JD-045.「遥かなる水底で」
「じゃあ、この場所は噴火しなさそうなんだ?」
「ええ、あれがある限りはよっぽど……大丈夫ですわ」
答えながらのラピスの姿に内心のどきどきを隠しながら頷き返す。
まるでお風呂上がりのように湿っており、どことなくさっぱりしているのは湖がそれだけ綺麗な水だったという証拠だろうか。
湖脇の岩場の上で、体を拭いたラピスがいつもの服装に戻るのを待ち、何がそこにあったかを聞いていく。
「深さは……そうですわね。マスター10人より深いと思いますわ。その底には石英とも貴石とも違う水色の岩場が広がっていましたの」
ラピスの説明によると、湖の底はまるで石灰が降り積もっているかのような白の世界だったらしい。
時折水草らしきものが生えているものの、生き物があまりいない場所。そんな水底に、白以外の色である青があったそうだ。
それはカラードな石英とも違い、かといってラピスたちが簡単に取り込めるような貴石とも違う物。
元火山ということを考えると不思議ではあるけど、水属性を帯びた、石英以上貴石未満の不思議な物だ。
「マスターの知る地球のように出来上がる貴石ももちろんありますけど、マナの影響を受けてその属性、あるいは反転した属性の石となることがありますの」
「大自然の、ふしぎ」
いつの間にかラピスの後ろに回り込んだジルちゃんが、同じくどこからか手にしていたクシでラピスの髪の毛……ってそうか、短剣の代わりに出したんだな……。
なんでもないところに貴石術の応用具合を見た気がした。まあ、それよりもだ。
「そうなると、採取するとここの水源が無くなりそうってことでいいのかな」
「きっとそうなのです。湧き出る水を増幅して水量が増えてるのです。自然に貴石術となっている貴重な例だと思うのです!」
なかなか見られないのです、とニーナが強く言うように、かなりレアな光景ではあるようだ。
それらの成分が水に溶け、それをハニービーが飲むことで自然とその力を取り込んでいるのだろう。
何から何まで、珍しい土地である。見た目だけなら……牧歌的というのかひどく平和な良い場所なんだけどね。
「トール様、大体このぐらいで調査は終わりでいいのです?」
そう言われ、現状を把握しなおすと思ったよりもイベント盛りだくさんの冒険だったなと思う。
さすがに人が押し寄せてくる、というところまではいかないように思うけど、少なくとも廃坑よりは冒険者がやってきそうな気はする。
ハニービーたちといい関係が築けられれば一番かな。
「よし、戻ろう!」
試しにと瓶に水を汲んでおき、お土産とする。
帰り道も息と同じ場所を通らずに少しルートを変更したが、出会う相手には変化がない。
(キラービーの巣は結局見つからないな。地面の中とか?)
地球でのスズメバチの生態を思い出しつつ、襲い掛かってくる相手を撃退し、素材を回収。
石英が向こうから飛んでくるような物だけど、刺されるわけにはいかないので油断は禁物だ。
結構長く森を歩いていたわけだが、3人は元気に満ち溢れている。
やはり、目的があると違うようだ。
ちなみに、帰りにハニービーの巣に寄るのを忘れかけ、3人にひどく怒られたのは……できれば忘れたい出来事だ。
「聞けば聞くほど面白い場所ですね」
「気軽に行くには……ちょっと難易度が高いように思いますけどね」
ヴァイツに戻ってやってきたのは当然のことながら冒険者ギルド。
依頼の報告と、発見した物のレポートの様なものを提出だ。お土産に持ってきた水は思ったより貴重な物らしく、別に値段が付くような物になった。
なんでもポーションを作ってみたりして効能の変化を確認するのだとか。
確かに、そういった方面にはいい材料かもしれない。
話が湖、そして周辺の状況に至ると、ギルド職員の感嘆の様なため息も増えていく。
「専用のツアーとかいいかもしれませんね。慣れていけば冒険者も、危険はどんどん減らせるでしょうし」
翻訳万歳、と強く思う相手の言葉に頷きつつも、俺は懸念を口にする。
言うまでもないことだが、ハニービーの密猟や湖周辺が荒れることだ。
地球でも、有名になった観光名所が人が押し寄せすぎて駄目になった、なんて話はいくらでも転がっている。
魔物も出る世の中なので、そこまでひどいことにはならないだろうけど、例えばハニービーなら人間の区別がつかず、騙されるということはあるかもしれない。
「確かに、心配事はごもっともです。先日のハチミツは好評ですから、ここは専用依頼を作ろうと思っています」
説明によるとこうだ。街や周辺でハニービーの関係する素材の買取や販売をする際には、専用の依頼を通しての確保であることを証明しなくてはいけない。そのためには、ギルドが貸し出す専用容器を使うか、別途登録した容器でのみ可とするという物。
言うなればブランド化ということだな。勿論、ICタグだとかが無い世界なので限界はあるだろうけど……と思いきや。
「これは王都で開発された新しい術なんですけどね。使い手のマナの波動が残る、スタンプのような物です」
貴石術を使う時のマナの波動は人によって違うらしく、専用の術を使えばその判定は出来るらしい。
つまりは容器が偽物だとその波動が無い、あるいは違ってくるのだ。
「便利な物もあるんですね。すごいじゃないですか」
「本当なら高価な武具に使うぐらいですけどね。お金もかからないですし、ちょうどいいですよ」
にこやかに笑うギルド職員の目が笑っているのはこの場所がにぎわうかもしれないからか、あるいは自分の給料が増えるかもしれないからか……両方かな?
こちらへと通された2階から1階に降りると、まだ冒険者が結構な人数ギルドにはいる。
各々、自分たちがこなせそうな依頼を見ているようだけど、新設されたばかりの森の依頼はやはり人気らしい。説明を聞く姿も真剣だ。
新しい飯の種を逃すようなら長く冒険者は続けられないもんね。
そんな彼らを尻目に一応依頼書の貼られた場所へと立つ。中身は森に出るまでとほとんど変わっていない。
(うーん、今日はいいか)
次の依頼を見繕ってもいいのだけど、今回は色々あったので精神的には疲れている気がする。
こういう時に命のやり取りをすると、うっかりミスが出ると思ったので追加の依頼は受けずにギルドを出る。
先に3人には宿に戻ってもらっている。
決して、約束通りハチミツが食べたいという意見に押されたわけではない……少し、押されたけど。
宿に戻った俺を迎えたのは、前のシーンの焼き増ししたかのような3人の視線。
が、特に俺が何も出さないことを確かめると、少しがっかりした様子で椅子やベッドに戻っていく。あれ?と思ったけどすぐに理由に気が付く。今回はお土産となるお菓子とかを買ってこなかったからだろう。
「ごめんね。ほら、この前食べてなかった分がまだあるから食べちゃおうか」
忘れていたことを誤魔化すように、収納袋に仕舞ったままの以前購入した物を思い出し、取り出す。
「さすがトール様なのです!」
「ええ、マスターは世界一ですわ!」
「えらい、えらい」
途端、態度がコロッと変わり、僕の周りに集まって来た3人が笑顔で抱き付いてくる。
ジルちゃんに至っては届かない頭をなんとか撫でようと背伸びするほどだ……褒められてるのかな、これ?
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増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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