JD-136.「つながらない過去と今」
最前線ではなくなったが、まだ中継点としても賑わいを見せるハーベストの北東。大きな森が広がり、自然ばかりの場所ということで普段は人が立ち入らない土地。
そこで見かけたことがあるという喋るコボルトを探し、色々あってコボルトとの交流の輪の中にいる俺たち。
かつてここに暮らしていたという人間の遺した物を確認していると、気になることが書かれた日記を見つけたのだった。
『お前たちは貴石を力と出来るのだな……ならば、すぐそこにある祠に行くといい。そこには人間がいざという時のためにと残しておいた貴石が保管されているはずだ』
「いいの? 道具を動かすのにも必要なんじゃ?」
人間とコボルトの交友の証である道具はコボルトの集落でもあちこちで見かけた。技術を多少は受け継いでいるのか、修復されたような跡もある物がいくつもあった。
ああいったものを使うのが生活の一部になっていると思うのだけど……。
『あれらには使わないものだ。人間は貴石を使って非常に強力な貴石術を使っていた。残念なことにコボルトでは同じことは出来ぬ。無駄に眠るよりはいいだろう』
「おじいちゃん、ありがとう」
まるでおこずかいをもらった孫のように、老コボルトに抱き付くジルちゃん。一見すると小さい着ぐるみに抱き付いてるようにも見えるけど、微笑ましい光景だ。
他にも運ばれてきた書物類に目を通すけど、どれもがいまいち理解できない技術書だったり、なんでもないようなことばかりだった。
内容に脈絡が無かったり、途切れ途切れだったりするのは都から逃げ出す時に急いで持ち出したからだろうか?
紙もそう簡単には確保できない環境だったろうしね……。
(そんな環境でも最後まで生きた……すごいな。でも……そんなに厳しい環境だったのか)
この場所でのコボルトと人間の話を聞いてから、ずっと俺の中でくすぶっている思いがあった。
昔、人間があの都を中心に繁栄していたのは間違いない。そこを襲撃されてピンチになった、これもわかる。
けれど……あまりにも一極集中というか、他の場所との連携が無さすぎではないだろうかと。
連絡が途絶えた、となれば少しは探索といったものが出されると思うんだ。それなのに、将軍クラスでようやくこういった場所があったはず、というレベルでしか話が残っていない。
それに、逃げ延びた人がほとんどいないであろう状況というのも謎が残る。主だった戦士は被害を受けたとしても、人間の領土まで逃げ込めないということがあるのだろうか?
単純に、昔は今よりもモンスターたちが強くてということと、生き残った住民が戦えない人ばかりだったということもあるのかもしれないね。でもそれも、強力な貴石術を使っていたという老コボルトの証言から否定される。では一体何が……。
「今となっては全て謎の中……かな」
「? とーる、どうしたの?」
顔を覗き込んでくるフローラになんでもないよと答え、俺はその考えをひとまず頭の隅に置くことにした。
今考えても、答えは出ないし、何より目の前の状況の方が大事だからね。
どちらにしても俺は強力な相手が出てくるかもしれない、と警戒するだけでいい。
一通り目を通した俺達は、片づけの後に老コボルトの案内を受けてその祠に行くことにした。
場所はすぐそばで、普段はコボルトたちも近づかないということだった。
使うことは出来ないけど、貴石の力を感じているからではないかと老コボルトは言っていた。
「なるほど。これはなかなか……」
「扉の外からも感じるわね。ニーナ、別に何も出てこないだろうから岩は仕舞っておきなさい」
石を平たく切り取ってはめ込みました、と言えそうな扉を前に俺達はここからでも感じる中の気配に驚きを隠せなかった。長い時間が経過してもこうして感じるほどに力を帯びている……その事実に。
なんとなく、俺が開けるべきなのだろうなと思った。むしろジルちゃんたちは開けられないかもしれないね。
ごくりと唾をのむようにしてから、取っ手に手をかけると、少しだけど自分の体からマナが抜けていくのがわかる。
すると、わずかな手ごたえを残して大きな石の扉は開いていった。
見えてきたのは思ったよりも高い天井の部屋。奥の方には何か箱のような物や、像のようなものがある。
一瞬、祈りの場所のようにも思えたが薄暗くてよくわからない。灯りを生み出す道具に力を籠め、室内を照らすように掲げると中の様子が良く見えてきた。
「ご主人様。女神様がいるよ」
「大きいのです。色々と」
ジルちゃんたちの言うように、奥の方にあった像のような物は女神像だった。顔はどこか作り物めいた印象があるけど、全体的にはよく似ている。むしろ似すぎて怖いぐらいだ。
なぜなら、この像を作った本人は女神様に会ったことがあるのではないかと思わせる出来だったからだ。
『用が終わったら家に寄ってくれればいい。ゆっくりとしていってくれ』
「ああ、ありがとう。また帰りに行くよ」
気を利かせてくれたんだろう。老コボルトはそれだけを言って元気そうな足取りで一人、村に戻っていく。
残ったのは俺たちと、女神像と、室内の物たち。
「箱からマスターの物じゃない貴石の気配を感じますわね。外でも感じましたけど……」
ラピスに頷いて、なんとなく……そう、なんとなく女神様の像にも頭を下げてからその石でできた箱の蓋を外して中を覗き込んだ。
そこにあったのは、いかにも貴重品が入ってますと言ってきそうなしっかりした造りの箱。
ゆっくりとその箱を取り出し、鍵もかかっていなかったので開くと、映画やアニメで見るかのような宝石の類がみっちりと詰まっていた。
「うわー……綺麗だねー」
「でも、中には誰もいないです」
思い思いに1粒ずつ貴石……色とりどりの宝石を手にして感想を口にするフローラたち。見た目はジュエリーショップではしゃぐ女の子そのものだけど、大きさは地球だと目玉が飛び出るような金額な気がする大きさなんだよね。
「こういう加工技術も失われてるんだ……よっぽど技術を秘匿していたのと、事件が突然だったのかな」
「確かに、これだけの貴石が今も外で作ることが出来るならもっと早く人間の反撃が始まっていたはずですわね」
どれをとっても、そこらのモンスターから得られる石英がかすむほどの力を感じる。これらを正しくジルちゃんたちに投入すればその強化具合は目を見張るものになると思う。
でも、逆にそんなものが残せるほどの人間がそのままここで死んでしまう程外は厄介だったことになる。
今の冒険者が過去のそれと比べて強いという可能性も十分にある。文明の利器や兵器に頼ると人間そのものは弱くなるとかどこかで聞いたことがあるしね。
「別に今考えなくてもいいんじゃないの? これだけあれば、トールが会えるでしょ」
「え? 誰と?」
思わず問いかけると、ルビーらしい呆れた顔で見つめ返されてしまった。その小さく可愛らしい口からはいつも通り、厳しめの言葉が飛び出すのだ。考えればわかるでしょ、なんてね。
会えるというのは他でもない、女神様とだった。言われてみればその通りだ。でもこちらから会いに行ったことは無いんだよね……どうしたらいいんだろうか。
「ジルたちも一緒だから大丈夫?」
「ただいまーって言えばいいんじゃないかな?」
そんなこんなで、みんなして手を握って女神様に会いたいと呼びかけるという不思議な光景が祠の中で始まり、あっさりと俺の意識はいつかのように浮遊感と共に白く染まるのだった。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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