JD-081.「海辺の知識人」
簡単なはずの依頼から一転、俺達は不思議な空間に来ていた。
いや、場所そのものは変な場所ではないかな、文化を感じる。
ただ……そこに住んでるらしい人(?)たちが人間の姿じゃないというだけで。
よくあんな椅子に座ってるなあのアザラシ。
あっちは普通に歩いてるじゃんか……えええ?
『そんなに我々が珍しいかね?』
「まあ、喋るアザラシも初めてだけど、あんな風に動くのはもっと予想外だ」
「マスター、実際には歩いたりしてませんわよ、あれ。貴石術でみんな動いてますもの」
問いかけに答えつつも、ラピスの言葉に改めて周囲を見る。
壁には灯りの道具でも埋まっているのか、ほのかな明かりが明るすぎない程度には照らしており、かといって暗いという感じもない、ちょうどいい明るさだ。
この感じ……空調も入ってるんじゃないか?
よくよく見ると、確かに歩いてるアザラシの足元にはここに来る時に見かけたような力の気配。
ということはわざと歩いてるように見えているだけ、か。
『その通り。ああ、自己紹介がまだだったね。シルズが次期長、マリルだ』
目の前の彼(?)はアザラシ、もといシルズのお偉いさんだったようだ。
言われてみれば、毛皮もどこか周囲よりやや豪華というか、しっかりしている。
洞窟内部の他の個体が全体的に白いだけに対して、規則性を感じる模様があるからね。
「ジルはねー、ご主人様と一緒に旅してるんだよ」
「自分やみんなもそうなのです!」
俺の腰に抱き付きながら、そんな事を言ってくれる2人に頬が緩むのを感じる。
見れば、他のシルズ達も興味深そうにこちらを伺っている。
今のところ、好意的な視線の様だけど……。
『なるほどなるほど。それでこの気配。探し物はいつもと違う何か、かな?』
「わかるのか……すごいな。そう、彼女たちのために貴石を探しているんだ」
一発でこちらの狙いを言い当ててきたマリルに、内心の驚きを隠せない俺は降参とばかりに両手を上げる。
空間内に見える家具等には確かな技術を感じる。そんな彼らが、ただの動物であるはずもない。
考える頭を持ち、会話が可能な……海人というべきだろうか?
『人よりも長い寿命を持つ我ら。知ることも多い。が、それの対価は何を差し出せる?』
「まだお互いの価値観が良くわかっていない状態だ。人間の金銭はあまり意味が無いだろうなとは思うけど、こういったものが対価となるのだと教えてもらえないだろうか?」
ニィ、とマリルが笑った気がした。いつの間にか太い眉毛が生えてきている顔がそんな感じに変わったように思えたのだ。
ふと、考えることがある。
人間はその姿でもって人間と認識しているという話。だから人間であっても何らかの事情で遠く離れた姿には人間を認めることができず、逆に別の存在とわかっている相手が人間過ぎると恐怖を感じるといったことだ。
宇宙や異世界の旅先で、人間の姿をしているが脳みそ等の都合でどうしても知能が持てないような生き物を見つけた時、彼らを家畜にしている存在が友好的に接してきたとする。
人間はどちらの味方をしてしまうのか、そんな話もどこかで見た気がする。
つまりは、俺はもう目の前のシルズがアザラシには見えなくなってきたのだ。
どこかこの体を通してどこかにいる人間が喋っていても不思議ではないような感覚。
でも、確実にしゃべっているのは目の前の、彼らだ。
『かつて、我らは人と共に海に生きていた。時に我らの背に人を乗せて海原を行く。
だが……世界は変わってしまった。とある国では友人となり、とある国では異形と扱われ、我らは数を減じた』
マリルの語りが唐突にだが、始まった。内容は興味深く、シルズと人間の歴史だろう。
やはりというかなんというか、受け入れなかった人間が相当数いたのだ。
『果たして同胞は今、どれだけ生き残っていることか。人間よ、貴石の娘よ、我らの要求は1つ。他所で我らの同胞を見かけたら伝えてほしい。我々がここにいることを。再起の道は途切れていないと』
悲痛な思いを感じる願い。それは俺だけではなく、ジルちゃんたちも聞いている。
結果、彼女たちは涙ぐむこととなった。皆、優しいからね。
「まだ人間と共に歩く気持ちはあると見ていいのかな?」
『無論。他者と接してこその文化だからな……なるほどなるほど』
俺の気持ちに気が付いてくれたようだ。対価とは違うけど、この街の人間に話を持って行ってみようかということに。
前例はある、ハニービーだけでなく、話せる魔物と共存している例は結構あるらしいからね。
『いざとなれば動物として、獣として、海に潜るだけの事。さて、まずは我らと君らの交流と参ろうか。残念ながらすぐそばにはそちらの求める物はないが、討伐に関する話ならある』
ちらりとよぎるのは謎の雷雲。だけどマリルが言い出さないということは近くにはいないようだ。
なんとなく、ここでごまかすような相手じゃないともう感じているからなのだけども。
「石英を集めるのも目的だからね、問題ないよ」
「戦いが自分を待っているのです!」
「何を倒すのー? 魚? イルカ?」
元気な答えのニーナたちを眩しそうにマリルが見、俺を真剣な表情で見てくる。
そこには確かに、獣ではなく知性の光が宿っているのを感じた。
『我らの狩場のそばに少々厄介な連中がいるのだ。母体であるシーゴーストからはぐれた連中だが、何とも数が多いのだ。手伝いを求めてもいいかね?』
再び聞くとは思っていなかった言葉、シーゴースト。
つまりはその連中というのは半魚人や船にいたスケルトンの類だろうか?
「マスター、リベンジですわね」
「今度は完封する」
気合が満ちてきた二人に頷いて、俺も承諾の返事代わりに頷く。今度は油断なし、全力だ。
誰も危ない目に会わせるわけにはいかない。勿論、俺自身もだ。
自分を大切にしてこそ誰かを大切に出来る。
なんとなく、俺の事を心配するジルちゃんたちを見ていてそう感じているのだ。
そんな俺達に、今回の話を断る理由は無かった。
『ならば乗りたまえ。かつての仲間のように、共に行こう』
するりと、マリルは来た時のように水のような物を足元というか胸元に生み出し、俺に背を向けて待機した。
横にはジルちゃんたちが乗るためなのか、やや小柄なシルズが計4頭。
「ふわー……ふかふかだよ、ご主人様!」
「癖になりそうですわね」
どちらかというと、感触に喜んでいるジルちゃんとラピスだけど、対してニーナとフローラは少々毛色が違う反応だった。
「意外と滑らないのです。これなら片手で維持して防御も可能なのです」
「飛ぶときに蹴ったら痛いよねー? どうしようっか……え、少しならいい?」
常にガードの事が頭にあるニーナに、如何に飛び出すかを考えるフローラ。
いつの間にか自分の乗っているシルズと交流を図り始めている。
少し緊張しながら、マリルの背に乗ると確かに思ったより安定している。
そっと背中に手をやると、吸いつくようにして手のひらになじみ、その毛並みも握るには十分だった。
『では参ろうか』
「わかった。やってくれ!」
子供の頃に乗ったゴーカートのような若干のGを仲間に、俺達は洞窟を走り、そして入ってきたのとは別の場所から海原に飛び出した。
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