JD-047.「どちらも選ぶなんて出来やしないのよ。」
「マスター、お別れですわ」
「トール様、短いお付き合いでしたが……なのです」
「嘘でしょ、2人とも……」
俺の絶望の声が部屋に響く。絶望の源は、一緒に旅をしてきたはずの少女たち。
彼女たちの言葉が受け入れきれず、体が震える。まさか、まさかこんなことを言うなんて。
「はっ、ジルちゃん、ジルちゃんは一緒に来てくれるよね!」
この間も街であれだけ心を通わせたのだ。2人はダメでもジルちゃんなら……。
そんな俺の考えはいつも通りの、いや、いつもより冷たい表情によって打ち砕かれる。
「駄目。ハチミツ食べられなくなっちゃう」
俺の旅は終わろうとしている。ハチミツという名の、黄金色の悪魔の前に。
他の街にもいってみようかなんて言ったばっかりに……って。
「いやいやいや、たっぷり持って行くし、またここに来たらいいよね!?」
「あら、ばれてしまいましたわ」
「1日のハチミツ増量計画が……失敗なのです」
俺の叫びに、ころりと悲しい表情から笑いに満ちた表情になるラピスとニーナ。ジルちゃんですら、恥ずかしそうに頬を染めている。
「……ジルは、反対したよ?」
「ジルちゃん!」
ごめんね、と目で訴えるジルちゃんを俺は感極まって抱きしめる。
柔らかく、暖かい体に先ほどのやり取りで冷や汗をかいた諸々が温まるのを感じる。
「ラピス先輩、あれが本物ってやつなのですね」
「ええ、見習わなくてはいけませんの」
「まあ、すぐにはなくならないように考えた量なんだからさ、2人も頼むよ」
ひとしきりジルちゃんとのスキンシップを楽しんだ後、俺はジルちゃんを横に置いてラピスたちに語り掛ける。
気持ちはわからないでもないのだ。美味しいものから離れたくないという気持ちはね。
ただまあ、思ったより騒がしい話となってしまったけれども。
「それに、他の土地にもハニービーがいるかもしれませんわね!」
「ご当地ハチミツ、美味しそうなのです!」
まったく、女の子はどうしてこうもころころ泣いて笑ってと変われるのだろうか。世の中の男が女心はわからないと嘆くわけである。
「じゃあ、稼ぐ」
「そうだね、今日も依頼を探そうか」
ジルちゃんのもっともな意見に従い、4人そろってギルドへと向かう。
今日は曇り、暑くもなく涼しすぎず、ちょうどいい。気のせいか、道を行く人々も空の代わりに笑顔が多い気がする。
それは増えてきた冒険者や商人の数による物か。あるいは、未来へのちょっとした希望か。
出来ることならどちらも正解であってほしいなと思いつつ、ギルド。
扉を開くと、前よりも少しだけど賑やかさが増した気がする室内だ。
若干女性の冒険者が増えているように思う。恐らくはハニービー関連だとは思うが……。
「あの巣以外ともお話が出来てるみたい」
「ほんとですわね」
ジルちゃんが依頼書の貼られている間に掲載されている地図を指さす。
それは俺達が探索した情報をもとにしたであろう森の地図に、重要保護地域、ハニービーの狩りは処罰対象です、といった書き込みや赤丸がある。
その赤丸や書き込みは、森の各地に点在しており、ハニービーとの遭遇が順調であることがわかる。
「時期が難しいですけど、上手く行くとハチミツいっぱいなのです」
ニーナの言うように、これだけ大々的になっていると貰ったばかりの巣に顔を出す冒険者も少なからずいるだろう。
そこで次につながる関係が築ければいいんだろうけどな。
さて、ハチミツ確保は3人が喜ぶけど、俺達の目標からは遠ざかってしまう。
狙うべきは……討伐だ。正しくは、人間の住む場所が脅かされるような相手がいたら優先的に、かな。
「……これ、不思議」
「どれどれ……んん?」
ジルちゃんが見つけた依頼、それは確かに謎だった。
場所は川沿いに下った場所にある小さな村。幸いにもこの前の大雨による山崩れの被害が無かったらしい村の1つだ。
内容は畑の監視と収穫手伝い、3日間。監視を頼むということは村人では手に負えないような何かが出てくるということだろうか。
それにしては具体的な相手や討伐に関する記載がない。それに、収穫の手伝い……人手がいるのか?
「ニーナは何からでも守るのです」
「困っているなら……ですわ」
ウチの子達は皆優しい。俺が何かを問いかける前に、そういって準備は万端とアピールしてくる。
俺としても非常に気になる内容だ。そのまま依頼書を受付に持って行くと、この前のお姉さんだった。
「今日は何を……あら、これを受けてくれるの? 嬉しい。私の故郷なのよ、ここ」
「そうなんですね。でもこれ、詳細が良くわからないんですが」
俺の指摘に、お姉さんは説明するからそっちに座って、と受付横の椅子を指さす。
そう言われては聞くしかないわけで、4人そろって座る。そんな説明がいるような内容ということだろうか。
「そうね……トールさん達はゴンダーって知ってる?」
全く知らない俺は横を見るも、3人も同様だ。
何かの名前だろうけど……これまでの謎翻訳を考えるとダゴ……これだとどこかの邪神の眷属だ。
慌てて首を横に振ると、それが否定のことだと思ったらしいお姉さんが頷く。
「まあ、名前まで気にしないわよね。村の特産なんだけど、ちょっと特殊でね。毎年、収穫時期にけが人が出る厄介な野菜なのよ。後、それを狙って魔物が来たりするの」
「なるほど。だから監視と収穫手伝い、なんですわね」
その通り、とラピスに頷くお姉さんを見ながら、腕組する。
つまるところ……あれだボーゴみたいにやばい野菜なんだな。狙って食べにくる相手がいるというなら、その分だけ有用な野菜ってことだ。
さらさらとお姉さんが書いてくれた挿絵は……どう見てもダイコンだ。これが……動くのか。
「わかりました。頑張りますよ」
「お野菜、ちゃんと食べるよ」
好き嫌いの話だと思っていたらしいジルちゃんの頭を撫でつつ、俺は依頼書にサインして村の詳しい話を聞く。
お姉さんの名前を出していいとのことだったのでありがたく使わせてもらうとしよう。
所詮、冒険者は一部を除いて定住しない根無し草。信用される要素が増えるならそれに越したことはないと思うのだ。
「じゃ、さっそく出発しますよ」
「お願いね」
お姉さんの気持ちのこもった声に頷きながら、4人はヴァイツの街を出る。川沿いにあるということで、敢えて街道ではなく川を伝うように歩いていく。
この前の土石流はかなりの威力だったようで、所々に土や岩の山が積みあがっている。
逆にそれらと川の向きが偶然重なり、土石流の勢いは下に行くほど一気に弱まっているようだった。
いつしかそんな土石流の跡もなくなり、静かな川面が陽光を反射するのどかな光景が広がってくる。
「あ、お魚だ」
「ほんとなのです」
まるでピクニックに来ているかのように、自然の営みに目を輝かせる3人。
ラピスですら、花々や水の流れに声もなく、目を細めて微笑んでいる。そんな3人の姿に、戦いだけでなくこうして思い出を作るのも大事だな、と思う。
我ながら情けない部分があるなと思うけど、そんな俺についてきてくれるのだから、それには応えたい。
村に着くまでの間、そんな決心のような物が俺の心に湧き立つのだった。
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増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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