JD-080.「人とは? 獣とは?」
海には男のロマンがあると前に言った。しかし、他にもロマンはある。
むしろ、男の子の行くところにロマンがあるのだ!
ザッパーンと音を立てて押し寄せる波を前にして、俺は腕組みしつつそんなことを考えていた。
「ラピス、ご主人様お疲れ?」
「いいえ、あれは殿方がたまにかかる病気ですわ」
「病気です!? 休んでいただかないとなのです!」
「とーるは皆で看病しないとね!」
……ひどいな、みんな。
俺がせっかく、良い気分に浸っているというのに。
まあ、男女が違えばそんなもんか。
「病気でも疲れてるわけでもないよ。それより、ここであってるのかな」
「そのはずですわ。区画1番の水路を降りてまっすぐ行った先、ですもの」
街の地下を走る水路。その水路自体は何本も街の地下にあり、いくつかは崩れているようだけど、今回通った場所のようにしっかりしたものもある。
一番海に近く、大しけの時なんかには逆流してくることもあるらしい場所だ。
今は干潮時間なのか、水路を流れる水が海に落ちていっている。こんな場所に何を見たというのか?
5人そろって件の場所に来たのだが、岩肌ぐらいしかない。
「何もないです? あれ?」
きょろきょろと周囲を見つつも依頼内容を思い浮かべる。
ニーナの言うように、何もないのだが……依頼の内容は怪しい大きな影を見たというこの場所の探索だ。
山側の依頼はナメッコの被害が頭に浮かびそうだったので、俺は今回は海側の依頼を探し……これを見つけた。
つい先日、この付近で魚ではない泳ぐ影を見かけたとのこと。
知られていない魔物であればいけないのでという内容だった。
海で泳ぐ魚以外とすると、この前の半魚人やイルカを除くと……。
例えば、アザラシなどだろうか?
何か見つかればわかるだろうけど、何もないな。
「ご主人様、この辺おかしい」
「え? ふむ……」
ジルちゃんがぺたぺたと触る岩肌は、周りと特に違いを感じない。
しいて言えば、海藻の類がついていないぐらいか……はて?
「こっちは一杯海藻がついてるな。なのにここだけ何もない?」
「えっとね、このあたりだけ四角いの。こうやって……こう」
小さな腕を目いっぱい伸ばしてジルちゃんが再現する大きさは大よそ人間大の扉ほど。
なるほど、わかりやすい。何か隠されてるわけだ。
「離れてて」
「はいなのです!」
「とーるの出番だね!」
皆の期待の視線を浴びながら、聖剣を切れ味最大にして適当にさくっと。
そのまま切り取るようにずずずっと動かしていくと、確かに剣先のほうには空洞を感じた。
そして……かぽっと音を立てて岩肌が削れ、奥が見えてきた。
ちゃんと探せば開く仕掛けがあるんじゃないだろうかとも思ったけど、見つからなかったんだから仕方ないよね。
この場所、満潮時にはぎりぎりか、中に海水が入るような高さだ。
なのに表面には海藻やその類はなぜか生えていない。滑ることもなさそうに感じる。
何者かの意志を感じるというわけだ。
「よし、行こうか」
貴石術を使った灯りの道具は人数分、念のために買ってある。1つだと何かあった時に困るからね。
その灯りが洞窟を照らし、たまの水音を気にしながらしばらく進む。
すると足元がごつごつした岩場から、なだらかな物になっていったのがわかる。
しゃがみこみ、手で撫でてみると……誰かの加工の意志を感じた。
少なくとも、自然にできたとは考えられない姿だ。つまり、近くにこれを成した相手がいる。
緊張に俺が聖剣を少し抜いた時だ。
キュウ、と可愛らしい鳴き声が洞窟に響いた。
その正体は……やや大きいが、つぶらな瞳のアザラシだった。
大きさの割に、TVで見た生まれたてのようにふさふさの白い毛におおわれている。
この暗がりの洞窟の中にあって、非常に目立つ姿だ。
「はわわ、可愛さ百点満点なのです!」
「さっそく餌をあげてみましょう」
「おお……ふさふさだよー」
手早く荷物から餌となりそうな物を取り出し、アザラシに差し出していく3人。
アザラシはキュウキュウと鳴きながら、野菜や果物においしそうに齧りついている。
事前に、魔物じゃなかったらあげてみようと買い込んだものがまさか本当に役立つとは……。
その間にラピスたちは体を撫で、満足そうだ。
俺もすぐさま参戦したいような、そんなふれあい動物園のような光景。
ギルドでの依頼自体は、こいつが正体ということだろうと思う……が、俺はそのままジルちゃんと一緒に警戒を強めた。
俺はとある理由から、ジルちゃんはスキルで持っているイミテーションアイの効果だろう。
ジルちゃんは薬草の類の成長度合いなんかもしっかり見抜いていた。
隠し扉を見つけたように真実というと大げさだけど、アザラシの姿に何かを感じ取ったのだ。
「マスター?」
そんな俺達の姿に気が付いたのだろう。
ラピス、そしてニーナとフローラも不思議そうな顔をしてこちらに戻って来た。
後に残るのは、置かれた食べ物をおいしそうに食べるアザラシ。
しかし俺はそんなアザラシに近づき、疑問をぶつけた。
「お前、なんなんだ? 喋られるだろう?」
「やっぱり、変だと思った」
そう、耳にはキュウ、などと鳴き声で届いたのだが、実際には翻訳され、別の言葉として理解していた俺がいたのだ。
ニンゲンガキタ、と。
ぴたりと、アザラシの動きが止まった。見た目は変わらないが、その顔がゆっくりとこちらを向いた。その瞳には、知性を感じた。
『驚いた。我らを理解しようとするものがまた出てくるとは。世の中は面白い』
それは声なのか、頭に響いた何かなのか。明瞭な言葉が目の前の存在から届いたのだった。
アザラシはそのまま続けては何も言わず、ふいに何事かを呟いた。
すると、貴石術を行使する気配が産まれ、アザラシの下に水のような物があふれてくる。
『ついてきたまえ。歓迎のお茶ぐらいは出そう』
言うだけいって、するするとアザラシは滑るように動き出した。歩かないのかよ……。
「ねえ、お茶って言ったよね?」
「うん……言ったよ……え、あれアザラシじゃないの?」
俺はそれを目で追いながら思わずそう口にすると、フローラの呆然とした声が帰って来た。
よかった、俺だけじゃない。
「あ、追いませんと!」
「見失いそう、急ぐ」
2人の指摘に慌てて5人そろってついていくと、奥はすぐに行き止まりだった。
が、アザラシはその壁際に立ち止まると頭で壁にぶつかる。
途端、壁の一角が光に染まり、ぽっかりと扉上の穴が開いた。
「隠し通路……大丈夫なのです?」
「行くしかないさ、最悪泳ぎながら帰ろう」
ニーナが気にするのは満潮によるこの場所の水没の事だ。
ただ、そうなったらラピスを中心になんとか戻ればいいと思う。
そんなことを考えながらついていくと……。
「増えたよ、ご主人様」
「うん。増えたねえ……」
明らかな人工物ばかりの空間が目の前に広がってくる。
場所としては大穴の向こうも向こう、地上からは行けずに、海からなら見えるかもしれない、という距離だ。
そんな場所に、アザラシが大量に存在しており、何やら文化的な活動をしている。
具体的には、カウンターでだべるようにコップを扱うアザラシ。
あるいは何やらボールのような物を蹴り合うアザラシ。他にも人間とやっていることはあまり変わらない。
こんなアザラシ相手に、なんでギルドはわざわざ餌を持って行けって言ったんだろうか?
数歩踏み出すと、視線がこちらに集まった。
『客人だ。我らを動物ではなく、知性ある存在として認めるだけの人材だぞ』
最初に出会ったアザラシがそんなことを呟くと、どよめきが広がっていく。
そんなにショッキングな話だったのだろうか?
くるりと、器用にアザラシがこちらを振り返る。
というか立てるのね、どうやってるんだろう?
『なあに、貴石術の簡単な応用だ。君らにもすぐに出来るだろう』
疑問が顔に出ていたらしく、そんなことを言われた。
アザラシがそのまま尻尾を下にして立ったら誰もが不思議に思うと思うよ、うん。
「みんなのお名前は?」
さすがジルちゃんというべきか、こんな中でも淡々と自分の疑問をぶつけてくれた。
偉い、偉いぞ。
『おお、これは失礼した。シルズ、と呼んでくれたまえ。貴石の娘達よ』
……どうやら、いろいろ聞けそうな相手その2、ということらしかった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




