僕らはきっと、蝉になる
春が来て、一学期が過ぎ、夏が来る。
僕にとって鬱々とした重荷から解放される最高の瞬間であった。
新しい学校生活は僕にとって限界の上を超えるほどの苦しいものであった。
なので、僕はすぐに楽になりたかった。
もう自分は限界であった。
だから、学校のような地中世界から抜け出して、外に出て、すぐに楽になりたいと思っていた。
夏によく鳴く蝉のように。
だから、夏休みに入った途端、僕はダークウェブのブラウザをインストールして、すぐに調べ作業に入った。
調べる語句はとっくのとうに決まっている。
「自殺サイト」だ。
家や学校に居場所を見いだせなかった僕は最早「自殺」というものにしか活路を見いだせなかった。それならさっさと1人で練炭を用意して部屋で楽になればいいじゃないか、と思う人もいるだろう。
でも、僕にはそれが出来なかった。
1人寂しく、楽になることができなかった。
だから僕には、仲間が欲しかった。
一緒に死ぬ仲間が欲しかった。
その一心で僕は自殺サイトのページを探した。
しかし、いくらTorブラウザとはいえども、今はネットの規制が厳しくなり、どこへ行ってもサイトは閉鎖状態。
でも、僕は必死に探して、とあるサイトを見つけた。
サイト名は「天界への集い」。
見るからに怪しいサイトだが、自殺サイトは皆そういう物なので仕方がない。
僕はマウスの左ボタンを押して、そのサイトにアクセスした。
モニターに映るのはいかにも怖そうな暗い画面。
それ以外は普通の掲示板、のように見えた。
その中で僕の目に映ったのは掲示板の下から二番目に存在したスレッドである。
スレッド名は「森の中で自然と一体になろう」
僕はそのスレッド名に宗教のにおいを感じ、不安になったが、自分はあの夏の蝉のように自然と一体になって死にたいがために、そのスレッドのURLを踏んだ。
『最期の時ぐらい、仲間と一緒に、自然と一体になって、死にたくないですか?練炭は私が用意します。現実社会に疲れたみんな、このパーティーで世の中の理不尽から解脱しませんか?』
その文章を見た時、僕はその集まりを魅力的に感じた。
思わず僕はそのスレッドに返信した。
「私も参加したいです。もう現実世界に疲れました。もうここから脱出したい。生きている意味が分からない。早くこの世界から消えてしまいたい。蝉のように。」
数分すると、登録しているメールアドレスにすぐにメールが来た。
「参加ありがとうございます。8月15日に西野駅で集合でよろしいですか。」
僕はすぐに返信した。
「それで大丈夫です。よろしくお願いします。」
こうして、自分の人生は8月15日までが期限となった。
その後、僕は8月15日まで、まるで死んだ魚のように自室に横たわっていた。
学校の宿題も、勉強も、何一つとしてやっていない。
何故なら、もう僕は死ぬからだ。
そう思うとようやく僕は重い重い足枷から解放されたように感じた。
もう何もしなくてもいいんだ。
もう誰にも怒られなくてもいいんだ。
もう無理して苦しい思いをする必要はないんだ。
そのことを再認識して、僕は再び死んだ魚のように横たわった。
そうして、8月15日の朝がやって来た。
僕は身支度をし、手ぶらの状態で家を出た。
地元の駅から西野駅は遠く、少なくとも3回は乗り換えをしないといけなかった。
車窓は乗り換えるたびに、都会の喧騒から、物静かな田舎へと変わっていき、僕を縛り付ける見えない縄も、するするとほどけていく感覚であった。
少しずつではあるが、空気もおいしく感じた。そして、西野駅に着くと、体が軽くなった感覚で 、ホームに足を乗せた。で、ホームに足を乗せた。しかし、集合場所が西野駅だと分ってはいても、西野駅のどこかとは伝えられていない。
そうやって僕は西野駅の構内をさまよっていると、とある少女が僕を呼ぶ声が小さく、とても小さく聞こえる。
「セミさーん!」
セミとは僕のことなのだろうか。
声のする方に向かってみると、僕は改札前でその声の主である少女を見つける。
しかし、本当にこの子が主催者なのか。
僕は疑った。
もしかしたら違う別の人を呼んでる可能性もあるし、こんなに綺麗な人が自殺願望を持つわけがない。
僕は疑念の目を持ちながら、その声の主である少女にそろりそろりと近づいてみる。
すると、その少女はこちらに気づいたのか、こっちのほうに近づいてくる。
「セミさん……ですか?」
「あ、いえ、確かに蝉のように、とは言いましたが、私の名前はセミではないです。」
「でも、セミのことについて言ってましたよね?」
「確かにそうですけども……」
「なら、あなたの今日の名前はセミさんね!」
少女はホッとしながら微笑んだ。やや不満はあるが、こんなことで言い合いをしても仕方がない。僕は潔くその名前を受け入れた。
そして僕は少し疑問に思ったことがあるので質問した。
「あの……ほんとにスレ主の方ですよね?」
「そうですよ?」
「スレ主を何て呼べばいいのかまだ聞いてなくて……」
僕はそう訊くとその少女は困惑した。
「あ……えっと……普通にスレ主さんって呼んでください。どうせこの場限りの関係ですから……」
「そうですね……」
「さ、バスに乗りましょ!」
そう言ってスレ主は僕の手を引っ張ってバスに乗せた。
スレ主は僕の想像してたのとは違う、かわいげのある少女だった。
髪は歳には似合わない真っ白な色をしていて、それで尚且つ部分的に赤に染めている。
服を見ると今まで自分の街ではめったに見かけない、目立つような服、所謂「原宿系」に近いものであった。
バックもきらびやかで目立つような系統をしており、所々に女の子が好きそうな某有名キャラクターのぬいぐるみが飾ってあった。
そして、腕にはリストカットの痕と思える包帯。
この時自分は思った。
彼女は恐らく「地雷系メンヘラ女子」だ。
しかしながら、まだ会って数分としか経っていないが、見た目がそうであるだけで、話し方にそんなにそのような気を感じはさせない。僕をセミと呼ぶこと以外は。
まあ、初対面だから少し気を使っているのだろう。
僕はそういう風にとらえてその疑問を終わらせることにした。
しかし僕にはもう一つ疑問があった。
「あれ、他の人は何処へ?」
僕がそう訊くと彼女はフフフッと微笑んでこう言う。
「ほかの人はもう西野山山麓についてますよ?」
「そうなんですか……あの西野山で、するんですね。」
「そう!セミさんは西野山には行ったことありますか?」
「昔、小学生の頃に虫取りで行ったっきりですね……」
「そっかぁ。セミさん昆虫とかに詳しそうですもんね。」
「そうでもないですよ。」
そんな会話をしていると、バスは西野山山麓にあるバス停に着いた。
「ここで下りますよ」
その彼女の指示に従って、僕はバスを降りた。
すると僕の目の前には5人でできたグループがいた。
恐らく登山客なのだろうと一瞬思ったが、どう見てもその放つオーラが違う。
妙に顔が薄暗くてやせ細った人、逆に太ってはいるが見るからに陰キャそうな人、とても形容しがたいほどの不細工な人、様々な負の要因を背負ってそうな人たちだった。
すると彼女は、彼らを指さして、こう紹介した。
「この人たちが今日、一緒に参加してくれる人たちです。皆さん、この人がセミさんです。」
そう彼女が皆に対してそう紹介すると、続けて僕は自己紹介をした。
「こんにちは。スレ主にセミと呼ばれている人です。この山は6年前に上ったことがあります。よろしくお願いいたします。」
僕がそう言うと他の人も続々と自己紹介した。
「どうも、俺のハンドルネームは『人間の屑』。生きるのに疲れた。今日はよろしく。」
人間の屑さんはまるで現実世界になじめず、日々ネットゲームに打ち込むニートのような様相だった。
この人が死にたくなる理由は僕でもわかる。
「初めまして、あいです。よろしく。」
彼女の様子はあのスレ主と同じメンヘラのようだった。
この人もスレ主と同じように、彼氏と別れたとかそんな理由で死にたいのだろう。
「私の名前はワタナベです。仕事が嫌になって、やってきました。」
仕事に疲れたOLのようだ。この人も死ぬ理由はわかる。
「僕はヒロです。学校に戻るのが嫌になってここに来てます。」
この人は理由が自分と同じだ。
そして最後の一人はひどく怯えた様子で、たどたどしい口調で自己紹介をした。
「わ……私は……ゆう……です……いじめられるのが……いやで……死にに来ました……よろしく……おねがいします……」
ゆうさんがそう自己紹介すると、スレ主さんは心配そうな表情で、
「大丈夫?なにか心配なことがある?」
と訊いた。
「いえ……みんな怖そうな表情をしてて……私は……また……いじめられちゃうのかなって……」
「大丈夫よ!みんな優しいし、みんなそんなことする余裕なんてないから!」
スレ主はグサッと皆に刺さる言葉を言ってゆうさんを宥めた。
「ありがとう……ございます……スレ主さん……」
ゆうさんは心を落ち着かせてこう言っと、ワタナベさんがこう訊いた。
「あの……あと一人…カズ君がいないんだけど……どこに行った?」
「あれっ?カズ君はトイレに行くって言って……でも2時間たってますね……?どうしましょ?」
そうスレ主が困惑すると、人間の屑さんは、
「いいよいいよ、どうせ死ぬのが怖くなってどっかに逃げたんだろ?そんな奴ほっとけ。」
と言った。
「そうですね。じゃあ行きますか。」
「ちょっと待って、行くってどこへ?」
人間の屑さんがそう訊くと、スレ主はこう答える。
「申し訳ないんですが、実は美しい夜空を見ながら楽になれる場所はここから1時間上ったところにあるのです。」
「1時間!?」
人間の屑さんはびっくりした様子だった。
「俺はそんなに歩けねえぞ!?」
「でも、自然と一体になって最期を迎えられるのはすごくいいってセミさん言ってましたよね?」
唐突に矛先を僕に向けられた。
思わず僕は、
「あ、そ……そうですよ……自然と一緒に一生を終えられるなんて最高じゃないですか?」
とその場を濁した。
すると、人間の屑さんは、
「そうか……まあ、最後ぐらい歩くか……」
納得した様子だった。
僕は少しホッとした。何故なら最後の最後でいざこざを起こしたくはなかったからだ。
「さあ、行きましょう!」
スレ主のその声で、僕たちは山の緑に消えてった。
僕たちは登った。最後の力を振り絞って登った。
自然と一体になって最期を迎える、その為だけに登り続けた。
最初は体が大丈夫だった人たちも、途中まで行くと、息切れを起こすようになった。
特にゆうさんは最初っから体力がなかったため、度々休憩をした。
そのうちの2度目の休憩、目標地点まで半分のところで休憩したところ、
「ごめんなさい……私のせいで…私のせいで……」
ゆうさんは何度も謝っていた。
「大丈夫大丈夫、みんな気にしてないから!」
スレ主がそうフォローをかけるも、
「おいおい、謝る気力があるんだったらもっと本気出したらどうだ?ふざけんなよ。」
人間の屑さんがそう悪態をつく。
普段短気ではない僕でも、さすがにそれは憤怒した。
「ちょっと待ってください、さすがにその言い方は無いでしょう。もう少し人相手には言い方を考えてください。それに、貴方もぜーぜー言って、人のこと言えないんじゃないですか?」
「ああん?やるのかテメエ!」
僕と人間の屑さんは喧嘩に入りそうになったが、それをスレ主が止めた。
「やめてください!こんな死に際に遺恨を残すのは良くないですよ!」
スレ主のその声で、僕と人間の屑さんは冷静になった。
すると、今度は別の方から声が聞こえてくる。
その声の主はワタナベさんとあいさんだった。
「大変だ!大変だ!ヒロさんが……」
「血まみれになって、倒れてる……!」
その声を聞いて僕らはその方角に向かうと、そこには血まみれになったヒロさんの姿があった。
僕は絶句した。
いくら死にたいと思っても、このような死に方はしたくない。
その声を聞いて僕らはその方角に向かうと、そこには血まみれになったヒロさんの姿があった。
僕は絶句した。
いくら死にたいと思っても、このような死に方はしたくない。
僕はそう思った。
「どうしよう、警察に……」
そうスレ主が言うと、人間の屑さんが、
「ここで警察に通報したらどうなるか……。疑われるのは俺たちだぞ。そんなことで拘留されたら死のうと思っても死ねないじゃねえか?」
「そ……そうですね……」
スレ主はそう言うと、ヒロさんの前で手を合わせた後、
「さあ、悲しいことが起きましたが、これも仕方のないこと、我々も目的地まで目指してヒロさんの居る所に行きましょう!」
その目はわかりやすいほどに恐怖に怯えていた。
登り始めて、約一時間。
僕たちはようやく、目的地に着いた。
すると、また大声が聞こえた。
どうやら途中ではぐれた、あいさん、ワタナベさん、人間の屑さんのグループからの声であった。
声の主はあいさんであった。どうやら来たのは彼女、ただ一人であった。
「どうしたんですか?」
「ワタナベさんと、人間の屑さんが……いなくなったんです……!」
「えっ……?」
スレ主が、そう驚愕すると、ゆうさんが口を開いた。
「たぶん……みなさん……死ぬのが……怖くなったんですよ……?あんまし…気にせずに…行きましょう?」
「でも……」
そうスレ主が言おうとしたので僕はゆうさんに同調した。
「ゆうさんの言う通りですよ。生きたいと思った人を無理に止める必要はないと思いますよ?」
「そう……?そうか……」
スレ主は不安そうな顔つきで前へと足を進めた。
そこに広がっていたのは頂上付近にある広場であった。
もう既に時間は夕方であった。
その広場から望む町並みは素晴らしいものであった。
スレ主さんはテントを用意して、こう言った。
「深夜零時に、このテントでみんなで楽になりましょう。それまでは、みんなで話しませんか?」
僕はそれに同調した。
「いいと思います。あまり、何もコミュニケーションをとらずに最期を迎えたくないですからね。」
「悪くはないね。死ぬ前に愚痴も吐き出したいし。」
あいさんも同調すると、ゆうさんは突如泣き出した。
「どうしたんですか?」
そうスレ主が聞くと、ゆうさんはこう話した。
「みんな……優しくてよかった……」
「そりゃあ当たり前だよ!なんであなたをいじめる必要があるのよ?」
「ありがとうございます……ありがとう……」
「さ、みんな円になって、話しましょ!」
そうして、僕ら四人は円状になって話を始めた。
なぜ、死にたいと思ったのか、今まであった笑い話、共通の話題で意外と盛り上がった。
僕にはそれが不思議だった。
本来、死にたいと思ってただけの集まりが、一夜でまるで何か意思を持った仲間たちのように思えたからであった。
僕は夜空を見上げた。
夜空は僕らを包み込むようにやさしかった。
「もう、深夜零時以降もこんな話が続けばいいのになぁ……」
スレ主さんは夜空を見上げながらそう言った。
その瞬間、僕は何かを感じた。
僕は彼女に何か変な感情が生まれていたことを。
次に、もっとこの和やかな時間が続けばいいなあ、と。
そして、みんなとこんなにも和やかになれればいいなあ、と。
しかし、その和やかな時間は突如として終わりを告げる。
それはゆうさんとあいさんが広場の公衆トイレに行った時の事であった。
「キャアアアアアアアアアアアアアア!」
ゆうさんと思われる悲鳴が聞こえた。
僕ら二人は不安になって、その公衆トイレに向かうと、そこにはゆうさんをナイフで刺し続けるあいさんの姿があった。
「死にたくないよ……!まだ話をしたい……助け……」
そう言ってゆうさんは息絶えた。
それを見たスレ主さんは、悲鳴を上げながらうしろうしろへと下がっていった。
そのスレ主さんに向かって、あいさんはナイフを持ってチーターのように彼女に襲い掛かる。
もう駄目だ。終わりだ。
彼女はそう思っただろう。
しかし、次の瞬間、彼女の予想は見事に覆った。
あいさんのナイフの先には僕が刺さっていた。
「セミさん!」
思わずスレ主はそう叫ぶ。
「僕は……大丈夫……だから……早く……逃げるんだ……逃げるんだ……!」
僕はその愛情を命をもって捧げた。
彼女は一瞬僕の方に近付くが、命の危険を感じ、すぐに逃げた。
これでよかったんだ。
当初は蝉のように外に出てすぐに楽になれたらいいなと思っていたが、それは間違いだった。
僕らは外に出て脱皮をするべきだったんだ。
僕らの考えは甘かったんだ。
でも、もう遅すぎた。
彼女には脱皮した蝉のように世界を羽ばたいてほしい。
僕もいつか、蝉になるから。