HERZSCHLAG
思いつき掌編です。
気楽にご覧いただければと思います。
「え、人間?!」
「馬鹿! 声がデカいよ!」
箱庭の一画にあるクラブハウス「バーガンディ」は、割と大きな音量のEDMが流れていて、隣の席の会話を気にするようなシラフの客は皆無といっても過言ではなく、諭した私がまるで馬鹿みたいな喧騒に包まれていた。
何十年か前に太陽が無くなってから、この星の地表で生活していた多くの民族は死に絶え、辛うじて残された者たちは生活空間を地中に移して難を逃れたらしい。地中における生活空間は通称「箱庭」と呼ばれ、ここで生まれた私はそう教えられて育った。
「待って、人間ってそもそも何?」
「は? 教養施設で習っただろ? 臓器が筋肉や皮膚で包まれてて、私たちみたいな見た目の生き物だよ!」
「ああ! 思い出した! ありがとう!」
呆れ顔で溜め息をつく私に、悪びれもせず笑顔でお礼を言ったパヴァンは、教養施設時代の同期だ。昔から馬鹿なヤツだと見下していたけど、友達という関係を維持するために、当時は口喧嘩すらしたことがなかった。するだけ時間と労力の無駄だと思っていたからだ。
「でもさ、ミュロル。見た目が同じだったら、僕らには見分けられないんだから、ミュロルが人間だって言われても信じられないなあ」
「そう、だよね……」
身体に響くビートを静かに感じながら、傾けたグラスの中でぶつかる氷の音を聞いた。
「そんなに泣きそうな顔しないでよ。僕らは友達だろう? そんなことよりもっと楽しいこと探そうよ。ね?」
パヴァンは施設にいたころから変わらない満面の笑みを浮かべて、励ますように私の肩を叩く。仕方なく、関係の悪化を避けるためだけに、少しだけ顔をあげた上目遣いのまま、乾いた愛想笑いを返した。
「ああ、その顔、知ってるぞ、納得してない顔だなあ?」
パヴァンは私を指差して、今にも閉じそうな瞼を片方だけ見開きながら疑惑の念をぶつけてきた。馬鹿は総じて察しがいいと聞くが、パヴァンも御多分に洩れず、その類の馬鹿だったのだ。
「分かってるなら、一緒に見分け方を考えてくれよ」
半ば冗談半分で、怒ったフリをして反論を促してみると、酔いの回ったパヴァンが辺りを見回してから、私の耳に顔を近付けて言った。
「しょうがないなあ。ミュロルには特別に教えてあげるよ、僕が知ってる方法―」
次の瞬間、私の意識は耳から腕にうつる。そこには鉄製のカトラリーが刺さっていた。何が起こっているのか聞くために視線をパヴァンに向けると、満面の笑みが貼り付いている。
「確か、それから」
パヴァンの視線が私の腕に向く。つられて自分の腕に刺さったカトラリーをまた見る。そして、パヴァンは何かを思い出すようにカトラリーを私の腕から引き抜いて、その傷口から溢れ出す大量の液体を見てはしゃいだ。
「ほら、やっぱり! 見てごらん! 駆動系から赤い液体が溢れてるよ! ミュロルはもしかしたら人間かもしれないね! 寒い? ねえ、寒い?」
私が最期に聞いたのは、好奇心に魅入られた子供のように無邪気な声で質問するパヴァンの大きな笑い声だった。
お読みいただきありがとうございました。