JD-039.「Beeイング!」
「ジルちゃん、後ろ!」
「やらせない……よっ」
「大きいの行きますわ!」
森の中に俺たちの声が響き渡る。同時に耳に届くのは、貴石術の音、
そしてみんなが走る音、最後に……相手の羽音。
ボトリと嫌な音を立て、地面に落ちる巨体。
それは地球での記憶にある相手に似ていたが、全くの別物だった。
もう何も写さない黒い瞳を持った異形、それはスズメバチを巨大化させて、さらにいじくったような姿をしていた。
ただし、例によってでかいのだが……。
「正面、20ぐらい来ますです!」
「手数を重視! 頑張ろう!」
柴犬の成犬ほどの大きさの相手が羽音を立てて襲い掛かってくるというのは端的に言って、ホラーそのものだ。
チェーンソーを持ったあいつが1人追いかけてくるよりある意味、怖い。
こちらが1匹2匹と相手をしている間に残りにやられたらそれまでなのだから。
「当たるわけにはいかないのですっ」
ニーナが小盾を両手に1つずつ持ち、俺達をかばうように立ちまわっているけど、何分相手の動きは思ったより鋭い。
繰り出してくる針先は親指より太く、口元はコボルトやゴブリンぐらいなら容易に切り裂くことだろう。
「キラービー、厄介ですわね!」
「あたったら、きっと痛い」
それぞれが手にした武器でキラービーを1匹1匹、討伐していく。
森の中ということもあり大技は使いにくく、さらには俺達の後ろにいる彼らを守ることを考えると下手な場所で使えば彼らを巻き込んでしまうだろう。
「マスター!」
「っと!」
僅かな思考の時間を隙とみてか、上空に飛んだ1匹の針が、ひねった顔のすぐそばを通り過ぎる。
どろりと、嫌なぬめりが針の先端に光る。どう考えても毒液です、ありがとうございます。
(そんな馬鹿を言ってる場合でもないですねっと)
幸いなことに、狙い通りに奴らのターゲットは俺達に向かっている。
きっと派手に倒したから、フェロモンか何かが俺達についているに違いない。
細いながらも力を感じる相手の姿を睨みつつ、手にした聖剣を遠慮せずに振るう。
体液を吹き出しつつ、地面に落ちていくキラービーたち。
一体どれだけの数がいるのか、わからないな。
「トール様、下がってくださいなのです!」
そんな俺を脅威と見たのか、ジルちゃんやラピスに向かっていた中から結構な数がこちらに襲い掛かってくる。
飛び込んできたニーナの繰り出した岩の盾が針を防ぐが十分とは言い難い状況で、俺も回避を続ける。
相手の数が多すぎるのだ。
どうにも危なければここで逃げるのも致し方がないという思いだけど、そうすると後ろで震える彼らが全滅するだろう。
つまりは、やるしかないのだが……。
(あ、そうか!)
1つアイデアを思いつき、そのためにキラービーたちを誘導しなくてはいけない。
「ジルちゃん、ちょっと派手に行くよ!」
「わかった……ご主人様と一緒」
叫び、敢えてキラービーたちが多い部分へと突き進み、聖剣を何度も振るう。
その間にもジルちゃんの短剣や貴石術がキラービーを貫く。
そうしてやれば、俺達の方が厄介だと判断してこちらを彼らの攻撃が向いてくる。
所詮は昆虫のでかいやつ、ってところだろうか。徐々に戦場を移動させることに成功する。この距離なら!
「ニーナ、後ろに岩か土の壁を目一杯! ラピス、その後全体冷却だ!」
「了解なのですっ!」
「一気に行きますわ!」
2人とも俺の考えをしっかりわかってくれたようだった。
俺達がここで戦っている理由である、守りたい彼らの巣を隔離するかのように、ニーナの生み出した岩と土の壁が囲いを作っていく。
強度はいらないので貴石解放しなくても行ける規模だ。
それが巣を建築途中の外壁のように包み、つまりは外気を遮断したところでラピスからは青いオーラが立ち上り……キラービーのいる場所を冬が無遠慮に訪ねてきた。
無数の氷の粒を一斉に生み出したのだ。敵を貫くつららではなく、冷やすための氷。
それは一気に気温を下げたはずで、俺達の目の前でキラービーたちはその動きを鈍くした。
(うう、寒い……けど)
俺以外の3人は暑さ寒さをあまり感じない。
だからこそ、あまりいうわけにはいかないと思ったのだ。
「今のうちに!」
とにかく今はキラービーの退治が先決だ。動いていない、あるいはほとんど動けない相手をとにかく素早く切り裂いていく。
時折、ビクンビクンと動く奴もいるが、みんな死んでいる。
筋肉の反射みたいな奴だろうな。そしてその作業も終わり、追加のキラービーも来ない事を確認することができた。
「終わった……お疲れ様」
「さすがに疲れましたわ」
そのままへたり込む俺達。俺もそうだけど、ジルちゃんたちも体力的には結構タフだ。
その割にこの疲労は、というと間違いなく精神的な物だろう。
恐らく刺されても死にはしないような気もしたけど、好き好んで刺される趣味もない。
『ああああ、ありがとうございますううう』
そんな俺達の背後から響く、アニメ声の叫び。そんな少女の声に振り向けば人間の少女、ではなく蜂。
そう、蜂だ。
キラービーの様ないかつい感じではなく、丸っこい可愛らしいフォルム。
大きさはキラービーよりやや小さいサイズだ。それが俺の視線の先でホバリングしながら短い手足をジタバタとさせている。
喜びを表現したいんだとは思うが……。
ビーとか語尾につかないし。いや、これは関係ないか。
「いや、咄嗟の事だったしな。そうだ、名前とかあるのか?」
蜂が喋るという事実に驚きすぎて、もっと言うことあるよね、というツッコミは誰からも出ない。
俺自身、これでいいやと思ってるからいいんだけどさ。
『はい! ハニービーとお呼びください!』
(いや、まんまだな? これも翻訳されてるのかな)
一度ヴァイツの街に戻ってからの依頼は、鉱山の裏側で見つけた森の再調査だった。
以前にも調査したことはあるらしいのだが、鉱山の方が有力というか、稼げるからと放置されていたそうだ。
なので、中に出る魔物の中にキラービーがいるといったようなことしかわからなかった。
喋る蜂がいるなんてどこにもなかったぞ?
「そっか、よろしくな。で、あいつらまた来るかもしれないぞ?」
「いっぱいいそう……」
ジルちゃんの言うように、アレが蜂であれば全部とは思えない。が、ハニービーは小さな頭を縦に振りつつも、慌てる様子はない。
『大丈夫だと思います。今回は女王様が産卵中だったので何もできませんでしたが、事前に準備さえしておけばなんとかなります』
ちらりとその言葉にハニービーの後ろを見ると、巨木にスポンジを巻き付けたかのような物体、ハニービーの巣が見える。
あの中に女王がいるのだろう。
「間に合ってよかった」
『最初は急に暗くなってびっくりしましたけど、納得です。
残った土はこちらで流用するのでそのままでいいですよ』
結局、土の壁で巨木を1本丸々覆ってもらったので全力疾走した後のようにニーナは「はふー」座っている。
また頑張ってもらったので、暇が出来たらねぎらってあげないといけないな。
「なるほどな。おっと、討伐証明を集めないと」
「手伝うのです!」
森の中にまだ残っているキラービーの死骸に向かい、討伐証明となる針を抜き取る。
いくつかの無事な相手からは毒袋も一緒だ。
こういうのはうまく使えば解毒薬になるもんだからな、需要はありそうだ。
中には石英を持つ個体もおり、彼らが魔物だということを強く感じさせる。
一通り集め終わり、ハニービーの巣に戻ってくるとざわめきの中、1匹の大きい個体がふわふわとこちらに向かって飛んでくる。
『人間の冒険者よ。感謝します。義理も無いはずの我らをお救い頂き、何と言ったらいいか』
この感じ、目の前の相手がこの巣の女王のようだった。
俺は本当にたまたまだからと言って、情報交流としゃれこむことにした。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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