JD-140.「黒い嵐」
その日、ハーベストの外は大荒れだった。暗い空、吹き荒れる雨風。俺は知識から台風が来ているのだろうかと思うけれど、街の皆は違うようだった。よくわからないが、嵐が来ている、そんな認識だったのだ。
珍しいこともあるもんだといった具合だ。こういう時は飲むに限る、と酒場は盛況。
俺はジルちゃんたちとそんな酒場の端っこで思い思いに料理を口にしつつ、時間を過ごしていた。
「うーん、前より食事具合が良くなった気がしない?」
「そうですわね……確かに」
「このソーセージ前は無かったよねっ」
おしとやかに蒸かした芋を口元に運ぶラピス。その横でフローラはウィンク1つ、湯気を立てるソーセージにかじりついている。
ルビーやニーナもそれぞれの自分の器に盛った煮込み料理を食べているし、ジルちゃんは小リスのようにもぐもぐとパンにかじりついている。
そう、前はどちらかというと前線だからということでどこか荒さを感じたのだけど、最近はこう……食事を楽しむという雰囲気があるような気がするのだ。
それは俺達の作った銭湯もどき等の公共施設といったものも関係して来てるのかもしれない。
もちろん、未だにモンスターは数が多いし、道に不用意に出ていけば危険に遭遇するのは間違いない。
それでも、このあたりがモンスターから人間の領土と出来た、そんな印象を受けるようになったのだ。
頑張ってきた甲斐があるという物だ。でも……。
「この嵐が続けば、少し困るわね。台風にしては少し気になるのよ」
ぽつりと、食べる手を止めて呟かれたルビーの言葉が、俺達の気持ちを代弁していた。
物流が止まっても、元々自給自足が出来ていた土地だ……すぐにどうこうということはないだろうけど、他との連絡が取りにくいというのはあまり良くはない。
食事の残りを口にしながら、俺達は建物の外の荒れ具合に思いをはせていた。
数日後、その予感は的中してしまう。嵐、もしくは台風であろう物が続いているんだ。
時折弱まるけど、それも1時間するとまた強くなる。近場はともかく、遠出には向かない。
普通に旅をしては大雨に打たれ、身を寄せた場所がぬかるみの真っただ中になる、なんてことが起きてしまうからだね。
「うーん、フローラ。アンタの力でなんとかなんないの?」
「無理だよー。ボクもちょっとなら制御できるけど、これじゃあ焼け石に水ってやつだよ」
今だに外は暗く、雨風も強い。これでは依頼の類の全くなく、ちょっと荷物を運ぶのを手伝って、ぐらいなもので冒険者は開店休業状態だった。
最初は景気づけにと騒いでいた彼らも、今は身をひそめる草食動物かのように、嵐が収まるのを待っているようだった。
俺達もそれに従い、宿であり余った時間を過ごしていた。
「こうしてると思い出すね。ニーナたちと土砂を止めた時を」
「鉱山のです? あの時はトール様のマナ補給がずーっと続いたから途中で腰が抜けたらどうしようかと思ったのです」
「そうですね。マスターはあの頃はだいぶ勢いだけでしたもの」
ラピスの鋭い一言に呻きつつも、俺は皆との出会いを思い出していた。一緒にこの世界に落ちてきたジルちゃん。スライムから助け出したラピス、ゴーレムの一部だったニーナ、空を舞っていたフローラ、そしてちょっと待たせてしまったルビー。みんな、大切な子達だ。
誰かひとりを選ぶのが恋愛としては正しいのかもしれない。けれど、色々とあってそれは無理そうだった。
みんなは女の子だから物ではないけれど、こう……コレクションしちゃったものから1個だけ選んでって言うのもね、難しいんだ。
「? ご主人様が困った顔してる。どうしたの?」
「いや、大丈夫だよ。ちょっとね。それより、何をして暇をつぶそうか」
何の気なしにいった言葉だったけど、若干後でそれを後悔することになる。ほら、日本でも大規模な停電があったり、外に出れない日とかがあったりすると……増えるって言うだろう? 1年ぐらい後にさ、そういうのが。
執事なセバスに借り受けた消音の道具が休まる暇がほとんどないほどの時間を過ごして暇という物が全くなくなっていく。
聞こえないからいいけど、この時間の潰し方はどうなんだろうね、うん……。
そしてさらに数日。外はまだ荒れていた。さすがに毎日という訳にもいかずにみんなイライラが募っているように見える。
かといって外に出てびしょ濡れになるのもねえ……お風呂は入れるけどさ。
「飽きたぁーーー!!」
「さすがに私も困りますわね、これは……」
俺も体としては問題がないけど、ひたすら籠ってイチャイチャするということに色々と限界ではないけど、危ない物を感じていたので2人の意見には正面から同意した。ジルちゃんたちも同じだった。
多少雨に降られるのは覚悟して、なんでもいいから依頼でも探そうということになり、雨風の強い中、ギルドへと向かった。
びしょ濡れになってたどり着いたギルド。人気は無い……というには少し多いかな。多分みんな、暇を持て余して仕方なくここにいるんだと思う。壁には増えていない依頼書。やっぱり無理か。
ジルちゃんたちは顔なじみになっている女性冒険者の集まりのところに向かったので俺は俺で暇そうにしている男達の元へと向かい、空いている椅子に座った。
「よう、兄ちゃんも暇かい」
「ええ、この嵐では……これ、嵐ですよね?」
ちょうどいいので、三日目ぐらいから思っていたことを聞いてみると、冒険者達の顔色が急に変わった。
俺はその変化に驚きつつも、じっと相手の反応を待つことにする。
「嵐……なのは間違いねえ。ただ、そうだな。すっかり抜け落ちてたぜ」
「ああ。その場合を考えてなかったな。喜べ兄ちゃん、多分討伐依頼が出るぞ!」
急に騒ぎ始めた冒険者達の話を聞いて、俺も自分の予想というか、不安が当たりそうなことを実感した。
そう、この嵐というか台風みたいな状況を何かが作り出して維持してるんじゃないかということだ。
思い出すのはフローラの中にある1つの貴石のあった状況。あれも自然にはあり得ないほどの天候だった。
にわかに騒がしくなるギルド内。未確認ながら可能性は十分にあるということで探索のための依頼がギルド名義で発行され、いつの間にかギルド内にやってきた冒険者達と俺達はその依頼を受けて雨の中、外に出ることになる。
「気を付けろよ。この嵐じゃ何かあっても互いにわかんねえからな」
「はいっ!」
バラバラに探しても意味がないということで、集まった面々を各方面に割り振る形での探索だった。
俺達は他の数組と一緒に、鉱山の方向へと向かう。少し雨風が弱まったところで出来るだけ急いで駆け出して行く。
足元はぬかるみで、気を抜くとすぐにこけそうだけどそこはアザラシなマリルの貴石術を思い出し、かろうじてそれっぽいものを再現して俺達は走り続ける。
よく見たらみんなはフローラの力で若干浮くようにして走ってるようだ。俺もそうしておけば早かったかな?
前に来た時よりも少し時間がかかった気がするけれど、無事に鉱山にたどり着く。暗がりの中、坑道の入り口がまるで髑髏の目や口のように見えて不気味だった。
嵐はまた強くなるが……俺達はその場に立ちながら武器を構えなおし、鉱山を睨んでいた。
感じたのだ、大きな気配を。
「厄介な魔物が中にいたら、外に出て空に光を放て。そちらに向かう」
「わかりました。互いに気を付けていきましょう」
水を吸うどころかすすぎの前に取り出したかのようにびしょ濡れの俺たち。声を掛け合いながら、別の坑道からそれぞれに鉱山に突入した。
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R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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