JD-159.「背負う者」
「5割の重傷者……よく考えるととんでもないな」
トスタの街周辺で起きている謎のモンスター大量発生事件。主にゴブリンとオークで、個体ごとの強さは変わらずということで何とかしのいでいたところに俺達は帰って来た。様子を見に行く意味も込めて森に入り、その相手の数に一時後退して来た俺たちが出会ったのはスーテッジ国の兵士たちだった。
彼らは掃討のための作戦を行うべくこの森にやってきていたのだ。後のことは兵士に任せ、街で結果を待っていた俺達の耳に飛び込んできたのは……惨劇とも言えそうな状況だった。
なんとか作戦は成功したらしく、原因であろうモンスターの討伐も行えたらしい。その代償が半数以上が重傷者となる結果。素人の俺でもわかることだけど、普通に考えたら何割かの被害が出た時点で撤退なりなんなりを考えるはずだ。それが出来ず……あるいはそれをしなかった?
現場にいなかったので何とも言えないが、原因であろう相手を倒した後に被害を受けたのか、被害を受けてから原因を取り除いたのか……どうも嫌な感じだな。
「とーるのやってたみたいなゲーム?と違って簡単には人は補充できないもんねー?」
「撤退だってそう簡単には行かなかったはずよ。案外、負傷者を抱えて戻る時に被害が広がったんじゃないかしら」
みんなの言うように、ゲームとかであれば20人減った? じゃあ補充ね、なんていくところを現実ではそうもいかない。
逃げ出すのだって大変だ……あの偉い立場にいるであろう人は無事に帰れたのだろうか? なんとなく、無事に帰ってきたら帰ってきたで処罰みたいなのがありそうな気がする。
「マスター、このあたりならよろしいのでは」
「周辺に敵影並びに目撃者もいないのです!」
2人の報告に頷いて、俺はジルちゃんを背負い、両手にルビーとニーナを抱える。フローラはラピスと抱き付いたような感じだ。そしてそのまま、空に飛びあがる。
いきなり町中で飛び上がるのも問題だしね、こうして離れた場所からアプローチだ。
まるでテレビで見るヘリからの中継映像のように、高めに飛んでいく俺たち。地上から目撃されても面倒だし、何か飛んでこないとも限らないからね。
そのまま風を切りながら、昨日兵士達が向かったであろう森の奥の方を目指していくと……たぶんそうだろうと思う物が見えてきた。
「ご主人様、広場があるよ」
「だいぶ派手にやったわね。根こそぎ倒されてるじゃない……何か転がってるわよ」
耳元でささやかれることに少しくすぐったさを感じながら、ルビーの言うようにどうも元々は森だったんじゃないかと思う広場になっている場所をよく見る。
確かに、何か中央に転がってるね……あれが原因のモンスターかな? 一晩経っても残ってるってことは、石英を取ってないんだろうか? あるいは、とる余裕が無かったのかな。
「あの兵士の同僚さんは……あの場所にいるとしたら残念な結果なのです」
「でも何か持って帰ってあげたいね」
何を、というと今回の戦いで犠牲になったであろう兵士の遺品だ。ギルドで兵士達の被害を聞いた後、宿に戻る途中でその兵士達に出会った。ひとまずの負傷者の治療を終えたのか、整列して移動中だった。治るまで待機していればいいのに、と思うのは素人だからだろうか。
先頭にいるあの若い指揮官がこちらを見たような気もしたが、下手に声をかけてもあまり意味は無いと思い、脇にどいたままだった。
と、そこに最後尾のほうにいる兵士が数名走り寄って来た。泥だらけの装備で、如何にも一兵卒って感じだった姿を思い出す。
「あの、君たちこの街で活動する冒険者だよね?」
「一応しばらくはいますけど……?」
随分と必死な様子だったので話を聞く姿勢を取る。前の方では指揮官が町長と話をしてるようでこちらには気が付いていないようだ。
顔を戻すと、兵士の1人が懐から何か紙のような物を取り出した。
「もし、森で私たちの同僚の物と思うような物が見つかったらここに送ってほしい。連れて帰れなかった……奴らがいるんだ」
悔しさを隠せない表情。兵士としては失格という態度かもしれないけれど、俺は逆にそれに好感を抱いたんだ。そのほうが人間らしいな、って思ったんだよね。
だから頷いて、その恐らく住所が書かれたであろう物を受け取る。ちらりと見た限りでは、街の名前やどの区画か、といった内容だったから間違いないだろうね。
そうして旅立って行った兵士達を見送り……俺達は件の森の上空にいるわけだ。
徐々に降りていくと、地上の激しい戦いの後が見えてくる。俺達も多少木々は斬って進んだけれど、それはどちらかというと通りにくい部分をどかすだけだった。でも兵士達は進む先には何もあるべきではないと言わんばかりになぎ倒して進んだようで、あちこちで大木も倒れている。作戦行動としては随分と変な動きに思えるな。
「焦り……でしょうか? もしかしたら、別の場所では後のことを考えて動いたら奇襲でも受けたのかもしれませんわね」
「だから見晴らしはよくしましょうって? それで周囲から敵を集めたんじゃの本末転倒じゃないの……」
隣を飛ぶフローラに抱き付いたままのラピスの予想を俺は否定できなかった。どうにも、おかしいんだよな……。とはいえ、ここで浮いたままじゃ何も解決しないし、そのうち限界が来る。
徐々に高度を下げながら気配を探るけど、昨日とは打って変わって、森が静かだ。
「ご主人様、嫌な感じがする」
「自分もなのです。どうにも……すっきりしないのです」
短く頷いて、いつでも何かしら対処できるように警戒しながら広場になっている部分へ向かった。
上空から見えるそれは……巨大なカエルだった。大きさにして一軒家といったところだろうか? とにかくでかい。
周辺にはよく見ると、目がおかしくなったのかなと思うような対比でゴブリンの大きい奴がいた。
これも死んでいるのか、動かない……これが受付のお姉さんが言っていた奴かな?
「もったいないけど、焼きましょう。何がいるかわからないわ」
もっともな提案に頷いて、ルビーの手の中に力が集まるのをすぐ横で見守る。高さ的には5階建てのビルぐらいからの場所から地上へとルビーの貴石術が放たれていく。
森に燃え広がらないようにと中心付近にだけ放たれたそれは大きなカエルやゴブリンを徐々に焼き……しばらく後、少なくとも生きた奴はいないとわかる状態になった。素材としては使えないけれど、しょうがないね。
「全然向こう側が見えないよー……すごい」
「こんなのを良く倒したな……」
現場を目にすると、逆にこの相手を半数の重傷者で倒したという兵士達の力を褒めるべきではないかと思える大きさだった。さすがに兵士としてここに派遣されるだけあって、結構な実力者ばかりだったんだろうか?
「槍とかが転がってるのです。兵士の同僚さんは……いないです?」
みんなして周囲を探索するも、この巨大なカエルとゴブリン以外には死骸は無かった。戦っていたのは別の場所なんだろうか?
そう思い、巨大ガエルの背中のほうへと回り込んだ時だ。目に飛び込んできたのは、カエルの背中。
何かが無数にはまっていた、そう思える穴が多くある。穴というか、くぼみかな?
上空にいたときにはこの場所には何もなかった。ということは何かはまっていたとしてもそれは失われていたことになる。
この大きさで何かが背中に無数にはまってる姿……気持ち悪いけれど、なんとなく覚えがあるぞ。
確か、背中にこんな風に卵だったかを乗せる奴がいなかったっけ?
「ご主人様、何もないよ。黒こげの奴だけ」
「一応中身を見てみる? 石英があるかもしれないわ」
そうだね、と頷こうとした時……俺はずっと漂っていたはずの変な気配というか、その感覚にみんなが慣れてしまっていたことに気が付いた。
今もまだ、嫌な感じはあるというのに俺自身、すっかり忘れていた。何よりも、人間側の落としていったものや、被害者といったものが全くいないのがおかしいじゃないか。
「何かいるはず! 警戒を!」
あるいはこれも相手の貴石術か何かの影響かもしれない、そう思って叫ぶのと、森の茂みに揺らぎが見えたのほぼ同時だった。
見えてきた姿に俺はそれに一番近いラピスのそばに駆け寄り、間に体をすべり込ませた。
音も無く迫る何か、俺はそれを躊躇せず聖剣で薙ぎ払った。
『ゲロオオオ!』
悲鳴を上げて姿を現した相手……それは、黒焦げにした奴よりは小さいが同じ姿の謎の巨大ガエルだった。その背中には白い結晶体が無数にはまっている。
「番か!?」
みんなもそれぞれに身構えるのを背中に感じながら、俺は目の前の巨大ガエルとにらみ合うのだった。
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