JD-074.「泥パック(ただし溶ける)」
新しい街にたどり着いたとしても、基本的に俺達のやることに変わりはない。
依頼を受け、討伐をし、石英を集めつつ自己強化。残念ながら自己強化はそろそろ頭打ちのようだけれども。
貴石ステージがいくつまであるのか、確認していなかったな。
街道をてくてくと5人で歩きつつ、みんなに聞いてみた。
「んー、わかんない。無いような気がするよ」
「正確には、上げ切った人はいませんの」
それはどういうことだろうか?
思わず足を止めて、4人をそれぞれに見ていく。
早々にお手上げになったジルちゃんを除き、ニーナとフローラも思案顔だ。
「自分は他の方を知らないのですが、トール様が願ったから自分たちがここにいるのです」
「つまりー、ボクたちはとーるだけの物だから前がどうだったかっていうのがないんだよ」
その後も話を聞いていくと、つまりはこういうことらしい。
ジルちゃんたちは俺の集めていた貴石とこの世界の仕組みをベースにして生まれた存在だ。
それに似たような存在は過去にいたようだけど、本人達は今回が初。
別の存在なので過去の事例が当てにならず、わからないことだらけ。
言われてみれば、それもそうかと思えることだった。
再び歩き出し、目的地が近づいてくる。
今回は屋外の温泉地に沸く魔物を倒し、それらが落とす諸々を容器に入れて持って帰ってきてほしいということだが……。
「あれでいいんだよな……何もいないような気がする」
近づくほどにわかる独特の匂い。そして立ち昇る湯気、となれば温泉には間違いない。
ただ、何か獣だとか魔物の類はいないように見える。
「何かいるよ、ご主人様」
「うーん? はっきりしないのです」
(何も動いてないよな。温泉が時々ぽこっというばかりだ)
よく豪邸にあるジャグジーぐらいの大きさでぬめりのある泥が湧き出る温泉のためか、ポコポコと音を立てる。
逆に言うと、それぐらいしか変化がないのだ。後はたまに風が吹くぐらい。
入ったことないけど、泥状態の温泉はお湯というより砂風呂みたいなものなのかな?
後で洗う必要があるだろうし、温度が不明なので入ろうという気にはならない。
あれ、そういえばギルドの受付さんはなんて言ってたっけ?
確か……見ればわかる、それしかしないから、と言っていたはずだ。
何度見ても、周囲には草原と木々、道。そして点在してる様子の温泉しかない。
……温泉?
「もしかしてこれ、泥じゃなくて丸々スライムか何かなのか?」
つぶやきに、周囲を警戒したままの4人が振り返る。フローラなんかは、それだ!って顔だね。
一番近い泥に、1本短剣を生み出して適当に投擲。
当たってもダメージにならないであろうレベルの適当な物だ……が。
『ピギイイイイイ!!!』
「わわっ、何かでてきた」
「ちょっと気持ち悪い動きですわね」
甲高い叫び声をあげ、泥が吹きあがったのだ。
その泥は何か透明な袋に詰まっているかのように形を保っている。
固まりかけた羊羹、みたいな感じだ。
慌てて下がった俺達だけど、俺の腕に雨が当たったかのように泥が少々。
何でもないはずのその泥に、痛みを感じた。
「いってっ! 強酸性か!」
「マスター!」
ばしゃりとかかるラピスの生み出した水に一息つき、温泉だった場所からあふれ出るように出てくる泥スライムを睨む。
道理で他に何もいないわけだ。
動物や他の魔物はこいつらに既にやられたか、その危険性を感じとって逃げたわけだ……。
「さんきゅ、ラピス。だけど、妙に強くないか?」
「自分の岩壁もじわじわ溶けてるのです、ほら」
じゅうじゅうと音を立てて、ニーナの生み出した盾が地面に突き刺さったまま煙を上げている。
横合いから出てきた別の泥スライムの進行を防ごうとしたのだ。
今のところは見事に押しとどめているけれど、時間はあまりない。
こんな強さ、最悪最初の奇襲というか出現の泥を被ったら普通の人は全身酸を食らってアウトだ。
それなのにギルドから注意が無かったということは、この状況はいつもの状況ではないのではないだろうか?
「みんな、下がって引っ張ろう!」
「わかったよー」
「後ろに行進……」
じりじりと下がっていくと、泥スライムは見えている限りで5匹。
一番大きいのは正面の奴で、後はだいぶ小振りだ。
それでも厄介であろう相手には変わりがない。
泥スライムを温泉部分から引きはがすと、その異様さが良くわかって来た。
「マスター、相当ですわ」
「道が出来てる……よ?」
ごくりと、誰かの喉が鳴る。
皆の見守る先で、泥スライムの通った後には草も残らず地面だけだ。
その地面すら、やや色が変わっている。
「えいっ!」
試しにとばかりにジルちゃんが投げつけた透明な短剣。
それは勢い良く突き刺さり、そのまま白煙となった。
つまりは、溶けてしまったのだ。こうなれば手段としては1つしかない。
「ラピス、フローラ、頼んだよ」
「まっかせてー!」
「勿論ですわ」
すぐに吹き始める風。
俺達の後ろから集まってくる風は泥スライムの体を揺らし、徐々にその向き、大きさをそろえていく。
強風にスライムの体がゆがみ、少しずつ丸くなり、一か所に集まっていく。
そしてまるで陣形を汲んでいるかのように固まった後、ラピスによる冷気がスライムを覆い、凍り付かせた。
「ふう……結構温泉をため込んでるのか、冷えるのに時間がかかりましたわ」
「僕の風でもあんまり冷えなかったなあ……」
愚痴る二人をねぎらいつつ、その視線の先では待ってましたとニーナとジルちゃんがそれぞれの貴石術で武器を生み出し、泥スライムのコアらしき部分を貫いていた。
石英があるかどうか不明だけど、今回の目的は別なので問題ない。
溶けかけのシャーベットのように崩れていく泥スライム
なぜか、この状態だと先ほどのように草などが溶けていく様子はない。
試しに1つの容器にすくってみると、特に問題なく入れることができた。
どうやらコアがやられ、魔物としての命が終わったようだ。
自己強化の貴石術に近い物だろうか?
温泉の諸々やマナを使って自分の体液を強酸化していたと考える方がよさそうだ。
残ったものにその酸具合は感じないことから、元々の泥スライムである体部分だけが残ったのだと思う。
これ自体は最初に想像したように、お肌によさそうな気がする。
もしかしたら何かいいものが溶け込んでるのかも。
「お肌、ツルツル?」
「たぶん……? 持って帰って聞いてみようか」
手分けして、強い泥スライムだった物を入れ物に詰め込んでいく。
全部で30本、意外と多い量だ。道理で荷馬車がいるかどうか聞かれたわけである。
普通に持ち帰るには難しい重さと量。
ただまあ、俺達は収納袋があるので問題ない。
一通りすくい、仕舞い込んで改めてみんなと周囲を観察する。
静かになった温泉地。
泥スライムの潜んでいた部分には透明ではなく、元々こんな色だったんだという感じのドロッとした土交じりの温泉。
(一応これも持って帰るか)
泥スライムが非常に危ない状態になっていたことをギルドに報告するついでにということで元々の温泉も採取して持って帰ることにした。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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