JD-050.「カニカニ合戦リターンズ ─ 帰って来たチョキ ─」
海辺での夜明け。同じ太陽のはずなのに、窓から見る景色は全く別世界の様だった。
建物の間を漂う朝靄もどこか違う気がする。南東を向いている部屋の窓は朝日が直接差し込んでくる。
僅かな風が俺の鼻に地球のそれと同じ、海の匂いを届ける。特別海が好きという訳でも無く、ごくごく普通。
だというのに、何故。水平線を昇る太陽の黄金の光と海、何でもないような海鳥の声、そして匂い。
これらは何故こうも、俺の何かを刺激するのか。望郷とは少し違う、なんとも言えない気持ちが俺の胸からあふれ、ついには頬を伝う涙となってしまう。
「っと……いけないな」
こんな顔を見られてしまっては、ジルちゃんたちに変な誤解を受けてしまうからな。
涙と言っても、悲しい気持ちや嫌な気持ちは胸の中には無い。どちらかというと、美しさと、命を感じる感動。
そんな涙なのだから。
振り返れば、まだ眠ったままの3人。こうしてると、本当にただの少女……守りたいと思える。
静かに部屋の中を歩くと、新鮮な空気に混じって少し甘い匂いが香る。幸い、誰もまだ起きていない時間だ。
顔を洗い、身支度を整え、そのうち起き上がってくる3人の寝顔を楽しむぐらいの余裕はあった。
しかし、どうしてこうも女の子の寝ている場所というのは独特の匂いを漂わせるのか。
小さく丸まっている姿は小動物さながらだ。温かそうだし、柔らかそうである。とはいえ、ここで二度寝やその先をするのもどうであろうか。
ラピスあたりは気にせずに色々としてくれるかもしれないが、ジルちゃんやニーナはわからずに普通に寝てくれるかもしれないな。
少女の寝床に潜り込むという魅力的すぎる選択肢が俺の前に揺れる。
「う? ご主人様、おはよう」
「おはよう、ジルちゃん」
残念ながら、そんな葛藤の時間も終わりだ。さあ、今日も世界を救うための冒険の始まりだ。
来た時と同じ姿勢の気がする受付に数日分の料金を払い、4人で朝の道を通ってギルドへと向かう。
さすがにもう店はやっていない時間だけど、片づけなのか今日のための準備なのか、従業員らしき人はいる。
妙に疲れた様子なところを見ると、片づけなのかな。
3人は物珍しそうに街中を眺めているけど、多分この光景は普通じゃないので先に進もう。
貴石解放しておけば連れてくることは出来そうだけど、3人が女性店員と勘違いされたり、粉をかけられたりする方が厄介だ。
それだったら、預かってるけど、どうしてもついてくるっていうからとか言い訳したほうがまだ話は早そうだ。
そういえばこの世界に来てからまともにアルコールは飲んでないな。
(いや、飲まないほうが良いな……)
頭をよぎったそんな考えを色々な理由から否定する。お酒は危ない、うん。
酔っぱらった状態で石英投入でもやった日には……少女と行く色欲のチートライフ!になってしまう。
目的を忘れてしまう確率がものすごい高そうだ。
そんなことを考えているうちに、昨日訪ねたばかりの建物が見えてくる。
街の規模に従ってか、ギルドの建物もかなり大きい。ちょっとしたスーパーぐらいの広さだ。
隣接されている素材などをやり取りするであろう建物も巨大。
「みんな、げんき」
「本当なのです。お仕事いっぱいなのですよ、きっと」
確かにギルドの出入りは激しく、年齢層も様々だ。まだ子供に見える子も出てくるのを見ると、難易度が低い依頼もそれなりにあると思われる。
さて、どんなものがあるか。数が多いからどれがどれだか……。
「って、ニッパじゃない?」
「マスター、少し違うようですわよ」
たまたま目についた依頼書には、見覚えのあるカニが描かれていた。が、確かにラピスの言うように細部が違う気がする。
住む場所が違えば違うということか、亜種か? 名前は……マネキシオニッパ、通称シオニー?
なんだか女の子みたいな名前だな、と思った。
「ああん? そりゃ、そいつの卵がうめえからだよ」
気になって隣にいる同業者に聞いてみると、そんな答えが返って来た。
卵が……なるほど。やはり、でかいだけでカニということか。
「ありがとうございます。初めてなのでもったいない戦いはしたくないと思って。魔物って普通に倒すと消えますよね? コイツ、全身食べられるんです?」
情報は金、相手が同業者であればなおさらだ。俺は宿と、酒場通りを通った時に見たこの辺の物価から3杯ぐらいは看板の酒が飲めそうな金額をちゃりんと渡してなおも問う。
相手の男はにやりと笑い、手招きをして少し離れたところに俺を連れていく。
その間、3人は他の依頼書を見てくれている。
「ガキ3人連れてる割にわかってんじゃねーか。おう、まずはハサミを切るだろ? その後、手足を全部落とす。そうすると、みんなシオニーの手足って扱いってわけだ」
胴体は胴体で別扱いとのこと。それは、素晴らしいことだ。
同業者の男性にお礼を言い、3人を迎えに行く。どこに行くの?とは誰も言わない。
その信頼にちゃんと応えないとな。
街から徒歩で20分ぐらい。シオニーがよくいるという入り江に向かうと、確かにいた。
うじゃうじゃと……ついでにシオニーを狙う同業者も。その割に装備が厳重だ。
「そこはやはり、怪我があってはいけないという心理ですわ」
「大怪我、駄目、ゼッタイ」
「みんなガードするのです!」
そろそろ見た目だけでもちゃんと防具を買いそろえるべきか。そう考えを抱きながら隅の方から戦いを挑んでいく。栄養状態がいいのか、そういう性質なのか。
川のニッパより結構大きい。工事現場にいる重機のはさみ部分みたいな感じだ。だが正面、これならってえ!?
「やらせないのです!」
カニの癖に、前に歩いてきたと思ったらそのままはさみを振り降ろしてきた。
前に割り込んだニーナの岩の盾が大きな音を立て、それを受け止める。
「悪い、こんのっ!」
多少相手が大きかろうと、武器が当てられるなら……やることは一緒だ。
動きを止めるべく足を狙いたいところだけど、先輩冒険者の助言に従ってまずはさみ。
硬さを感じる手ごたえの後、重さのわかる音を立て、砂浜に落ちるはさみ。
するとどうしたことか、シオニーは慌てた様子で突き出た2つの目を揺らす。
そしてお腹を抱えるようにするももうはさみは無く、覆い隠せない。そこには、グミやガムの様な大きさの小さな粒の塊が……ああ。
「悪いな」
横合いから伸びる3人の貴石術がシオニーの動きを止めたところで、俺は聖剣を奥深くまで挿し入れ、とどめを刺した。
食べるために殺す、まあ……相手がでかいとそれはそれで感じる物があるよね。
「マスター、まだまだいますわよ」
「かにさん、かにさん。1人、1杯」
何を想像しているのか、まあ、食べる時だろうな。
高揚した表情のラピスに、キラキラとした瞳で他のシオニーを見るジルちゃんはものすごい乗り気だ。ニーナは……守れたから満足らしい。
大きさ的にこれ1匹……1杯?でもいい気はするけど、きっと売れるんだろうからもう少し狩ることにする。
たまに街中に迷い込んだシオニーが暴れるので、退治が推奨されていると知ったのは換金にギルドに戻った後であった。
そして、シオニーを食べるのはごく自然な流れ。
「さすがにテーブルぐらいの大きさの甲羅焼は初めてだな……」
さすが異世界、と感じる豪快な料理を前に俺達は喜ぶのだった。
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