JD-051.「嵐の予感」
「今日も、げんきにいただきます」
「いや、そりゃ食べるけどさ」
若干の呆れが声に混じるのはどうか勘弁してほしい。
俺のそんな声が届いているのかいないのか、ジルちゃんの振るう短剣は器用にシオニーの足に食い込み、見事に1本の足を切る。
縦にも動けるとはいえ、メインは横移動なのはシオニーでも変わらない。
カニの宿命と言わんばかりの後ろからの攻撃の弱点はニッパと一緒。
誰かに気を取られている間に切り付けられたら終わりということだ。
ラピスの貴石術はここでは主に氷。動きが鈍ったところをジルちゃんかニーナ、あるいは俺が切り裂いてさくさくと終わりのパターンだ。
スキルをジルちゃんの物に切り替えているので石英も確保でき、ギルドを通してシオニーを売り払い、日々儲かってはいる、いるのだけど。
「毎日シオニーが出るのはちょっと……辛い」
「あら……おいしいですわよ?」
「美味しければそれだけでハッピーなのです!」
どうやら俺の味方はいないようだった。さすがにね、毎日食べてると飽きるよ?
他の物を食べようという前に、調理を始めてるからもったいないので食べないという選択はない。
シオニーは巨体で、足1本でも地球じゃできない、丸々カニの身1本で口が一杯になるということができる。
それでいて、今まで食べたどんなカニよりおいしいのだから厄介だ。
卵はそれだけでも濃厚な栄養食の様な味わいだ。
でもそれが油断すると3食続きそうになるのはなんとかしたい。
皆は、食事というよりおいしいということに夢中なんだと思う。
かといって、ここでハチミツとシオニーどっちかね、なんて口にした日にはとんでもないことになる。
俺は、学習する生き物なのだ。学習……してるよな?
それに、何も飽きが来たからという理由だけじゃないのだ。
恐らくだけど、そろそろ買い取り価格が下がると思う。
毎日毎日持ち込んでるからね……需要に対して供給が追い付いてくるころだ。
そうなる前に次の狩場を見つけないといけない。
釣り……は遊びにはともかく、狩りにするには数が出ないな。
では漁か?というと、魔物の大きさを考えると引っ張り上げられるかという問題がある。
乗り込む船をどうするのかという問題の方が大きいかな?
遠くから伸びる白い雲に目をやり、やはり浜辺や磯にやってくる相手を倒すしかないのか、そう考えつつ今日の分のシオニーを討伐し終え、ギルドへと戻る。
顔を出したギルドは、いつものように騒々しく……ん?
「マスター、どうも緊急事態の様ですわ」
「みんな忙しそう」
カウンターで受付の人達に詰め寄っている冒険者達。
依頼に行くというより、逃げ出すような人までいる。
(何か強力な魔物でも出たのだろうか?)
結論から言うと、その想像は正しく、そして間違っていた。
彼らが慌てている理由は強力な魔物が原因ではあったが、魔物そのもの以外も慌てる理由だったのだ。
どっしりと椅子に座っている、明らかに熟練者な先輩冒険者に話を聞いてみることにする。
彼は俺たちみて、恐らく最初はガキが小娘連れて何をしてるんだ、という感じだっただろうけど、何をするにも詳しい話を知りたいという俺の話に耳を傾けてくれた。
ちなみに3人はちょこんと俺の後ろに座っている。
「ふんっ、慌てふためいてる奴らとは少しばかり違うようだな。
慌ててる理由はな、奴が来たんだ。ストームマンタがな」
なんだろう、すごくB級映画の匂いがするネーミングだ。
そのうち頭が2つや3つになったりしてね。
というか、マンタと言えば、特に凶暴な話を聞かないあれだが……。
この世界では恐ろしい相手に違いない。
だから大人しく、先輩冒険者の話の続きを聞く姿勢をとる。
その姿に満足したのか、頷く先輩冒険者の話は続く。
「お前ら、今日も外にいたろう? 海の向こうに、白い雲が妙にまっすぐ伸びてなかったか?」
「あ! 伸びてたのです!」
「まっすぐ……こっちに伸びてた」
言われてみれば、飛行機雲のようにまっすぐした雲が、この街を通り過ぎてまっすぐ内陸に伸びていた。
なんだろうなあと思ったけど、雲は雲だ。
特に何かの予兆というのは解明されていないというのが俺の中では常識だけど、貴石術がある世界だ、雨雲を呼ぶぐらいは出来るはず。
となると……。
「その雲の持ち主がストームマンタってことですか?」
「ああ。あの雲を見て3日後にはそこを通り過ぎると言われている。暴風雨と共に、運が悪いと海の魔物まで降ってきやがる。
厄介なやつさ。その上、地上に来ると地面近くを飛ぶのさ。最悪、進む先にある建物は皆潰されるか、食われちまう」
話を聞く限り、まるで台風のようだ。
人じゃなくて魔物だから何と呼ぶ方が良いのかはわからないけど。
しかも、建物をなぎ倒せるような強力な奴となると……うーん?
この街には結界が無いのかな?
「あの、石英を使った結界は無いんですか?」
「勿論、ある。が……強度には限界があるからな。
あの結界は強力な壁、というよりそこに来たくないと思わせるような奴だ。
つまり……出来れば結界の外で倒すか、そらしたい。出なければ、結界が壊れた後の襲撃に耐えられん」
なるほど、それだけの衝撃ということなのか。
想像してみよう……巨大なマンタが街を押しつぶすようにやってきて、かろうじて防いだところに魔物達の襲撃。
こりゃマズイ。どうやって普段倒してるんだろう?
「倒せないことはねえが、大体は被害が出る上に外に出ても暴風だからな、碌に動けずに終わるほうが多い。お前らも、戦わないなら一時期街から離れるか、丈夫な建物の中にいろ」
「ありがとうございます」
その後も大体の大きさ等を聞き、シオニーの清算だけして宿へ。
予想通り、値段が若干下がっていた。多分、このストームマンタの後は戻ってるような気もするけどね。
さすがに緊急事態ということか、夕方からの開店に備えての騒がしさはいつもより少ない。
ぎりぎりまで飲む人、あるいはその日も飲む人もいるのだろう。
出歩けないなら建物の中で、ってな感じだ。そう考えるとそのまま、台風の時の動きだな。
何か物資を買い込むにもセールをしているので困ることはなさそうだ。
「トール様、どうするのです?」
「大物は倒しておきたいところだね。それに……みんなの姉妹がいるかも」
風をイメージしている貴石の入手が出来るかもしれない。
これに関しては、正直手がかりが全くない。
でも、これまでを考えると対応する属性に関する場所やその属性の相手の中に入っていた。
となれば風の貴石が入っているなら、その類の魔物であろうと思う。
問題はストームマンタの呼ぶ悪天候だ。
「下手につららを撃てば風で飛び、大雨が動きを邪魔しますわね」
「直接……行くしかない」
そう、今回は魔物本体と周囲の環境が厄介度合いを増していく。
場合によっては目を開くのも大変かもしれない。
「あ、そうなのです。トール様、水中眼鏡みたいなのがあれば買っておくのです」
「おお、それはいい」
確かに、ああいうのがあれば最悪、服がびしょ濡れでも前を向いていられる。
でも、ずっと思ってることがあるんだよね。
「こうしてると……なんだか、台風の時に畑の様子を見に行くみたいで……」
「駄目、ご主人様!」
さすがにそのあたりの知識は頭に入ってるのか、慌てて俺の口をふさぎに来るジルちゃん。
フラグが完遂されてもいけないし、十分に気を付けよう。
そうして準備をしていきながら数日を過ごしたある日の朝。
例の雲以外、晴れ渡っていた遠くの海上がいつの間にか、黒々とした雲に覆われた。
「うわー……すごそうだな」
逃げたくても……あの幅だと逃げようがないような気がする。
なにせ……視界いっぱい真っ黒な雲が広がっているのだから。
もうすぐ4人目が増えます。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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