JD-036.「だむ!」
残念なことに、雨は3日、4日と経っても止むことはなかった。
「あー……今日も雨か。どうする?」
「依頼の締め切り日まで少しあるし、待とうぜ」
泊まっている宿に併設された酒場では今日もこんな話が行き交っている。
そう、多少の強弱はあっても、晴れるということは無かったのだ。
俺達もまた、足元や雨漏りなどを考え、コボルト退治は中断としている。
出来なくはないと思うけど、ね。
そんなある日の昼。俺は薄暗い外を宿の部屋から眺め、ため息をついていた。
稼げていないからというのもあるけど、だからといって3人に石英を埋め込む作業だけしてても色々と問題がある。
なんとか我慢してもらい、ジルちゃんは貴石ステージが4、ラピスも間もなく4の状態の3、ニーナもぎりぎり3にあげられた。
これ以上は石英はともかく、周囲が気が付くかもしれないことと主に俺の下半身に問題が……あるかな?
恥ずかしくなって気持ちを誤魔化すように外に視線を戻す。
その時だ。
「……?」
何か振動があったような気がして、外をよく見た俺だけど、自分の目がおかしくなったかと思った。
部屋の中を振り返るけど、そこにはいつも通りの3人が何事かをしゃべっているだけ。特に変な光景には見えない。
「? トール様、どうしたのです?」
「いや……3人とも、あの山さ……あんなだったっけ?」
自分の記憶があいまいなのかなと思いつつ、指さす先。
雨が降り、視界は悪い状態だけどそんな奥の方に見えるのは廃坑のある鉱山。
「……? 何か変ですわね」
「途中が、えぐれてる」
そう、その天辺から少し下がった場所。俺の記憶ならその山肌はなだらかだったはずだが、三日月のように急なカーブを描いていた。
「大変なのですっ。崩落してるのです!」
ニーナの叫びに、俺の頭がフル回転を始める。幾つもの要素が絡み合い、1つの最悪の予想をはじき出す。
大雨によって、山が崩れたと。
「みんな、力を貸してくれ。街を、守るよ」
このまますぐに逃げればたぶん、俺達は被害にあわない。
でもそれは……やっちゃダメな気がした。あるいは叫んで回れば多少は街の人も助かるかもしれない。
でも、やれることはまだある!
「山が崩落したぞ! 逃げろ!」
階下の酒場に飛び込みつつそう叫び、雨にずぶ濡れになるのも構わず、俺達は宿を飛び出す。
途端、体を打ち付ける雨。しかし、そんな中でも足元から響く鈍い音。
崩落がまた起きたのだ。急いで向かう先は、川。
「くっそ、まじかよ」
苦々しくつぶやく俺と3人の視線の先で、山を濁流が滑り落ちているのが見えた。
土石流という奴だ。車も無いこの世界じゃ、どこまで逃げられるかわかったものじゃない。
俺の宝石娘と行く異世界チートライフは自然の驚異の前に大ピンチであった。
酒場から出てきた人たちが騒ぎ出しているのか、雨の向こう側で街に松明や建物の灯りが灯るのがわかる。
「ニーナ、壁を大きく作って街からそらしたい。お願いできる?」
言いながら、俺は自分がひどい奴だなと思っていた。
自分のわがままに3人を巻き込んで、このまま4人とも命を失うかもしれない状況に置いている。
その上で、断れないだろう相手に無理のあるお願いをしているのだ。
「トール様。やれとご命令くださいなのです」
気持ちが沈みかけている俺に、それがご命令とあれば、と答える二ーナの笑顔がまぶしい。
「……ありがとう、ニーナ」
「マスター、いちゃつくのは後でみんな一緒ですわ」
「ジルも、後でいっしょ」
2人からツッコミの声にも焦りがある。
「じゃあ、行くよ」
「はいなのです……」
ニーナの前に膝をつき、聖剣を短くする。おずおずとめくりあげられた服の中。
雨に濡れて逆にテカリを感じるお腹にそっと聖剣を突き刺す。
「んんっ、これが……思ったよりお腹いっぱいに入ってくるのです」
ジルちゃんともラピスとも違う手ごたえを感じつつ、奥まで差し込み、手にはかちりとした感覚。
「ふぁっ、ふぅんっ」
小動物のようにプルプルと震えているニーナ。長引かせるわけにもいかず、そのまま左にひねる。
途端、俺の視界は暗闇に包まれた。
「ふぅぅぅんんっっ!!」
ニーナが叫びと共に服を下ろし、その時に俺の頭ごと抱え込んだ形になったからだった。
頭の上に乗っかっている柔らかい物はニーナの……と、暗闇だった視界が白くなる。
ニーナが貴石解放により輝きだしたからだ。
ふわりと空中に浮き、変化していくニーナ。その姿は女神様をそのまま小さくしたような姿で、ジルちゃんとは別の意味で子供っぽいニーナがこうなるというのは内心驚くほどの変化だった。
あ、でも胸元は女神様ほどじゃないかな?
「さっそく壁を作ってくるのです!」
雨に濡れながら、ニーナは走り出して近くの高台の上に立つと、全身から土色の茶色いオーラのような物を出しながら何事かを呟く。
瞬間、湧き出るように川沿いに地面から大きな壁が現れ、そのまますごい勢いで左右に伸びていく。
「マスター、私達も」
「勢いをばしっとやって減らすの」
「そうだね。よろしく頼むよ」
ここは出し惜しみ無し、ということで2人も貴石解放を行う。
何故だかジルちゃんは後ろから抱き寄せつつ、ラピスは横から抱き付きつつを希望されたのでその通りに。
(誰もいなくてよかった……)
俺を見上げながらにこやかに微笑みつつ声を出すジルちゃんや、耳元にしっかり口を近づけながら声を出すラピスに色々と思うところはあるけれど、今はそれどころではない。
走っていく二人を見送り、俺もまたニーナのいる高台へ。
ついに土石流は目の前に迫っている。何もなければ土手を越え、街に迫っていたに違いない。
腹の底に響くような重低音が耳に届く。
ニーナの生み出した壁に、相手がぶつかり始めたのだ。
「ううううう! 思ったより激しいのです。
このままだと……トール様、マナ補充をお願いするのです!」
「よし、わかった!」
両手は突き出したままで立っていないといけないというニーナの横に立ち、彼女の腰を支えるようにして抱きかかえ、聖剣(短)を再びその小さなお腹に差し入れた。
「んっ……もっと、もっと欲しいのです」
「わかったよ。俺も出せるだけ出す」
本来ならばとっくに貴石解放の時間が切れているであろう中、ニーナは大きくなったまま、貴石術の壁を維持し続けていた。
その途中、ジルちゃんたちは術により、濁流の中の大きな岩などを砕いたり、流れを少しでも変えるべく川沿いに打ち込んだりといったことをしている。
ちらりと街の方を向けば、防ぎきれていない部分の濁流が街に迫っているのか、3人のようにとはいかなくても貴石術が飛び交うのが見える。
何度もニーナにマナの補充をしていると、俺も息が上がってくるがニーナはもっと大変だ。
疲労が蓄積しているのか、足ががくがく言い始めていたので慌ててしっかりと抱き寄せた。
「ニーナ、頑張れ」
「トール様が一緒なら、頑張れる気がするのです。それに、もう少しなのです」
言われて視線を上げると、空からは晴れ間がのぞき、土石流もいつしか勢いが落ちているように見える。
いつのまにか、音は消え去っていた。
濁流による音に慣れた耳には逆に静かすぎて痛いぐらいだ。
「終わった……?」
「マスター、やりましたよ」
「ニーナも、お疲れ」
乗り切ったことを自覚した途端、ため息が口からこぼれた。
俺の腕の中で、ポンっと良い音を立ててニーナが煙に包まれる。
マナ補充を止めたせいで時間切れとなったのだ。
「はわわ……もう限界なのです……はうううう」
顔を上気させて倒れ込むニーナ。その小さな体を俺はいわゆるお姫様抱っこで抱きかかえる。
「戻ろっか」
「ええ、そうしましょう」
誰も見ていない戦い。称賛はもらえないだろうけど、これでいいんだと思う。
どこか心地よい疲労を抱えながら、街へと戻った俺達はまだ騒がしい街中を気にすることなく、体を拭いてすぐに眠りに落ちた。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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