表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第二騎士団団長はふたりの恋路を見守る

 イェレクにとってレキュロスという竜人は、種族の中でとても浮いている同族という認識だった。

 何が浮いているかというと、考えそのものが浮いているのである。


 レキュロスは竜人族の習性でもある「美しいものが好き」「一目惚れした者を死ぬまで愛し続ける」というものを、いたく嫌っていた。

 レキュロス曰く「相手の尊厳を無視している」とのことらしい。

 されどイェレクには、その感覚がまるで分からなかった。


 美しいものは美しいし、醜いものは醜いのにな。


 もちろんそれは、見た目だけの問題ではない。中身も伴った上での話なのだ。

 それに、誰を選ぶのかは相手の自由である。


 竜人族にはは皆美しいものが好きだった。つまりそれは、周りに敵が多いということでもある。その中で振り向いてもらうためには、あの手この手を使わなくてはならないのだ。


 そう。つまり、相手の尊厳を無視しているというわけではない。相手に振り向いてもらおうと、必死なのである。


 されどレキュロスには、その感覚が分からないらしい。何度説明しても首をかしげるばかりで、話にならなかった。

 レキュロス自身が一目惚れをしたことがないのも、要因のひとつであろう。


 こればっかりは、レキュロスが一目惚れするのを待つしかないな。


 そう思い、待っていたのだが。


「……まさか、他国のお姫様を連れてくるとは思わないよな」


 イェレクはそう苦笑いをした。

 レキュロスのお相手はどうやら、他国の姫らしい。しかもとても美しく、妖精のような人なのだという噂が広まっていた。

 しかし彼女は、それと同時に触れた異性を殺してしまうという呪いにかかっていた。そのせいで、ひっそりと息を殺すように離宮に住んでいるという話がこの国にまで伝わってくるのだから、噂とは恐ろしいものである。


 どうやら、レキュロスの兄である王のすすめで嫌々会いにいったのだが、一目見て惚れてしまったのだとか。

 あのレキュロスが一目惚れをしただと? と訝しんでしまったのは、仕方のないことだろう。


 それと同時にイェレクは、花嫁を屋敷に閉じ込めて顔出ししないレキュロスの行動に、疑問を感じていた。


 レキュロスが囲ってまで離さないお姫様って、どんなのだ?


 そう思い、レキュロスに内緒で屋敷に訪れたのだが。

 レキュロスの妻、エメラティーナを見た瞬間、抱いていた疑問すべてが吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。


 エメラティーナの見目は、それはそれは美しかったのである。


 新緑のようにみずみずしく艶やかな髪は軽くウェーブがかかり、緩やかに揺れている。満月のような瞳は爛々と輝いており、一目見ただけで惹きつけられた。

 色の白い肌もほっそりとした見た目も、庇護欲をそそる。

 エメラティーナはまさしく、絶世の美女であった。


 そう。見た目だけなら、絶世だ。国すら傾けられることができる、傾国の美女である。

 イェレクはそう考え、エメラティーナと会話を重ねていったのだが。

 中身もこれまたなかなかなもので、頭を抱えたくなった。


 一言で言うなら「なんだこの可愛い生き物」である。

 しかしそれほどまでに、エメラティーナは可愛らしいのだ。


 自分に自信がないのか常におどおどとした様子で話し、ことあるごとに頬を赤らめ子鹿のようにぷるぷると震える。にもかかわらず相手を不快な気持ちにさせたくないという、いじらしい配慮が彼女の中にはあった。


 レキュロスが囲っておきたくなるわけだ。

 しかもエメラティーナ自身も積極的に外に出たいとは思っておらず、レキュロスといると楽しそうに笑っている。どうやら、離宮で暮らし続けた彼女にとって、外に出られないというのは大した弊害ではないようだった。


 まあそりゃあそうか。外に出たら逆に、好奇や嫌悪の目に晒されるんだもんな。


 そう思ったが、それにしたって解せない。こんなにも可愛らしい姫君を、人間たちはどうして虐げ続けてきたのだろう。

 大切なものならなんでもかんでも懐に入れて守ろうとする竜人族とは、一生気が合わなそうだった。


 ただ、レキュロスとの生活は幸せそうで何よりだ。

 イェレクが余計なことを言ったせいで、なんだか大変なことになったようだが、いずれバレる内容だったので良しとしよう。むしろイェレクは、良い仲介をしたのである。そう、イェレクは自分を納得させた。




 そうした日は経ち、エメラティーナに出会ってから早三日。

 イェレクは騎士団長室にこもり、普段通り仕事をこなしていた。

 のだが。


 休憩中ともに食事を取っていたレキュロスから発せられた一言に、うっかり手に持っていたパンを落としてしまった。落ちたパンは運悪くバウンドし、テーブルから転がり落ちる。しかしそれすら気にならないくらい、イェレクはレキュロスからの一言に放心していた。


「イェレク。エメラティーナの祖国を滅ぼしたいんですが、王の許可は出ますかね?」

「……は? え、ちょま……何言ってんのお前!?」


 どうやら、今日はいつになくご乱心のようだ。

 イェレクはレキュロスの無表情を見て、そう思う。レキュロスは苛立つことがあったとき、表情が凍るのだ。苛立ちが強ければ強いほど、それは強くなる。

 長年の付き合いからその度合いがなんとなく分かっているイェレクは、レキュロスの怒り具合に恐れおののいた。


「お嬢ちゃんと何を話したのか知らないけど、ほんとやめろよ!? てかお嬢ちゃんは、国同士の同盟も兼ねて来てんだよな? なら余計にまずいだろう!」

「しかし……エメラティーナが離宮でされてきたことを聞けば聞くほど、胸の内側にどす黒いものが湧き上がってくるのですよ、イェレク」

「何それこわい」


 パンドラの箱か何かだろうか。


 イェレクは、エメラティーナが離宮でされてきたことを思い震えた。

 思えば彼女の卑屈さは、祖国での扱いからきているのである。

 エメラティーナの周囲の人間たちは、彼女を価値のないものとして捉えたのであろう。たかが、呪いひとつで。


 それらを思えば、確かに国をひとつ滅ぼしたくなるのも分かる。

 しかしよくよく考えなくとも、エメラティーナがそんな呪いにかかり、祖国で虐げられていたからこそレキュロスのもとに嫁いできたのである。ある意味、祖国のおかげと言えよう。

 そう伝えれば、レキュロスはふふ、と笑った。


「確かにそうなのですよ。その点だけはとても評価しています。ええ、その点だけは」

「いや、ほんとやめろよ……国まるごと焼き払いそうな空気醸し出すのやめろよ……お嬢ちゃんが悲しむぞ?」


 イェレクの説得の甲斐あってか、レキュロスはそこでようやく溜飲を下げてくれたようだ。

 イェレクはホッとした。同盟国とドンパチするにしても、大義名分がなければ意味がないからだ。戦争をやるには、理由というやつが必要なのである。


 そしてエメラティーナ自身も、別にそんなこと望んでいないだろう。優しい姫君だ。自身のせいで見たこともない国民が死んだと聞けば、卒倒してしまいそうである。


 しかしそんなふうに憤るレキュロスを見て、イェレクはどこか安心していた。


「……お前が伴侶見つけて良かったと、ほんと思うよ」

「……なんですか。唐突に」

「いや、だってさ、お前。さみしがり屋なくせに、頑固じゃん。このまま一生独り身だったらって思うと、なんか友人として悲しくなる」

「……うるさいですね」


 レキュロスはそう言うと、そっぽを向いた。どうやら図星らしい。それを見たイェレクはくつくつと喉を鳴らした。


「お嬢ちゃんのこと、幸せにしてやれよ。何があっても手放すな」

「……そんなこと、分かっていますよ」


 そう言い、レキュロスは頬杖をつく。

 そして気だるげに続けた。


「これから先わたしが愛するのは、エメラティーナただひとり。それ以外はいりませんから」


 イェレクはそれを聞いて、これは重症だな、と思った。惚れた腫れたレベルの問題じゃない。依存しきっている。

 他の竜人族なら、相手が死んでからまた別の相手を探す。だがレキュロスは、絶対にそれをしないと宣言したのだ。

 これから先何百年と生きる中、過去の亡霊にすがると。


 イェレクは肩をすくめた。


「なあお前。それでいいわけ?」

「なんとでも。それにわたしは、エメラティーナが死んだら彼女の生まれ変わりを探すつもりですので」

「……え、マジ?」

「もちろん。どこにいたって、必ず見つけ出してみせますよ。エメラティーナとも、そう約束しています」


 訂正。重症どころの騒ぎじゃなかった。致命傷だ。

 たったひとつの美しいものにここまで執着するのは、竜人族の中ではレキュロスひとりだろう。


「なんかすごく心配だわ……」

「止めますか?」

「いや、止めないよ。愛の形なんて人それぞれだし、俺がとやかく言うことじゃないでしょ。同意の上なら、なんでもいいと思うぜ。ただまぁ、なんかあったら相談してくれや」

「……相変わらずの、お人好しですね」


 レキュロスはそう言い飽きれていたが、どこか嬉しそうでもあった。どうやら、イェレクならそう言ってくれるであろうと思ってくれるくらいには、信頼されていたようだ。

 なんだか複雑な気持ちになりつつも、イェレクはパンを口に放り込む。


「お前の気持ち、分からないでもないからさ」


 そう言い、イェレクは笑った。

 そう。分からなくもないのだ。その相手が本当に愛していた人物なら、なおさら。

 しかしそうも言っていられないのが、竜人族と言う生き物である。


 竜人族には、寿命と言った概念がなかった。死ねば終わるが、死ななきゃ続く。気の遠くなるような時間を少し続ける彼らは、そうやって伴侶を変えなければ生きていけないような、脆弱な種族なのである。


 ゆえに、レキュロスの強さはイェレクからして見たら眩しくもあった。

 それにレキュロスならば、エメラティーナの生まれ変わりを見つけそうだと。そんな確信めいた何かがあったからかもしれない。


 イェレクはそんなことを思いながら、これから先もふたりの恋路を見守っていこうと。そう心に決めた。










 ――それから百年後、攻め入ってきたエメラティーナの祖国を滅ぼすことになったり。

 百五十年後、レキュロスがエメラティーナの生まれ変わりを本当に見つけてきたりしたが。

 それは、まだまだ先の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ