JD-135.「文明の跡」
「大きいねえ……」
「うん……本当だ」
老コボルトの案内を受け、たどり着いた人間が最後に過ごしていたという場所に俺達はやってきていた。
一番多い時には数百人はいたという人間も、最後には3人ほどになっていたということだった。途中、どうにかして人間の領土に向かおうとした人もいたようだが、その時にはすでに周囲は魔物の世界と化しており、出ていった彼らが戻ってくることは無かったという。
この話が本当なら、例の都が襲撃を受けてからこの周辺を含め、モンスターたちが支配する領域は一気に広がったことになる。
例え都が失われたとしても、人の住む場所は他にも多くあったはずだからだ。
その勢いが途中で止まったのは何故なのか、それは今はわからないけど……謎が多すぎるね。
女神様の言う通りなら、相手にはトップとしての存在はいないようだけど、それは『今はいない』なのかも問題だった。
(女神様が悪いってわけじゃないんだけど、結局は神様視点だから大雑把なのかな?)
正直、色々と情報が足りない。何とかなっていると言っても、どこで情報不足で足元をすくわれるかを考えると懸念事項は減らしておきたい。今のままだとテスト範囲は教科書全部の中の一部です、ぐらい大雑把な情報で戦ってるような物だ。
『我らには読めず、使い方もわからないものもいくつかある。好きに持っていくといい』
「コボルトのためになりそうな物だったらおいていくよ」
「またオーク達が来るかもしれないのです。備えは大事なのです!」
大きな岩を直接くりぬいたと思われる空間。その技術もそうだけど、年月が経過しても形を保っている状況に俺達は驚きを隠せなかった。
自然の偶然なのか、どこかに人間の遺した何かがあるからかはわからないけど、この前掘りましたといっても区別がつかないほどでどこにも古さは感じなかった。
「うーん、物が多いわね……」
「手分けしてとにかく確認いたしましょう」
「ボクは運ぶよ。みんなに任せた!」
広めの部屋に陣取り、フローラを中心に小部屋から色々な物が運ばれてくる。多くが書物のようだったけど、帯には鍵がかかってるような何かがはまっている。鎖のようにも見えるけど、少し違うようだ。
壊すのも問題かと思い、あれこれと外すことを試みるジルちゃん達だけどどうもうまくいかない。
ふと、結び目に見える部分にいわゆるタッチパネルのような物を見つけた俺はそこに指を押し当てる。
「? 何かチクってしたような……おお?」
「ご主人様すごい! 開いたよ!」
俺は実質何もしていないのだけれど、ジルちゃんたちがいくらやっても取れなかった帯の仕掛けがあっさりと開いていくということはこれの鍵は……人間であることだろうか?
それはそれでジルちゃんたちが人間じゃないと突き付けられてるようで少し気になるな。仕掛けが悪いわけじゃないんだけどさ。
「うふふ、マスター。お気持ちだけ頂きますわ。今は笑顔でいてくださいな」
「そうかな? 気を付けるよ」
どうも自覚のないところで顔がそんな表情になっていたのか、ラピスにたしなめられてしまう俺だった。
気を取り直して、書物をめくっていくと……色々なことが書いてあった。
少しばかり色褪せがあるようにも見えるけど、経過した時間を考えると文字は元より、紙自体もよく品質を保ってると思う。環境が良かったのかな?
「……なんだか、小難しい書き方だなあ……」
「あれこれ話が飛んでるように見えますわね」
「お芋が3つ……日記?」
横からのぞき込んできた2人の言うように、中身は日記のように思えるあれこれが書かれた物だった。
例えばだけれど、秘密の技術が書かれているのかなと思った俺の気持ちを返してほしいところだった。
読み進めるも、外に出ていった人の話がたまに出てくるのを除けば、コボルトとの交流の話が多く、誰かの日記というのは間違いないようだった。
(もしかして恥ずかしいから封印をかけていたとかそういうオチ?)
俺がそんなことを考えたのも無理は無いと思う。キリのいいところで読むのを次のにしようと決めた時だ。
文体に焦りのような物が混じるようになってきたのがわかった。森で妙な咆哮を聞いた、とかそんな感じだ。
『金獅子はわかりやすい吠え方をする。となると別の……ふうむ、私も話だけは聞いたことがある。貴石獣だろうか』
「貴石獣? もしかして、体のどこかに貴石が光ってて、妙に暴れたりするやつのこと?」
まさかと思い聞いてみると、老コボルトは深く頷き、何かを思い出すように目を閉じた。
俺は読むのを一度止め、彼の口から言葉が出てくるのを待った。色々と話していたジルちゃんたちも静かになって彼を見つめるほどの真剣さだ。
『どんな暴れ方をしたかは私も話に聞いたぐらいではあるが……大地を食らっていた魔物がある日、偶然体に取り込んだ貴石の力で特殊な存在となったということだ。その力は別の種と思うほどに恐ろしい物だったという』
「間違いなさそうね。私たちのが人工的な貴石獣だとしたら、天然物もあるってことね……ふーん」
「何が来ても打ち倒すのみなのです!」
自らの貴石が取り込まれていた相手のことを考え、それぞれにやる気に満ちていくみんな。
俺は彼女らのことを頼もしく思いながらも、気になることがあってもやっとした気持ちを抱えていた。
それは……貴石の影響を受けるのが魔物だけなのかということだった。いつぞや出会った骸骨船長は魔物なのか、人間だったのかはわからない。もっと言えば砦で出会った人間だった物は貴石獣に分類されるのだろうか。
(どちらでもやることは一緒、か……)
そこまで考えて、結局は相手を倒して貴石を引きはがすのが一番であるということにたどり着く。
頭が悪いやり方かもしれないけど、単純でわかりやすいのも大事だと思うんだよね。
「あ、続きがある。貴石獣への対処法としては貴石を切り離すか、何かで消耗させること、だってさ」
「どちらもだいぶ力業ね。消耗させる間、戦ってなきゃいけないわけでしょう?」
呆れた声のルビーのつっこみはもっともだった。俺達がしているように飛びこんで貴石を切り離すか、戦いを続けて相手に色々と使わせて消耗させろ、だもんね。
もう少しスマートな方法は無い物か、と読み進めると、妙な一文が見つかった。
「なんだろう……もしも、貴石そのものと言えるような存在がいたとしたら、貴石獣の持つそれと主従をはっきりさせることで手元に召喚も可能と思われる?」
「マスター、少し失礼しますわね……なるほど」
俺の前に割り込むようにして読み始めたラピスは納得した声をあげて日記らしい書物を閉じた。もう用は無い、と言わんばかりだ。まあ、最後の方のページで日記部分は終わりだったからいいけれどね。
それにしてもラピスが近すぎてほんのり体温と香りを感じてしまい、みんながいるのに少し気分が変わってきてしまう。
「この日記は非常にいい物でしたわ。ジルちゃんたちには後で解説しますね」
「ラピスのお話はお勉強になるから好き」
「みんなで話し合えば完璧なのです!」
賑やかになっていく皆を見ながら、俺はこの場所でついにはいなくなってしまったという人間たちに思いをはせていた。
どんな気持ちで過ごしていたのか、どんな感情を我慢していたのか。そして、どんな未来を夢見たのだろうかと。
彼らの知識を引き継ぐということは、その思いも引き継ぐことになるのだろうな……俺はその時、そう感じていた。
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