JD-075.「ぐんぐんのびーる」
「原因は不明、か。要注意と言われてもなあ」
「ご飯のためには、はたらかないと」
まったくもってジルちゃんの言う通りである。
温泉地帯だというのに、それに注意しろと言われても……。
来たばかりの俺達はまだしもこのあたりに住んでいる人や、主に周辺で活動している冒険者はどうしているのだろうか?
妙な泥スライムの採取依頼から数日。ギルドへは危険具合を報告したが、最近は前例がないらしく不明のとこと。
ただ、温泉を取り込んでいるからこその強酸性だろうということはわかった。
つまりは何もわかってないのと同じなのだが。
しばらくの間は透明じゃない温泉への接近に注意するように言われた。
ただ、この辺ほとんど濁り湯タイプらしいんだよな。
見かけた冒険者達も困惑している。自然と陸側の依頼を受ける冒険者が減っていくような気もする。
港街でもあるから、海側の依頼があればそちらを受けるのが人だよね。
「強酸性になる貴石というのは聞いたことがありませんわ」
「ボク達は大体溶けちゃう方だからねー。とーるの腕にも少し跡が残ったぐらいだし」
そうなのだ。あの時泥スライムの一部が当たった部分は治りはしたが、ちょっと染みのようになっている。
そんな相手とジルちゃんたちを戦わせるわけにはいかない。
それでも今後火山やその周辺に行くことを考えると、放っておくことも出来ずに俺達は警戒しながら陸側の依頼を受けていた。
今回は街に引き込んでいる温泉と、川の水路の見回りだそうだ。
具体的には街道沿いにある何か所かの温泉の引き込み口や、それに伴う水路に問題が出てないかの確認。
最近湯量が安定しないらしいのだ。
冒険者への依頼でいいのか?とも思うけど他の冒険者もこれは結構受けているようだ。
確かに、何かあったら温泉が止まってしまうものな。
目的の場所まではそう遠くないはずということでそのままみんなで出発。
これだけ見ると相変わらずピクニックの様である。
俺を含め、一応武器を手にしているのだけが違いかな。
途中、どこにでもいるのかと思わせるゴブリンや、大き目の蛇等を討伐しつつ、目的地に近いという川へと到着する。
話によればここから曲がっていけば……。
「トール様、あれです? でもなんだか変なのです」
「もう何年も放置されたかのようですわね……」
街道から少し入ったところにある人工的な水の流れ、つまるところは温泉用の水路のはず。
ゴミだとかが入らないように、木をくりぬいた物だったり、あるいは温泉の湧く場所は覆ってあるそうなのだが……。
確かに覆われてはいる。一面の雑草によって、だけども。
湯気が出てくるから温泉だろうなとかろうじてわかるぐらいだ。
とても普段通りとは思えない。
「ひとまず、外から刈っていこうか」
「ご主人様、そのままは危ないよ」
聖剣を鎌代わりに使おうと1歩踏み出した俺だったが、横合いから腕を掴まれて立ち止まる。
確かに今のは俺が迂闊だった。茂みに何かいないとも限らないのだ。
「上の方から刈るのです。刈るべし、刈るべし!」
「向こう側にはなにもいないよー。えーい!」
ではどうするか?ということでみんなの貴石術で草を上の方から切り取っていくことに。
小気味よい音を立てて、段々と短くなっていく雑草たち。
なんだかシュレッダーでもかけてる気分だな。
フローラの生み出す風により、切れた草は遠くへと吹き飛ばされていく。
そうして段々と草は短くなり、徐々に地面付近がわかるようになってくる。
どうも根元の方が妙に密集しているのだ。急成長したってことか?
「なにもいないみたい?」
「そうですわね……」
幸い、泥スライムのような相手はいないようで、そこにあったのは無数の雑草たちにより穴の開いた温泉の管。
なんだっけな、昔ながらの温泉地でこういう木や石の奴を見たことがあるぞ。
現状でも温泉自体は流れてるけど、明らかにあちこちに溢れてるから湯量としては少なくなってそうだ。
依頼主の懸念はこれが原因として見てよさそうだ。
「ラピス、水の準備お願い。ちょっと触ってみる」
「トール様にそんなことをさせるわけには!」
自分が、と言ってくるニーナには首を振る。
こういうのは男の子の仕事と相場が決まっている。
万一、何か危ない状態だったらみんなの肌に傷が残るかもしれないしね。
もっとも、このお湯自体は街で使っていて問題ないみたいだからよっぽどいいと思うけどね……。
そっと指先をお湯に。
(うん、暖かいだけだな)
特にぴりっとかくる様子もない。
となると、何が原因でこの状況になったか、だ。
立ち上がり、周囲を見渡すも特に温泉以外の匂いはしない。
「マスター。お拭きしますわ」
「大丈夫だよ、ラピス」
そう言っても彼女はわざわざ水を生み出して俺の指を洗い、丁寧にふき取ることまでやってくれる。
なんだか小さい子を召使いにしてるかのようでどきっとしてしまうな。
「あっ何かいるよ」
「茶色いのです。もこもこしてるのです」
俺達の視線に気が付いたのか、固まったまま木陰にいたのは……でかいネズミ。
いや、この茶色い感じはカピバラか? もこもこっとして、温泉に入っていそうなアレだ。
大きさと見た目がちょっと違うけども……だってさ、地球の倍ぐらいあるよ、あれ。
便宜上カピバラと呼ぶとして、そいつは再起動を果たしたのか俺達が刈っていない場所へと近づくと、生えている草を食べ始めた。
よく見ると、遠くにも同じような奴らが何匹もいる。となるとこの大きさだ、食べる量も結構あるはず。
それなのにこの場所はこれだけ草が生えているというのは異常だ。
「とーる、あれ見て」
「……は?」
俺は目を疑った。何かというと、刈り取って水面が見えていたはずの場所で既に草によって水面が見えなくなっている。
それどころか、じわりとクイズ番組の映像でも見ているかのように伸びているのだ。
そして、最初に見つけた時ぐらいになると動きも止まった。
「そのうち密集しすぎて成長が止まるということですわね」
「ちょっと、怖い」
ちょっとどころじゃない気はするけど、人を襲う状況じゃないからひとまずいいか。
いや……これを食べてるやつが他にもいたとして、それらがこの草の吸い上げた何かの影響を受けないとは言い切れない。
さっきのカピバラだって、どんな変化を遂げることか。
「状況的には温泉に何か溶けだしている……のかな」
「そうじゃないかなー。ボクの目にはこのお湯、なんだか力を感じるよ」
フローラの目にはそう見えるということは、他の皆にとってもそうなはず。
聞いてみると、確かに何か普通のとは違うようだ。
具体的にはわからないが、普通に飲んでいた水などとは違うらしい。
そこまで考えて、何かが引っ掛かった。
溶けだしている何か……影響を受ける生き物。いや、利用している生き物?
「ハニービーのいた森の泉だ」
「ハチミツさん?」
既にジルちゃんの中ではハニービーはハチミツさんらしい。
まあ、確かに目的はそうだけどさ……。
「ああ、なるほど。あの泉も底の方で貴石未満の物がありましたね」
「あのお水は美味しかったのです!」
状況を知らないフローラはハテナ顔だけど、他3人は気が付いてくれた。
そう、ハニービーはあの泉の水に溶け込んでいた成分を使って特別な状態のハチミツに仕上げていた。
何かが温泉に溶けていると仮定すればこの状況も説明がつく。
となれば狙うべきは源泉か。
源泉に何が起きていて、どうなっているのか。
報告に戻りながら、俺は不安を胸に顔をしかめるのだ。
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