JD-086.「異文化コミュニケーション」
その日の朝も、スフォンの街はいつもの賑わいを見せていた。
まだ朝靄も引かないうちから港には威勢のいい声と鐘の音。
うるさいと怒る人は極々僅か……元々街にいなかった旅人ぐらいな物だ。
なにせ、鐘の音は船が出航する合図であり、漁から帰ってきた時にも鳴らされるものだからだ。
今回は夜にしか獲れない物を狙った船が戻ってきた時の物だろう。
いすれにせよ、街にとっては呼吸のような物。
この音が響いたら、誰でもなく漁の無事を祈り、あるいは帰って来た合図であれば成果を確かめに駆け寄るのだ。
と、そんなことを街の人に教えてもらった俺達だけど、今日は全員起きてしまったのでせっかくということで港に来ている。
邪魔にならない位置からその様子を眺めていると、沖合から大き目の船が数隻戻ってくるところだった。
そうして接舷され、梯子のような物が渡されて中の人が出てくる。
その中には白い、あるいはグレーの毛皮の持ち主もいた。
そう、シルズである。
見た目はただの大きなアザラシだけど、貴石術を使って滑るように移動しつつ、桶を器用に背中に乗せている。
一緒に漁をしたであろう人たちからも変な視線は来ていないようだ。
むしろ、凄腕と思われているのではないだろうか?
次々と運び込まれる魚介類を見るとそう思う。
現に、シルズの面々はことある度に撫でられたり、漁師の奥さんだろう女性陣に抱きかかえられては……んん?
「完全にマスコットと化してますわね、あれ。マスターも勧誘しますの?」
「すべすべ、気持ちいいの」
確かにマリルの手触りは高級毛皮も勝負にならないほどの非常に気持ちのいいものではあったけど……。
中身にいい歳の大人もいることを考えると不憫ですらある気がする。
「可愛すぎて誘拐とかされてしまいそうなのです」
「ボクも持ち帰りしたいなー、駄目?」
駄目に決まってるでしょう……うん。
見ている先でもシルズは抱きかかえられたままだが、嫌がる様子はあまりない。
もしかしたらこういう扱いに慣れてるんだろうか?
幸いにもその魔の手から逃れ、荷物を運んでいるシルズ達もいる。
その中の1人に覚えがあったのでついていった先は、倉庫であった。
箱に同じ種類の魚たちが詰め込まれ、貴石術による氷がどんどんと生み出されては箱詰めされている。
まるで日本の漁港のようであり、ちょっと不思議な光景であった。
電気がないから氷を作る製氷機なんかも無いはずで、どう保存してるのかと思っていた答えが目の前にあったのだ。
『あ、トールさん達じゃないですか。お買い物ですか?』
「ちょうど君たちが来るのを鐘の音で知ったから見学に来たんだ」
キュウキュウという鳴き声に副音声のように聞こえるシルズの声。
声の主は、つい先日ジルちゃんたちが乗ったうちの1人。
頭にハートマークの模様があるからすぐにわかる。
高い声が響く通り、メスというか女の子だ。この子は若いのかな……?
『そーなんですかー。あ、このイカおすすめですよ。揚がったばかりです』
「どうだい、兄ちゃん。安くしとくぜ」
彼女の言葉を受けての売り込みに断るつもりもなく、まだ動いているイカを適当に買い込む。
朝ごはんにちょうどいいね。
『またですよー!』
小さめのひれを器用に振るシルズの女の子と別れ、既ににぎわい始めている街へ。
あの船以外にも到着した船がいるようで、あちこちに魚などが運び込まれては商人であろう人同士が会話をしては運んでいる。
生で運べる範囲には限界があるからな……みんな必死だ。
そのまま街を歩き、何回か行ったことのある食堂へとイカを持ったまま入るという普段なかなか実行できないことをやってみた。
手間賃で料理してくれたし、余った分の買い上げまでしてくれるとは良いお店すぎる。
「ご主人様、アザラシさん……じゃなかった。シルズさんは皆と仲良くできそうだね」
「うん。一安心だね。フローラの貴石もゲットできたし……後は火山かなあ」
「ボクたちも行ってみないとわからないんだよねー。火山は貴石の宝庫だから」
そう、フローラの言うようにこの世界の火山地帯は貴石の宝庫だ。
その辺は地球のそれとあまり変わらないかもしれない。
マグマから色々と噴き出して……というわけだ。
問題はその分、貴石の気配が混ざってしまうということ。
勿論、5人目の宿っていない貴石だったとしても十分価値があるのだけどね。
「まずは情報収集なのです」
「この後にでもギルドに寄ってみましょうね」
大事な事を言っているのはわかるけど、みんなゲソが口からはみ出していたり、丸ごとあーんってしようとしてるのはやめておこうね。
可愛いから、いいんだけど……さ。
「危険しかないですよ? 正直オススメはしません」
火山について、を聞いて開口一番の話がこれだった。困ったような顔をして俺とジルちゃんたちを見て、さらにもう一回俺を見る。
最近噴火していないらしいけどそんなに危ない場所とは……。
「そんなに危ないんですか? あちこちにマグマの穴があるとか?」
「いえ、それはないとは思うんですけど、依頼が無いので行く人も少ないんですよ」
その言葉で大体察することができた。
普段街道や街道沿いが比較的安全なのは、そこを対象にした依頼があり、間引きのように冒険者らがモンスターを討伐しているからだ。
後からどんどん湧いてくるようにいつのまにかいるとはいえ、それでも狩っていない場所とそうでない場所では明らかに密度が違う。
だからこそ、森の奥などは大変だとされるのだ。
「出ている依頼も半分以上は塩漬け、まあ達成の見込みがないけど出しっぱなし、というのがほとんどです。うーん、どうしてもなら外周から少しずつ進んで、無理だと思ったら戻るというのはどうですか?」
「ありがとうございます。そこまで考えていただいて……」
本当ならギルドは仲介でしかなく、責任を負う場所ではないわけで、口出しもよほどしないはずなのだ。
それなのにこうして親身に忠告してくれることに頭を下げるしかない。
「いーえ、トールさんたちは不思議と面白い結果を持って帰ってきますからね。
シルズちゃんの手触り……フフフ……っと、失礼。
過去噴火した記録を持ってきますので少々お待ちくださいね」
お姉さんの隠れた一面を目撃した気がしたけど、こういう時はスルーが正しいのだ。
ジルちゃんたちは後ろでシルズの数人と戯れている。
側には他の冒険者や、街の人もいるからすっかり人気者だね。
区分けがされているのか、すぐにお姉さんは戻って来た。その手には数センチの紙の束。
「大噴火、は記録に無いですけど山肌を少し流れてきたという話はそこそこありました。
何か参考になるといいんですけど……」
「いえ、これだけでも助かりますよ。……マグマの中にモンスターがいるんですか?」
読み始めてすぐ、共通した項目に気が付く。と言っても、書いた人が重要事項として赤丸を打ってるからすぐにわかったんだけど。
そこには、赤い魚と蛇には気を付けろ、とある。
どちらもマグマの中を泳いでいたらしい。
「そのようですね。私は見たことがありませんが……。
道中も他とは違う個体が出るようですのでお気をつけて」
資料を返す頃には俺の気持ちは随分と引き締まっていた。
無理せずに行ける所より1歩前で戻ろう、と思うぐらいには。
『友よ、困っているようではないか』
そんな背中にかかった声は……他でもない、マリルの物だった。
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増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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