JD-082.「小島を取り返せ」
「速いな……!」
海原に出たシルズと俺達を海のしぶきと風が襲う。
この海に住んでいるシルズにとってはなんでもないだろうけど、俺としてはいつ落とされるか怖い時間だ。
波乗り状態だとしても限界がある。
緊張が伝わっていたのか、波を砕くように進んでいた動きが波を乗り越えるような物になって少し静かになる。
その分、速度が落ちてしまう動きなのは俺にもわかる。
俺の事は気にせず、落ちたら拾ってくれ、そう言おうとした時、特徴的な眉毛のある顔が振り向いた。
『左手にマナを集中させたまえ。波長を合わせ、それを私とつなぐのだ。
マナは万物共通、ならば一体化も容易だ』
「なるほど。こう……か?」
貴石術になる前のマナの高まり。その力をそっと塗り込むようにマリルの首筋に当てると、確かな手ごたえと共に、半透明の握り手が産まれた。
『そうだ。天然の手綱というわけだ。昔はこうして我らは海を人間と共に駆けていた』
ぐっと、速度があがる。最初と比べればシートベルトをしてるかいないかぐらい安定感が違う。
これが……波長を合わせるということか。言われてみれば、同じ貴石術を使う時に近いように思える。
ふと横を見ると、ジルちゃんたちはこの辺を自然にこなしているようで、きゃっきゃと声を上げながら速さと波しぶきに身を任せている。
唯一、ニーナだけは泳げないからか表情が硬いようだけど……。
地球でいうモーターボートやエンジン付きの船のように加速が続き、もうそろそろ岸辺がギリギリ水平線に見えるかなという時。
視線の先に島が見えてきた。大きさ自体はドーム球場ほどに思えるが、大きいような小さいような、微妙なところ。
そんな島に、動く影がある。
「あれがそうか。動いてるのは敵でいいのか?」
『うむ。半魚人共が仲間を連れてある日、襲撃してきたのだ』
一瞬、この前のシーゴーストの残党かと思ったんだけど、どうも結構前かららしい。
そのことに安心しつつも、島にうごめく影を睨む。
「このまま上陸してくれればすぐに戦うよ」
『了解した。期待する』
彼らにしか聞こえない合図でもあったのか、いつの間にかみんなのシルズも近くに集まり、5人で突撃の姿勢を取る。
「まずは飛び込んでフローラの風で飛ばしつつニーナの盾でガード。3人で数を減らすよ!」
「わかったよ、ご主人様」
「お任せなのです!」
岸辺にいる連中がこちらに気が付き、騒ぎ始めたようだが……遅い!
浅瀬に乗り上げ、速度が落ちた衝撃を逆に利用して俺達は島の連中に襲い掛かった。
ちょっと卑怯かな?
一番近い位置にいた半魚人は武器を持っていない。
それでもその腕でこちらに殴りかかろうとしたが、聖剣の前にそれは無意味な行為だった。
刺身に包丁を入れるかのようにぬめるような手ごたえだけを残し、半魚人は石英ごと割られて溶けていく。
「どいつに追い出されたんだ?」
『近くにはいないのか、去って行ったのか……』
つまり、当時者は今はいない、わからないということだ。ただまあ、それならそれでやることは簡単だ。
シルズ達の援護を受けつつ、それぞれに撃破していけばいい。
木々の陰から、半魚人やスケルトンの類がわらわらと出てくる。こいつら、どこに隠れていたんだか。
ただ、どいつもこいつも、まともに武器を持っていない。
たまに持っていたかと思うと、錆び錆びの今にも壊れそうなものか、風化した白い棒状の物だ。
(これは……もしかして)
「マリル、シルズが思ってるよりこいつら、疲弊してるんじゃないの? 仲間が合流してる気配がないよ」
『然り。そのようだ。取り越し苦労だったのだな……』
正直、このぐらいならシルズ達が海辺から貴石術を撃ち込んでいくだけでも終わっていたようにさえ思える。
「1つ……2つ、次はどこ」
「えいやー! あははっ、ぽきって折れたよ!」
ジルちゃんたちの戦いも順調なようだ。白や青、緑といった髪が揺れ、少女たちがアザラシなシルズを率いて駆けていく。
ひどく似合うのは、みんなが貴石人と呼ばれる存在だからだろうか?
「そういえば、なんでこの島は襲われたんだ?」
『今となっては不明だが、このあたりは良い海だ。
海流がぶつかり合う場所だからな、獲物は豊富なのだ。
何かに使う、という点では資源も多いと言えよう』
海流で物がたまりやすく、少し離れた場所では魚も多い、と。それが狙いとするなら、奴らに増援の気配がないのが気になるな。
しかし、これは使える。
上手く調整したら、人間にも大きなメリットになる。
つまりは、シルズとの共存の芽が出てきたということだ。
問題は海にポツンとある島なので、波風による浸食だ。
「この島、もう少し大きかったと思うんだが」
『うむ。貴石術による補助が無ければ後退も早まるだろうな。
我らが住み着けば逆に維持できるぐらいではあるのだが』
彼の説明によると、土系統の貴石術で浸食は一応防げるらしい。
島の周囲を囲むように展開するというから、彼らの力が高いことがうかがえる。
こうしてる間にも、出てくる相手を順次討伐し続け、いつの間にか島を一周できた。
普通の人間の足だと2、3日というところかな。
俺とジルちゃんたち、そしてシルズは普通じゃなかった。
倒した敵の数も相当な物だ。中身は……正直、弱かったけれども。
『あの丘の方へと一緒に来てくれたまえ』
マリルに誘われるままに丘にあがると、そこには明らかな人工物が1つ、鎮座していた。
見覚えのある姿、街にあった結界用の機材に似ている。
『壊そうとは思わなかったようだ。皆でマナを込めてみてもらえるか?』
「わかったよ。みんな、集中!」
「「「はーい」」」
装置の天辺、濁った球体に手を乗せ、マナを注ぎ込む。すると、わずかな手ごたえと共に周囲に波のような気配が広がっていく。
覚えのある気配だ。
『感謝する。これでこの島は不浄の輩は近寄れまい。ああ……懐かしい気配だ。仲間もここに呼ぶことが出来る』
「それなんだけど、人間と付き合いを再開しないか?」
そう、俺が考えていた人間との付き合い方は、善意だとかではなく、お金による繋がりだった。
こちらにも問題がないわけじゃないけど、個体数減少による同情に訴えるのも弱い気がしたのだ。
そこで、この場所を利用した漁の提案である。
貴石術に長け、頭もいい彼らなら十分な量の成果を得られることだろう。
『なるほどなるほど。それはいいやもしれぬ。
まずは何事も手順を踏むのが人間社会だと知っている……ふむ、私が行こう』
「いいのか? 代表者というのは危険が無いわけじゃないけど」
俺達と一緒に人間の街に赴くと言い放ったマリルは彼らの中でもお偉いさんだ。
確かに代表者にはふさわしいと言えばふさわしいけど、万一があったらと考えると少々、怖い。
しかし、本人の言うように権限のある存在が交渉の場に出てくるからこそわかる誠意という物もある。
どちらがいいかは一概には言えない。
ただ……当人が選び、周りも反対しないというのであれば、俺達に出来るのは付き添いと応援ぐらいなものだ。
『自分が前に出ねば得られるものも得られぬだろう。よろしく頼む』
こうして、姿はアザラシ、頭脳は大人、そんなシルズの背に乗って俺達は街の地下道にこっそり戻り、マリル1匹だけを連れて地上に上がるのだった。
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R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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