JD-142.「結末は岩壁の向こうに」
「っ! 感じる……とーる、あの中にいるよ!」
「と言っても……」
空中に浮いたままのドラゴン。その羽ばたきが1つ起きる度に周囲に風が吹き荒れ、雨が坑道や俺たちにたたきつけるようにして降ってくる。
意識して貴石術により顔の周りに小さな壁のような物を作らないと目を開けていられないぐらいだ。
そんな俺達の状況を笑うかのようにドラゴンが吠え、周囲の雷が勢いを増した気がした。
思わず見上げると、どこかの必殺技のように集まっていく雷。そのまま放っておくのは明らかにまずそうだ。
ドラゴンの額に輝く紫色の光。恐らくはアメジスト……あんな場所にあったんじゃ先に取るってわけにはいかない。倒すしかないのか。
「ジル、行くよ。みんなもすぐに来てね」
「すぐ行くわ!」
一足先に飛び出したジルちゃんが大きく飛び上がり、自身に迫る細い雷を無数に展開した輝く小盾を囮にしてしのいでいく。途中、足元に生み出した小盾を足場にして飛び上がり、一気にドラゴンの前に迫っていた。
俺達はその間に手早く4人とも貴石解放の手順を取る。相手がドラゴンとなれば出し惜しみは無しだ。
「ラピス、エンゲージは?」
「上手く行くかどうか……最初はボーナスみたいなものですの。貴石ステージが足りませんわ」
長期戦は回避したいところなので、ラピスかジルちゃんに一気に決めてもらおうかと思ったけどなかなかそううまくはいかないらしい。ひらめいた直後はコストが無し、みたいなもののようだね。
だとしても戦えないわけじゃない。今ある手札で頑張らなくては。
「嵐は……ボクにも触れるんだよ!」
雨に濡れ、それでもドラゴンを睨みつけるフローラは凛々しさすら感じる顔をしていて、その気合のままに周囲にフローラの力であろう緑色が広がっていく。
嵐は無くなったわけじゃない。そこら中に風や雨の気配は感じる。けれど、今はフローラによりその力を弱めているようだった。
視界が良くなったところでそれぞれの手から貴石術による射撃がドラゴンに飛んでいく。こうしてみるとあの水晶竜よりは若干小さいかな。全身苔むしたような緑色で、若干スリムな感じだ。
その顔は邪魔をするフローラや撃ち込む俺たちに対してか、怒った顔だ。
「空を飛んでるなら、そこまで行くのみなのです! ええーーい!」
「ナイス! 至近距離の一撃なら!」
橋が作られていく様子を高速で見ているかのように、ニーナが地面に手を突いた場所から岩が伸び、確かな橋となって一気にドラゴンの近くまで伸びていく。相手がそれに対応する前に、俺はルビーと一緒に駆け出した。ジルちゃんは今もなお、足場を連続で作り出しては相手を翻弄するようにあちこちに飛び回って一撃一撃を加え続けている。
すぐ後ろにラピスの気配を感じながらも、俺はそんなジルちゃんの方をドラゴンが向いた瞬間、聖剣に炎の力をまとわせた。相手の肌の質感すらわかりそうな距離で……振り抜く!
爆音とともに確かな手ごたえ。それは爆弾でも爆発したかのようにドラゴンと俺達の間に音と衝撃を生み出した。ラピスがすぐ後ろで水の壁を作り出してくれたから立っていられるけど、そうじゃないと転がっていたかもしれないね。
降りてきたジルちゃんを抱きかかえつつ、攻撃の結果を見届けようとした時だ。
「マスター、まだです!」
「!? しぶとい!」
右足をもぎ取られたようになっているれけど、ドラゴンは健在だった。その顔は怒り以外の何かも混ざっているように見える。
なおも追いすがろうとした俺達に向け、開かれる口。まずい、ブレスだ。
ニーナと一緒に、咄嗟に生み出した岩壁。斜めに作られたその表面を大きな衝撃が襲う。直接受け止めるのではなく、受け流す。そんな壁だけれどもドラゴンの方が少し強かったようだ。どんどんとみんなごと後ろに押されて下がっていってしまう。しばらくして、その壁にひびが入り……砕けた。
「もう一回……あれ?」
再び飛び出そうとしたジルちゃんの足が止まる。何事かと俺もそちらを向いて……硬直した。
さらなる追撃を考えているのだろうかと思っていたドラゴンが、背中を向けている。しかもすでに移動し始めているのだ。
「逃げるなあー!」
その叫びは俺の物か他の誰かの物か。飛び立っている背中に向けて炎や氷を撃ちだすも逃走にかかっているドラゴンには届かない。
ここからじゃフローラと一緒に飛んだとしても追いつけるかどうか……まるで高速ヘリだ。
しばらくそのまま、俺達は飛び去っていくドラゴンをその場で呆然と見つめていた。
「……ごめん、フローラ。逃がしちゃったみたいだ」
「だいじょうだよー、とーる。一度見つけたんだからね」
手に入れることができた時のことを考えると、ここで逃がしてしまったのは痛い。せっかくダメージを与えたけれど、また回復されたら意味が無くなってしまうからね。
けれど、フローラはそんな俺に対して不敵な笑みを浮かべた。
「私達に取っちゃ、あれらはもう自分の分身みたいなものなのよ。一度見つけたら相当離れていても方向ぐらいわかるわ。後は追いかけるだけよ」
「次は囲むようにして逃がさないようにしないといけませんわね」
「包囲戦、望むところなのです」
ルビーの説明にみんなを見ると、それぞれにやる気に満ちた表情で頷いてくる。そうだよな、これで終わりってわけじゃないんだ。今度はしっかり仕留める……そう決心すると、ジルちゃんも元に戻った姿のままで、真剣な顔をして頷いてくれた。
気が付けば嵐は止んでいた。さっきのドラゴンが犯人ということで間違いは無いみたいだった。
どこまで行ったかはわからないけれど、これで事件そのものはひとまずなんとかなったということになる。
根本的な対処としてはあのドラゴンを倒さないといけない。そもそもどうしてこんな場所に出てきたかは謎が残るけど、貴石を取り込んで半ば暴走してるとしたら本来のテリトリーを抜けてあちこち動いているということも考えられた。
向き合った時の瞳には、水晶竜のような感じではない、こう……獣臭さを感じたんだよね。
(後はどの方向にいったかだけど……)
「んー、南東ってとこかな。あれ、ということは……」
「スフォンまで行ってしまうかもしれませんわね」
案外途中の野山で止まるかもしれないけれど、感じる気配を元にたどると行きつく先は海辺の街、スフォンらしい。
あそこには火山もあるし、自然のマナそのものにはあふれているはずだ。可能性は十分にあった。
「将軍に報告をして、前線から戻るです?」
「そうだね……放っておくわけにはいかないね」
俺達が逃がしたせいで、とまでは言わないけれど責任がある程度はあるような気もするし、向かわないわけにはいかないだろう。
嵐をなんとかするという依頼自体は失敗なような成功なような。正直、他の冒険者に知らせる余裕が全くなかったものな……。
遭遇したけど逃がした。だから追いかける……これで通じるといいのだけど……。
やや重い気持ちを抱えながら、俺達は他の冒険者と合流して一度ハーベストに戻る。
嬉しいことに、他の冒険者たちは生きてるんだから次がある、と笑ってこちらを怒るようなことは無かった。
相手は生き物、失敗なんて誰にでも起きることだ、と。
「必ず戻って来いよ」
「はい。ドラゴンの素材を手土産にまた一杯飲みましょう」
ハーベストの冒険者達と一時の別れの挨拶を交わし、俺達は久しぶりの海辺へと向かうのだった。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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