JD-087.「山頂は遠く、障害は近く」
最初に出会った時と同じように、マリルは滑るように足元へとやってくる。
見上げてくる瞳には可愛さもあるが、力強さも感じた。
「マリルさん、こんにちは」
『うむ。お嬢さん方も元気そうだな。と言っても昨日の今日だ。それより、火山に登るそうではないか』
受付の前で話し込むのもどうかと思い、適当なテーブルに移動してマリルを上に乗せる。
話すにはこのぐらいの方が楽だからね。マスコット感も増しちゃってるけれども。
「そうなんですの。お手伝いいただけるんですか?」
「はわわ、でも……毛皮が焦げちゃうのです」
2人にマリルは答えず、おもむろに自らの体を何かの膜で覆って見せた。
触ってみるとひんやりというか、少しぬめるというか。
そういえば、暑さ寒さが平気って言ってたよな。これの事だろうか?
フローラが勢いよく膜に触ると、表面でマナが動くのがわかるから恐らく間違いない。
「耐火ジェル……?」
『ジェルとやらがなんのことかはわからないが、火に耐えるという点ではその通りだ。
私が生きている限りこの術は永続する。負担も少ないからな。
さて……友の悩みだ、お付き合いさせてもらおうか』
「よろしく頼むよ」
握手代わりにヒレに手を伸ばすと、器用にそこだけ膜がどいて直に触ることができた。
便利だな、この貴石術……いや、マリルの腕がいいのかな?
外周部からゆっくりと、という条件で俺達は火山へと出発する。
スフォンの街に一番近い火山には特に名前が無いらしい。大きな噴火をしていないせいだろうか。
いつぞやの源泉がある場所とは少し違うルートを通る俺達。
こちらは森が深くなく、どちらかというと地面に草なども少ない。
ややごつごつした黒い岩肌が見えるところを見ると、こちらは溶岩が流れてきた方向なのだろうか?
「ご主人様、足元崩れやすいから気を付けてね」
「とーるはボクたちより重いからねー。わわっ」
ゆっくり目に歩いていたジルちゃんと違い、いつものように飛び跳ねるようにしていたフローラだったが、何かに足を取られ見事にこけてしまう。
どうやら開いていた穴につま先がひっかかったらしい。
「大丈夫ですの? ああ、ちょっと怪我してますわ」
「ごめーん」
やれやれと呆れるニーナと同じ気持ちを抱きながらも、怪我をしたというはずのフローラのそこから血が出てこないことに改めてドキッとしてしまう俺がいた。
『気の持ちようであろうよ。人が人であるには心だ。そうであろう?』
「……そうだよな」
色々と見透かすようなマリルのささやき。
これまでにも戦いで怪我をしているというのに、こんな些細なことで改めてこんなことを感じてしまうなんて……。
『我らが忌諱の目で見られるような物だ。逆に全く感じないというのもおかしいもの。
ただ、4人共が付いてきてくれているというのは万の言葉より勝るのではないかな?」
「ははっ、マリルがどこかの長老みたいに感じるよ」
俺より10歩ぐらい先を行くジルちゃんたちの背中を見ながら、俺はマリルの言葉に背を押され、遅くなりかけていた足を速めた。
そうして、やや木々が細いような、と感じた時。俺は初めての気配を感じ、聖剣を構える手に力を込めた。
見える範囲には特に動きがない。となると……上か!
「させないのです!」
叫びと共に小さく生み出される岩の小盾。
何も支えがないそれは空中からの攻撃にはじかれるが、時間を稼ぐぐらいは出来るわけだ。
「ふっ!」
タカのような、いわゆる猛禽類というやつであろう鳥が真上から襲い掛かってきたのだ。
カウンター気味に聖剣を振るえば、その羽根が切断されて大地に転がる。
赤ん坊ぐらいなら持って行かれそうな体をしてるな。
待てよ……赤ん坊ぐらい?
俺だけでなく、ジルちゃんたちも鳥を見て、そしてマリルを見た。
『……上は頼むぞ』
「うん。まかせて」
そうして、マリルを中心に前衛にニーナとジルちゃん、左右にフローラとラピス、後ろに俺となった。
俺としては前でもいいのだけど、マリルに何かあった時に全員を支援できる位置というのは重要だ、と言われた。
なるほどと納得した俺はその分支援に徹することにしたのだ。
撤退の合図も出すのは俺なんだし、当然かもしれない。
山肌は森という感じから火山という言葉が似合う光景に景色が変わって来た。
今のところ、出会ったのはやや赤い体のゴブリンやオークが主だ。
食生活とかで見た目も違ってきてるんだろうか?
『む、右岩場の影を見よ。何か怪しい奴がいるぞ』
「大きいトカゲなのです!」
のっそりと岩陰から顔を出してきたのは焦げたような黒みがかった赤い体。
ジルちゃんたちが1人なら背中に乗れそうな大きさ。顔つきはトカゲだが、ごつごつした肌は防御のためだろうか?
その火山トカゲはこちらに気が付いているのかいないのか、徐に足元の黒い岩にかじりついてがりがりと咀嚼し始めた。
そう簡単にはいかない硬さの岩のはずだ。
「かまれないようにしませんと……」
「どうする? やっちゃう?」
どう攻めるか、指示を出そうとした瞬間に相手がこちらを見て口を開いたのがわかった。
こういう時に何が起こるかなんて昔から決まってる!
「岩壁! ラピスは冷やして!」
視界が岩壁によって閉ざされるのとほぼ同じく、何かが俺の背丈ほどの岩壁に当たってベチャリと音を立てるのがわかる。
そうしてラピスの放った冷気は岩壁を冷やすだけで温い風となるほどの熱さだった。
連射は出来ないと踏んだ俺はそのまま岩壁を足場にするように飛び上がり、空中に躍り出た。
視界の先には口を開いたまま固まっている火山トカゲ。音からしてブレスというより唾液の塊のような物を吐いてきたんじゃないだろうか? 直撃はしたくない物に間違いないだろう。
落下の勢いそのまま、火山トカゲがこちらに気が付く前にその首を切り落とした。
『なるほど。並の人間では防ぎきれまい』
「ボクの風で飛ばすとあちこち飛んで行っちゃいそうだね……うーん」
遠距離からの攻撃がありうるとなれば、これまで以上に周囲を警戒しなくてはならない。
自然とゆっくりとなり、ある程度進んだところで少し日が傾いてきてしまった。
なだらかな火山は進んでいるようでも距離感を感じさせない。
そうこうしているうちに、夕方も近い。戻るか、行くべきか。
「マスター、戻りますか?」
「そのまま野宿は危険だからなあ……」
周囲に警戒しなければいけない場所での野営というのは正直、大変だ。
大きな岩場等を背に出来ればいいのだけど。
「あっ! ご主人様、あれ」
「おお、穴が開いてるよー」
岩肌と木々の境目あたりに、岩の色と木々の色以外の色、つまりは暗闇があった。
警戒しながら近づくと、洞穴であることがわかる。
高さは俺よりやや低め、ジルちゃんたちなら余裕というところだ。
幅的には俺が両手を広げていけるぐらいだから結構な大きさ。
マグマの通った道だろうか?
「変な匂いはしませんから何も住んでないみたいですわね」
「うん。動物さんの匂いはしないよ」
明かりを投げ入れてみるが、奥行きは大よそ20メートルほど。
後ろも警戒しつつ中へ……突き当りにはネズミが出入りするのが精一杯ぐあいの穴がいくつも空いている。
ここから向こう側にマグマが流れていったのだろうか?
「自分がこの穴をふさいで、入口の方を見張ってればいけるです?」
『そうだな。少なくとも、外で夜を過ごすよりは楽そうだ』
換気はボクに任せてよ、とフローラが続き、外に出た時には空がだいぶオレンジ色になっていた。
マリルに警戒用の貴石術、なんて言う物を教わり、全員でそれを入り口付近にかけていく。
見張りとして最初は俺、後は皆で交代とした。
ジルちゃんたちがここは譲ってくれなかったんだよね……。
何事も無いことを祈りつつ、一足先に仮眠に入る俺。
やはり疲れていたのか、思ったよりも早く俺の意識は途切れたのだった。
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