JD-072.「船旅は騒動の香り」
海にはロマンがある。
地球にいたころ、何の気なしにそんなことを思っていたけど、どうしてなのかはよくわからなかった。ただ、俺は今……それを全身で味わっている。
「んーーー! 潮風が良いなあ!」
「変なご主人様。この前もお舟に乗ったのに……」
船長に許可を取り、船首部分で潮風を正面から浴びる俺。
船が揺れ、風の当たる向きが微妙に変わるのもまた、面白い。
不思議そうな顔でジルちゃんが横に立つも、俺は今回ばかりはそのままで風を味わっていた。
理屈では、ないのだ。無いのだけど……。
「ジルちゃん、殿方はこういう物なのですわ」
「トール様は立派な男性なのです! 色々と!」
微妙に色々と気になることを言われた気がして、集中が途切れてしまった。ニーナ、色々ってなんだい色々って。
(あれ、フローラはどこへいった?)
元気なはずの彼女が後ろにいないことに気がつき、きょろきょろと周囲を確認するもいな……いたああ!?
「フローラ、こっちに戻ってくるんだ!」
「えー、ここの方が気持ちいいよー? ほら!」
なんと、彼女は笑いながら船首のさらに先、へさき部分にいたのだ。
さすがに危ないので、船の乗り込み員の人らも慌てているのがわかる。
そりゃ、一応こっちはお金払ってるお客さんだもんね。
「みんなびっくりしちゃうから、駄目だよ」
「はーい」
もう一度言うと、フローラは素直に戻って来た。
それぞれ個性があるけど、みんな基本的には良い子なんだよな。
駆け寄って来たフローラを抱き留め、こちらに出てきていた船長に一応頭を下げる。
「金をもらったからには好きにすりゃいいけどよ、落ちるのだけはやめてくれよ?」
「ええ、もちろん。船に乗るのが珍しくてはしゃいじゃったんだと思います」
船長に言った言葉は俺自身への言葉でもある。ルシースを出、早半日。
新しい場所であるスフォンへと合計3日間の船旅の途中。
乗り込んだ船自体は乗合馬車ならぬ、定期便のようだ。
俺達以外にも、商人であろう人なども結構乗っている。
子供は、ほとんどいない。
「兄ちゃんがあの子らの保護者か」
「そう……なりますかね。ちょっと村を出ることになりまして」
大体において、こういっておけばあまりツッコミは受けない。
勿論、ジルちゃんたちは見た目も可愛いし、髪の毛の色も違うので色々と事情があるのだろうと勝手に思ってくれるからなのだけど。
「そうか。可愛い子達じゃないか……大したもんだ。嫁と子供を支えるだけでも大変なのによ、4人か」
この船長もまた、勘違いしてくれた一人だ。
俺はあいまいに受け流しつつ、鼻に届く潮の匂いを胸いっぱいに吸う。
既に海の上なので、いくらでも嗅げるのだがそれはそれ。
昼過ぎには釣りも始まるらしい。
短い旅とはいえ、暇が出来ていることには違いなく、こうした話は楽しみである。
風を受け、大きく膨らむ帆を見上げつつ、甲板の隅へ。
そこから海を除くと、青い海が遠くまで広がっている。
(そのまま落ちたら大変なことになるな)
やっぱりフローラをひっこめておいてよかったと思える高さだ。
そんな彼女はジルちゃんたちと一緒に甲板上のテーブルで談笑中。
話の内容は聞かないほうが俺の精神にはよさそうである。
と、急にあちこちが騒がしくなった。
「マスター、あれを!」
「雷……? にしてはすごいな」
ラピスの指さす方向を見ると、周囲は晴れているのにそこだけ、ひたすら落雷のある空間という物が広がっていた。
幸いにも航路には当たらないようで、遠くにそこだけ雷雨が降るという衝撃的な光景を目の当たりにするのだった。
自然現象としては珍しい……じゃなくって。どう考えてもあれが普通に起こるとは思えない。
「あれってこの辺じゃ普通ですか?」
「んなわけねーさ。最近この辺からスフォン周辺に出てる変な雷雲だよ」
思わず近くの乗組員に問いかけるも、予想通りの答え。やはり、普通じゃないのだ。
普通じゃない異常現象、というのも言葉としてどうかとは思うけど、
意味が自分でわかればひとまずいいだろう……。
「とーる、あの中にちょっと感じる。でもむずかしいねー、あれ」
「一人で飛んでいってもドボンって落ちてしまいそうなのです」
仮にフローラに飛んでいってもらったとしても、あの落雷具合では雷にやられるのがおちだ。
地上で遭遇できれば少しは違うかもしれない。
通り過ぎていく雷雲を見送り、船上に静けさが戻る。
「よーし、飯だ飯!」
微妙な空気を切り裂くような船長の声に従い、船は日常を取り戻していく。
そうしてその後は何事もなく2日が過ぎる。
その日の朝、青い空と雲だけだった場所に、雲とは違う色が混じってきた
それは大地であり、森であり建物。そして、立ち昇る白い煙。
船首付近でその光景を眺めていると、隣には随分と気さくに接してくれた船長。
「午後にはスフォンに入れる。準備しときな」
「ありがとうございます」
まだ船室で寝ているであろうジルちゃんらにも伝えるべく部屋へ。
短い間だったけど、楽しい船旅であった。
こうなると時間という物は随分と早く過ぎるもので、色々とやっているうちにあっという間にスフォンが見えてきた。
港付近を行きかう船の数も多く、ルシースに負けていない港町だ。
街の向こうの山肌からの煙は噂の温泉だろう。もしかしたら、街中の宿にも温泉を引き込んだりしてるのかもしれない。
楽しさに胸を含まらせ、そのまま子供のような喜びようで俺はスフォンへと足を踏み入れる。
「ひとが、いっぱい」
「賑わってますわね」
はぐれないようにみんなで手をつないで隅によってひとまず観察。
行き交う人の数も多く、荷馬車も相当な数だ。
護衛なのか、武装した人間もあちこちにいることを考えると、冒険者としての仕事は結構ありそうだった。
「トール様、なんだか変なにおいがするのです」
「ううー、嫌じゃないけど不思議―」
「温泉の匂いじゃないか? 正確には硫黄か。ほら、あそこ湯気が出てる」
大通りの脇に、噴水のような場所があった。
その中央から水が噴き出しており、それからは湯気。
俺が思ってる以上にこの街は温泉を活用しているのか、勢いよく沸いている温泉の姿に、笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
近くの屋台に並んでいるのは様々な売り物たち。
俺はジルちゃんたちをひとまず待機させておいて、1人、店に歩いていく。
なんとなく話が好きそうな、籠に入れた卵を売っているおっちゃんの店にいった。
この場所、そして卵となれば……ああ、やっぱり。
地球の言葉ではないが、書かれている言葉は読める。
温泉卵と書かれたそれに頬が緩み、よだれがこっそり湧き出てきた。
「おっちゃん、5個頂戴」
「あいよ。っと、銀貨じゃ多いぜ」
確かに、銀貨1枚であればもっと買えるほどの値段だ。
意外と養鶏も上手く行ってるんだろうか。ともあれ、今回は銀貨で正しいのだ。
「さっき来たばっかりでさ、良い宿教えてよ。何人も一緒に風呂に入れるような場所があればいいな」
「そういうことかい。そうだな……あっちの通りに赤い屋根の3階建てのがある。
そこならそういう部屋があるぜ」
有力な情報に銀貨だけでなくしっかりとお礼を言って、ジルちゃんたちの元へと戻る。
俺がこの時、もっと目的というか泊まり方を聞いていればよかったのだけど、泊まれればいいかなと思っていた俺は詳細を確かめなかった。
結果として、ルシースと同じく……紹介された宿は歓楽街の近くにあるのだった。
いや……まあ、いいんだけどね?
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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