67、父と娘
両陣営に動きが有り、いよいよ開戦となる
連合軍の陣形は、マリーを先頭にランギール軍が後ろに続き、その後ろにジギール軍の形だが、ジギール軍は左右に大きく広がり、その左右には弓兵や魔法師を、多く配置しており、突出するランギール軍の横を付かれぬ様に、遠距離でフォローする陣形である
形で言うならば、マリーを先端とした三角形の配置だ
対して王国軍は、民を中心とした兵を幅広く広げ、その後ろに王国正規軍、本陣と続き、逆三角形の配置を取っていた
王国軍は、事前に到着した事を利用し、本陣を高く土で盛っており、本陣からは戦場を見渡せる様にしてあった
王国軍本陣より、戦局を見つめるブリュッセル侯爵が口を開く
「やはりランギール軍が前に出たか、しかし、、」
見つめる最前線で、ランギール軍から一人の騎士が前へと進み出る
その騎士は、美しい白のコートに、鮮やかな青の胸当て、籠手、具足を付け、その右手には巨大な斧を携えて、威風堂々、ゆっくりと進み、足を止める
「義父上! あれは、、」
ブリュッセル侯爵は自陣に目をやり、ドルフ伯爵との距離を確認し、声を落としてラッセルに答える
「ランギール侯爵はやや後方か、当てが外れたな、しかし何故マリーが先頭に立つ? 、、、余程マリーへの信頼が厚いのか、、、もしくは英雄は別の要件で忙しいのか、或いはその両方か、、」
「別の要件とは? 噂通りの英雄なれば、今この時、最前線にて口上を述べ、自軍の士気を高めるには絶好の機会のはず、それ以上の要件があるとは」
ブリュッセル侯爵は、直ぐには答えずに、自陣の後方に視線を向ける
「まさか、前線にいるのは影武者で、後方より襲撃を?」
ブリュッセル侯爵はその問に、鼻で一つ笑うと
「そうではない、許せラッセル、要らぬ混乱をさせた様だな、この場にいる我々には関係の無い話だ、英雄が英雄のままで終わるか、先に踏み出すに相応しいかの話だ、しかしそうなると、此方も動きを変えねばならぬな」
困惑気味のラッセルをよそに、一人進み出たマリーの口上が始まる
「我はマリー=ブリュッセル! 英雄ランギールの剣にして盾、その前に立ち塞がる全ての敵を、撃ち払う者也! 命惜しまぬ者はかかって参られよ!!」
マリーの良く通る声が、戦場に響く中、ブリュッセル侯爵は片手を挙げ合図を送る
「あのマリーが言うようになった物だ、その覇気や良し、お前が手にした力と信念が本物か見せて貰おう」
そう楽しそうに口にするブリュッセル侯爵にラッセルは
「義父上! マリー様にもしもの事があったら、、」
「その程度ならば、王を支える柱にはなりえん、そうなれば、以前の私の元にいたマリーに戻る、それは死んだも同然なのだ、国の為、民の為、見極めねばならん、始まるぞラッセル、お前もその目でしかと見よ」
ブリュッセル侯爵の合図を受け、最前線の民兵が、マリーへと雪崩れ込んで行く
マリーは迫り来る民兵に一切動じる事無く、その右手に持つ斧を大きく後方へと向け、その身を捩ると、襲い掛かる民兵へ向けて、斧を横凪ぎに振るう
「ドゴーーーーーーーーーーーン!!」
と轟音、まるで爆発したかの様な音と共に、最前列の兵は粉微塵に、その後方の兵は、紙吹雪の様に数十人が、空へと打ち上げられる、更にその後方の兵達は、爆風とも言える衝撃で吹き飛ばされ、ドミノ倒しの様に倒れて行く
「覚悟無き者は立ち去れ! このマリー=ブリュッセルを倒したくば、民ではない、王国軍の全を賭けられよ!」
マリーは両手で斧を持ち、天に掲げると、その斧を足元へと降り下ろす
轟音、土煙が舞い散り、現代で言うならば、まるでミサイルによる爆撃があったかの如く、大地は大きく抉れ、その土煙が晴れると、そこには悠然と立つマリーの姿があった
その人とは思えぬ程の武を、目の当たりにした兵達は足が止まり、身動き出来ぬ者、後退る者、やがて悲鳴があちらこちらで上がり、背を向け逃げ出す者も現れ、前線はパニックへと陥っている
その様子を見ている王国軍本陣で、慌てふためき、怒鳴り散らす者がいる、ドルフ伯爵だ
「ブ、ブリュッセル侯爵!! 何だあれは!? あんな化物がいるとは!! 人の形をしたトロールではないのか!? どうやって対処するのだ!」
「ハハ、ワッハハハ! さてどうしたものか、あれほどの武、私とて見たことが無い」
「笑い事ではない! あの化物のせいで前線が崩壊しているではないか!!」
「ドルフ伯爵、御自慢の兵を差し向けては如何か? それと先程から化物、化物と、我が愛しき娘に対し無礼であろう!」
一転して強い視線を送るブリュッセル侯爵に、後退りするドルフ伯爵だが
「なに? 娘だと? そう言えば口上でブリュッセルと、、貴様! どう責任を取るつもりだ!?」
「この間抜けめ! 戦場に於いて、親子、兄弟とは言えど殺し合う等、珍しくも無い! それより貴様の御自慢の兵はハリボテか?」
「こ、こ、この! 言わせておけば! いいだ、」
そう言いかけたドルフ伯爵に、黒ローブの男が耳打ちをする
「ドルフ伯爵、この状況で兵は使えません、ここで突出させては、敵軍に相応の被害を与える事は出来ません、それにあの者には未確認ですが、例の物は通じ無い恐れが、、」
「ではどうする!」
怒鳴るドルフ伯爵に、眉をひそめながら、黒ローブの男は声を抑えて
「この様な時のために、盟主様より賜った物がございます、あの者の注意を逸らせれば、、」
「チッ、貴様が何とかしろ!ブリュッセル侯爵! 親子でも関係無いのであろう? それとも口だけで娘とは戦えんのか?」
「安い挑発を、しかしこのままでは此方の士気に関わる、私が出る、ラッセル分かっているな?」
「、、ハッ、御武運を」
最前線
「上手くいったようだな」
「はい、最小限の被害に出来たと思います、それでギーさん、魔戦兵はあの中には?」
「数人はいたと思う、奴等はひどく匂う、ある程度の位置は分かるのだが、多数入り乱れていては特定は無理だ」
「そうですか、しかし今の状況で襲って来る民兵に、混ざっている確率は高い筈です、出来るだけの特定を頼みます、被害を抑えつつ確実に数を減らしましょう」
「善処する」
マリーとギーが、そんなやり取りをしていると、銅鑼を打ち鳴らす音が響き、最前線の混乱が収まり、王国軍が左右に分かれ道が出来る、その道を一人の騎士がゆっくりと進む
騎士は見事な白銀の鎧を付け、右手にはマリーの斧に匹敵する程の巨大な槍を持ち、左手には、体を覆い隠すに十分な盾を持っている、装備だけでなく、騎士からは一般の騎士とは明らかに違う風格がある
「あの男、強いぞ、装備を見るに動きはそう速くあるまい、私がやろう」
「いえ、私の相手です、私が超えるべき壁ですので」
「目標は魔戦兵だ、目的を見失うなマリー」
マリーは苦笑いすると
「ごめんなさい、ギーさん、あの騎士は私の父なんです」
ギーは少し驚いた後
「ならば尚更だ、私なら無力化すること、、」
「いいえ、それじゃダメなんです、私では無力化出来ないかも知れません、それでも私が向き合わないと、前へ進め無い気がするんです、御願いします、勝負が付けば、戦況は動くでしょう、ギーさんはジギール様に連絡を」
「分かった、その後直ぐに戻る、、」
「はい」
ギーはこれから父と戦うマリーに対して、掛ける言葉が見付からなかった、理由はマリーの敵では無いからだ、マリーは強い、ギーならば勝つことは出来るであろうが、その耐久力、破壊力、ギリギリの戦いになる、対してあの騎士はどうか、パワーレベリングにより感覚も大きく向上したギーには、ある程度敵の強さが分かる
つまり確実に勝てるであろう相手と戦うマリーに、激励などは無意味、その上相手は父親なのである
ギーは、後ろの騎士達に、大まかな魔戦兵の位置を伝えた後、その速度を生かし、後方の本陣へと急いだ
ブリュッセル侯爵が、マリーと対峙する、侯爵は右手に持つ槍をマリーへ向けると
「我が名は、マキシム=ブリュッセル! 王国の剣にして盾也! このマキシムある限り、王国へ牙を向ける事は叶わぬと知れ! 見事な武だ騎士よ、今一度名を聞こう!!」
マリーの前に立つのは、正に王国の剣にして盾と言うに相応しい威厳と風格があった
マリーは小さく「父上、、」と呟くと、真っ直ぐに侯爵を見据え、右手に持つ斧を向ける
「我が名は、マリー=ブリュッセル! 大陸一の英雄の剣にして盾也! このマリーある限り、英雄の道を妨げる事は叶わぬと知れ! 参られよ、王国の守護者よ!!」
こうして父と娘の戦いが始まったのである




