルフォートに聞いてもぜんぜん答えてくれない! 最近、呼んでも忙しいことを理由に来ない と訴える。
その流れで、アルフォートとの最近の会話についてエリーゼに問われるが、シャルロッテは少し困っていた。つい先日会ったところだったが、その内容は、ご令嬢のいつものご挨拶を頂いたこととその御礼返しについての報告だったからだ。さすがに、そのまま言うわけにはいかず、王都に咲き誇る美しい花についてお話した、と告げると、エリーゼも植物の花の話ではないことを察して、そしてため息をつく。
そして、社交界に流れる噂について語った。シャルロッテがアルフォート王子の婚約者ということが知られてもなお王妃という夢を諦めていない人たちの話だ。
高名な方々の名前が連なる。隣国の美姫、上流議員や宰相のご子女、他人事のように考えると、ああ、確かにあの方であれば、とシャルロッテも思うが、その様子をエリーゼに見咎められ、その後に、諭すように言う。
「わたくしは、貴女がアルと婚約してくれて良かったと思っているのよ、シャル。」と微笑む。
エリーゼ様はこの婚約を喜ぶ数少ない人物だ、とシャルロッテは思っている。
どうやら、昔、シャルロッテがシャルとして王宮に伺っていた頃から気にしていて、エリーゼ様曰く「実の母のように心配をしていた」らしい。が、母親との仲はそれほど良好ではなかったため、複雑な気分になっていた。シャルロッテの母親をご存知でいらっしゃるということをエリーゼ様から聞いてはじめて知るくらい遠い存在だった。
弟が生まれてからは特に。
普通の淑女らしく在ることをシャルロッテに求めるのは、母親から娘に対する愛であるとわかってはいたが、一方で、勝手ではないかと受け入れられない気持ちもあった。今回の婚約を、父親も母親も我が事のように喜んでいたが、その反応に対するシャルロッテの気持ちは、嬉しいと思うよりも、あるいは、仮初である申し訳なさよりも、そうではない、釈然としない複雑な想いを抱いていて、大きな壁を感じていた。
それと比較すると、エリーゼ様に対しては緊張はするが話しやすく思えていた。
同時に他人であるからこその安心感であるということも。
このエリーゼの大きく暖かい愛を、実の子供であるアルフォートは、あまり有り難く思っていないようであった。子のことを何でもわかると微笑んで語るエリーゼは、母親から、あなたのことがわからないと面と向かって言われたシャルロッテからすると完璧に見えていた。
淑女としても、王妃としても。
血統やお家柄などは勿論だったが、話し方、内容、佇まい、どんな時でも優美さや気品があって、このような方が王妃に相応しい人物ということなのだと思わせる人であった。
他の者と何が異なるのだろうと思い、シャルロッテは王妃になる条件について聞いてみることにした。
すると、
「そりゃあもちろん」麗しい笑顔で「王に愛されることよ。」
美しい人差し指を立てて、きっぱりと言い張った。
(あ、い…)
シャルロッテは思う。
そうだった。この御方は、愛という感情をとても深く信仰している方だった。と。同時に、毒を摂取して死に至っても王子のキスで目覚める愛の奇跡を描いたおとぎ話を愛する人だったことを思い出す。
しかし、アルフォート殿下には愛情という感情が存在するのか、そして殿下が愛する人物が果たしてこの世界に存在するのだろうか。更に、その人物が王妃の座に相応しい人物であるという奇跡が本当に起こり得るのだろうか。
シャルロッテは今更ながら、王妃に相応しい令嬢を見つけるということは、石ころを金に変えてみせるような、どんでもないことを引き受けてしまったのだと気づき後悔し反省しかけた頃、
「だからシャルだって婚約したんじゃない」と冗談のようなことを真顔で当たり前のように不思議なことを言う。驚いて思わず王妃の顔を見つめると、シャルロッテが驚いていることに驚き、
「あら、違うの? まさかあの子、無茶な条件を言って強引に婚約を迫ったんじゃないでしょうね!」と顔色を変えて「無体なことされてない?大丈夫?」と必死にシャルロッテへ問いかけ、侍女に命じてアルフォートを呼ぶように言いかけた時に、シャルロッテは、
「失礼しました、ご心配なさったような事は一切ございません」と必死に言ってそれを止めた。
「もし何かあったら言うのよ、絶対に言うのよ。」
と言われるのを聞きながら「お気遣いありがとうございます」と言いながら、母親の愛というものを感じていた。エリーゼのアルフォートに対する愛情を。
その後、エリーゼは表面上は信じたような形で、しかし、本当に懸念する事項がないか探るように、さりげなくかつ巧みに話題を変えていく。
シャルロッテは、その点に関しては何も隠すようなことなどないので、安心していたが、退室する頃にはなんだか疲れたような気持ちになっていた。
自分が他人から愛されるということがあるのだろうかと、廊下の窓から庭を見下ろしながら思っていた。
「今考えていることを言ってみろ。」
背後から、とても不機嫌そうな声が聞こえる。どうやら、結局エリーゼ様からの呼び出しの使いは、アルフォートの元に届いてしまったようだった。
シャルロッテは、
「愛されているアルが羨ましい。」
と呟く。アルフォートは少し驚いたような表情をし、部屋の方を一瞥し、納得したように少し舌打ちをしてから、
「愛なんて幻想だ。」
とアルは呟くような声で言う。シャルロッテを残してバタンと扉が閉まる。
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