JD-046.「女の子には逆らえない」
「? またラピスがつやつやしてる。元気いっぱい?」
時に、小さい子の言葉って現実をバッサリと切り裂くよね。
喧嘩をしている両親をはっとさせる一言とかさ。三度のジルちゃんの何でもないような一言は、2人を動揺させる……なんてことはなく、俺だけだった。
ラピスはゆっくり休めましたから、等と完璧に受け流している。
女の子は生まれながらに女優というが……本当だな。
別にこそこそする必要もないのかもしれないけど、じゃあジルも、とか自分もとニーナが参戦してきたら俺は色々と抑える自信がない。
いや、今でも抑えられてないわけだけども。幼めの少女3人と体を重ねながら世界を旅するとか、字面にするだけでももう、もうね?
一瞬、3人がかりで押さえつけられている自分という駄目すぎる未来が浮かんだけど、もしかしなくてもきっとその人数はもっと増えているに違いない……あれ、余計にひどくないか?
「トール様? 何か心配事なのです?」
「!? だ、大丈夫だよ」
ジルちゃんたちぐらいの子にまとめて襲い掛かれたら逃げようがないな、なんてことを考えていたら顔に出ていたらしい。
俺は覚悟を決める必要があるのかもしれない。そのためにはリサーチが必要だ。
そう、この世界では愛があればどこまで許されるのか、の。
ほら、昔は子供なぐらいから婚約者がいたり、10代前半でお嫁にいったりとか普通だったじゃん?
だから大丈夫、きっと大丈夫。
「? やっぱり考え事です? お外の空気を吸ってくるといいのです」
「あ、ありがとう、ニーナ。そうしようかな」
考え始めたらいけない、そう強く思った。どうせいくら考えても大事なのはみんなの気持ちだもんね。 俺はそれに応えるかどうかだけ。
「それなら今日はジルちゃんとお二人でおでかけしたらどうですの? ちょっと私はニーナと研究したいことがありますの」
「え? あ、そうだったのです!」
ニーナの背後に回り込み、抱きかかえるようにしていうラピスの瞳は真剣だ。
そんなに研究したいことがあったとは……よく見ていなかったな。
「そっか。ごめんね、気が付かなくて」
うつむき気味に答え、何か埋め合わせをと思うがラピスは首を横に振ることでそれを拒絶する。
ニーナにもたれかかる姿がとても少女には思えない雰囲気をまとっているのは不思議でしょうがないけど、今は気にしてもしょうがない。
「いいんですわ。緊急性はなかったですもの。ほら、ジルちゃん。マスターを頼みますわよ?」
「おでかけ? うん、いく」
いってらっしゃいなのですーとニーナの声を背中に聞きながら、俺はジルちゃんの手を取って宿を出、街に向かう。
カセンドと比べるとヴァイツの街は普通、と言える。
街並みのあちらこちらに、以前の鉱山街としての名残はあるものの、今は偏りの無いごく普通の街だ。
行き交う人々の姿も特別偏りを感じないけど、これから少しは変化があるのだろうなと思う。
「そういえば、二人きりは久しぶりだね、ジルちゃん」
「(コクン)洞窟に行った後はラピスが一緒だった」
そんな街の通りを、ジルちゃんと2人、てくてくと歩く。
つないだ手は少し湿っており、体温が伝わってくる。ジルちゃんが楽しそうなのは気のせいではないと思いたい。
何かを買う訳でも無いのに、時々立ち止まっては興味深そうに店先を眺め、目をキラキラと輝かせている。
俺はその度に、何を見てるのかと聞いたり、その面白さを一緒に感じたりして過ごす。
(あ、これってデートってやつか?)
ここに至って、ようやく俺はラピスやニーナが俺へ気を使ってジルちゃんと遊んでくるように仕向けたのだと気が付いた。
地球での俺は特に付きあう相手もいなかったので、そういう経験は無いに等しい。
夜のラピスに迫られて上手く対応できないのはそのためだ。
決して、少女の禁断の魔力に負けたわけではない、無いよ?……ちょっとはあるかな。いや、結構あるか?
「ご主人様、次、行こう?」
「ん? あ、ああ」
じっと店先の木彫りの彫刻を見ていた風になっていた俺をジルちゃんが引っ張ってくる。駄目だな、デート中に他の子のことを考えていちゃ。
少しそのまま歩いたときのことだ。道の隅に積まれた木箱のそばでジルちゃんが立ち止まり、こちらに向き直った。
「どうしたの、ジルちゃん。疲れた?」
「ううん。だいじょうぶ。ねえ、ご主人様。今、幸せ?」
ドキッとした。実際には色々な感情が混ざっているけど、一言で言うなら驚いた、となる。
元々、両親とは特に仲が悪いわけでも良いわけでもなく、普通に一人暮らしをしたいという考えの元、若干の仕送りはあれど、自分だけの生活だ。
元の世界への気持ちが全くないわけじゃないけど、正直に言って、今の状況の方がよっぽど世界に色がある。
「幸せだと思うよ。ジルちゃんたちがいるからね。こんなかわいい子達と日々を過ごせるなんて、最高だよ」
地球じゃ捕まりそうだし、とは言わない。色々と台無しな気がしたからだ。
「そっか。ご主人様は終わったら帰っちゃうのかな?」
「どうなんだろうね……俺はどこでもいいけど、出来ればジルちゃんたちとは一緒にいたいかな」
戦いが終わった後、世界を救った先……か。そう言われてみれば、考えたことが無かったな。
女神様の言葉通りなら、このまま強い魔物とかを倒して人間側に天秤を傾けていけばいいはずだ。
そうなった先、世界のバランスが戻った時、果たしてどうなるのか、どうすべきなのか。
「うん。やっぱり俺は皆と一緒がいいよ」
「うん。ジルも一緒がいい」
いつも通りの短い言葉。でもその言葉にはジルちゃんの気持ちが籠っているように思えた。
だから、俺も問い返すことにする。
「ジルちゃんはどう? 幸せ?」
「うん! お話しできなかった時でも一緒が良かったけど、今はもっと一緒だから楽しいよ!」
普段抑揚の少ないジルちゃんの必死で元気な声。
ジルちゃんがこんな声を出すことがあるんだ、とまじまじと顔を見た。
ニコニコと、笑顔の浮かぶジルちゃんはとても小さくて、それでいて魅力にあふれた女の子。
(ああ、そうだよ……ジルちゃんも女の子じゃないか)
ストンと、胸のどこかに何かが落ちる感覚。
俺は幼い言動だからってそれに甘えていなかったか?
ジルちゃんだって、一人の女の子だ。そこに感情という物は絶対にある、それなのに。
自責の気持ちと後悔とがないまぜになっていくのを感じる。
「ご主人様、暗い顔してる。ね、ぎゅっとして?」
「うん。このぐらい?」
囁くようなつぶやきに、俺はジルちゃんを近くで感じたくて誘われるままに抱き上げ、そのまま抱きしめる。
ふわりと鼻に届くジルちゃんの匂い。決して不快ではなく、むしろジルちゃんを感じる良い匂いだった。抱きかかえても手にかかる重量は軽い。
「ご主人様の胸の音、久しぶりに聞いた」
俺の首元に顔をうずめ、ジルちゃんの手が俺の胸元に添えられる。
サラサラとした髪の毛の感触が首でくすぐったくもあり、ジルちゃんを感じて気持ち良くもあり、複雑だ。
「そうだったかな? そうかもしれない」
どれだけそうしていただろうか。ジルちゃんが腕の中で身じろぎしたのを合図に顔を覗き込むと目が合う。
「これからも、ご主人様と一緒がいいの」
「うん、よろしく」
短い会話の後、降りるというのでジルちゃんを抱えたまま地面に降ろそうとしゃがんだ時だ。
視界がジルちゃんの顔でいっぱいになり、戸惑いの間に触れあう口。
それは小鳥が餌をついばむような一瞬の物。でも間違いない。
「ジルちゃん?」
「えへへ。ラピスたちにお土産買って帰ろうね」
恥ずかしさを誤魔化すつもりなのか、口元に手をやりながらジルちゃんが街に駆けていく。
そんな彼女を追いかけながら、俺は思う。女の子はいつだって女優で、恋の魔法使いだなと。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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