JD-052.「雲上を誘う」
嵐を呼び、地上を蹂躙するという強大な魔物、ストームマンタ。
名前だけならどこの低予算映画だ、と思うところだけど、街の皆の動きを見る限りは、ガチな相手なんだと思う。
そうじゃなきゃ、家財一式持って郊外に逃げる人なんてなかなかないよね。
討伐は難しく、そらすことに終わる場合が多いということで、あまり多くの人間が集まらないかもしれない、そう思っていたんだけど……。
「いいか手前ら! やられてばっかじゃ海の男が廃るってもんだ!」
「「オオオオ!!!」」
街の広間、海が良く見える場所で何十人、下手すると100人以上もの冒険者、そして普段は海に出ているだろうと思える人たちが武装して集まっていた。
街のあちこちで同じような集まりがあることから、相当数の人間がストームマンタの討伐に参加するらしい。
自分たちの街を守るっていう気持ちなんだろうな。
周囲にはよくわからない機材や大砲のような物まである。移動のための土台があるから、他の場所に運び込むと思うけど……。
火薬は見たことがないから、貴石術を使うんだと思う。
彼らも戦うとなると、話ぐらいは通しておいた方が良いように思えた。
互いに良かれと思った行動が邪魔をしあってもいけない。
集団の中にいる、どちらかというと頭脳派に見える体格の人に目を付ける。
一人だけ武器らしきものを持っていないからという理由なんだけどね。
「あのー……」
「ん? なんだ、どこへ逃げたらいいかわからないのか?」
なおも演説らしきものが続いてる中、輪の外側にいたその人は俺の声に振り返ると、こちらを見渡した後にそう言ってくれた。
そりゃ、そう思うよね。
「いいえ、私たちも冒険者の端くれとして何かしよう、そう思っておりますの」
「ジルも、頑張るんだよ」
さすがに言葉だけでは説得力が無いと思ったのか、ラピスもジルちゃんも素早く手の中に貴石術で武器を生み出している。
ニーナもまた、自分の背丈ほどの岩の盾を無言で横に出し、それをフンスと持ち上げて見せた。
俺? 俺はまあ、普通に聖剣に手をやるぐらいなのだが。
「という訳でして。そちらの邪魔になってはいけないなと思って打ち合わせのようなものが出来れば、と」
「邪魔をしないように、か。冒険者には珍しく頭を使うようだな。
特に珍しい事ではない、砂浜に出た後に海に向かって使う様な打ち出し式の銛を空に放つだけだ」
彼が指し示すのは、地球で捕鯨に使っていそうな機械のすごく大きなバージョンだった。
優に4倍ぐらいはありそうだ。
「貴石術を併用し、嵐の影響を出来るだけ抑えながら奴に撃ち込み、動きを阻害して殴り倒す。
一応、過去一番成果を上げている方法だ」
物凄く、シンプルだった。自分たちのフィールドに引きづりこんで殴る、なるほど。
地上に降りてくるという相手の性質を利用し、引き寄せてから撃つつもりだと思う。
見える限りでも同じような物は10数基ある。
他も合わせると結構な数なんだろうな。
「そうだな……奴はマナの濃い場所を好む。降りてくるまでは前の方で力を高め、相手を少しでも早く地上に降りたいと思わせてくれると助かるな。
こちらにも術師はいるが、1人でも多い方が可能性が高まる。その後は後ろからなら好きにしていい。前はあれらが撃ち込まれるからな」
「横か後ろからなら巻き添えにならずにすむ、と」
俺の確認に、頷いて肯定。
状況的には俺達は直接的な戦力にはカウントされておらず、思わぬ貴石術師の増援、という扱いか。もっともすぎる対応だと思う。
俺だっていきなり女の子3人引き連れてやってきたやつがいたらこのぐらいの役目にすると思うからね。
動く場所はこれで決めることができたので、俺達の作戦をどうするか、考えることにする。
と言っても……まあ、例のごとく全力で力押し、が一番なんだけどね。
「ラピス、ラピスの氷はどれぐらい離れていても凍らせられるの?」
「そうですわね……今のままだと10メートルぐらい。貴石解放の状態なら数百メートルは行けますわ」
思ったよりも、距離がある。
ついでに、相手自身が抵抗しなければ氷の中に魚を閉じ込める、と言ったことも出来るらしい。
ニーナやジルちゃんも大体同じぐらいの射程距離だ。
ニーナが岩の杭を伸ばすのは壊れた後が怖いので今回はやめておく。
ジルちゃんの場合は、近接で威力を発揮してもらった方が良いように思う。
「地上に近づいてきたら、ストームマンタの全身の雨を出来るだけ凍らせてしまおう。
どういう仕組みで浮いてるかはわからないけど、あちこちに氷が張れば動きにくくはなると思う」
「討伐に参加した証明を考えると……ジルちゃんとニーナはそのまま、私だけが貴石解放していきましょうか。誰に見られるとも限りませんもの」
目に見えて曇ってきた空を見上げると、すぐにでも雨が降ってきそうだ。
確かに、この状態だと近くの仲間も見えにくいだろうけど、見えないという訳じゃない。
今回戦いに挑む中になじみのない顔は俺たちぐらいだろうからね。
すぐにわかってしまいそうだ。でも、それはラピスも同じじゃないのかな?
「水鏡……えっと、要は偽りの姿を映し出す物を使いますわ。普段だとそう効果は無いですけど、悪天候の中なら大丈夫ですの」
「風、強くなってきた」
「強い気配を感じるのです」
ラピスの貴石術の確認をしている間に、空の青は雲の黒のそれに浸食されていた。
沖の方は既に白くなっている。あれは雨の壁だ……。
いつでもラピスを貴石解放できるよう、言われた場所の中でも木々の多い場所でこちらに気が付くようにマナを練る。
どうやら貴石術を使う直前の状態や、行使直後がストームマンタ的には一番目立つらしい。
(ん? そうなると……)
ぎりぎり買うことのできたメガネを付け、空を睨む間にも全身はずぶ濡れ。
遠くには雷の音もしている。わかりやすい暴風雨だ。
「少し早いけど、貴石解放しよう。きっと、しっかりと誘える」
「ああ! 確かに、あれはそうですわね」
雨に打たれながらラピスの前にしゃがみこみ、聖剣を短くして待機。
ラピスは風に髪をはためかせながらも、ゆっくりと気品さえ感じそうな手つきで自らの服をたくし上げる。
着衣のままシャワーを浴びつつ脱いでいるかのような光景に、俺は言いようのない魅力を感じ、慌てて首を振る。
「そういうのは戦いの無い時にな」
「残念、ですわ」
予想通り、ラピスはわかってやっていた。
それだけ俺を信じているのだろうし、なんとかなると思っているのだとは思う。
つぷんと、雨のせいかいつもより幾分かスムーズに聖剣(短)がラピスのお腹の魔法陣に沈んでいく。
「ん……ふっ……」
暴風の中でも、不思議とその声は俺の耳を打つ。
少しでも光を隠そうと周りに立ってくれているジルちゃんとニーナ。
2人とも気にしていないようなので、声を気にしているのは俺だけなのだろうか?等と思ってしまう。
「行くよ」
「お願いいたしますわ!」
声と共に、何度もやってきたように左へひねる。
そうして、光。マナの光なのだから、ストームマンタにとってみればフラッシュがたかれたような物だろうね。
その証拠に……。
「おっきいい……すごいよ、ご主人様」
「あれはさすがに盾一枚で受け止めるのは難しいのです」
雲上から降りてくる巨体。見た目はどこか可愛らしく、つるつるとした表面の平たいマンタ……って。
「そうだね。この高さであの大きさだ」
横幅は100メートルじゃきかないぐらいだ。
ストームマンタはこちらを恐らく見、マナに誘われたのか思ったよりも急角度で舞い降りてくる。
「ラピス!」
「お任せくださいなのですわ!」
暴風をかき消すような氷のきしむ音。
それの主である氷がストームマンタの全身をうっすらと凍らせ、動きが鈍ったところに、俺達の後方からいくつもの鎖の様な何かが伸び……ストームマンタを貫いた。
もうすぐ4人目が増えます。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




