JD-134.「わんこてんこもり」
オークの集落から助け出すことになった人間の言葉を話すコボルトたち。最終的には50匹以上のコボルトを救出する結果となり、どちらかというとコボルトの村へと戻る時の護衛の方が大変だったように思う。
森の道はそんなに広いわけじゃないから縦に長くなり、それは周囲のモンスターにとっては狙いやすい状況だったんだと思う。
コボルトたちに貴石術で一時的に生み出した石の剣のようなものを持たせ、自衛もしてもらったけれどそれでも俺達が駆けつけては対峙するというシーンがいくつもあった。
苦労の甲斐もあり、コボルトたちにけが人はあっても全員が無事に村に戻ることができたのは良い事だった。
『感謝するぞ、人間よ』
「ほとんど成り行きさ。依頼としてもちゃんと受けたしね。あっちの兄弟から」
若い頃は戦士だったのか、全身に古傷のある老コボルトが頭を下げてくるのを制しながら、ちゃんと依頼として受けたからやったまでであることを告げる。
そういえば依頼の料金、石英をお気持ちと色々話を聞かせてもらう、というのを誰にやってもらった方が良いのかな?
「おじーちゃんは物知りさん? ジルたちね、色々知りたいの」
「西にあった人間の都のお話とかが一番気になるのです!」
『ふうむ……あの都か』
俺の予想にある意味反して、老コボルトは人のいなくなった都に心当たりがあるようだった。あんな場所までここからコボルトが遠征していくのは大変だと思うのだが……昔は向こうに住んでいたんだろうか?
村に残っていたコボルトと救出されたコボルトが再会を嬉しがり、今日は宴をしようと騒いでいる中、俺達は老コボルトに案内された先の家で顔を突き合わせていた。
サイズがコボルト向けなので俺には少し小さいけれどジルちゃんたちには問題なさそうだった。
思った以上に家具といったものがあるのに驚きながらも、思案顔の老コボルトの続きを待つ。
『そもそも、私たちが人間の言葉を話せるのは、その都から逃げ延びてきた人間と先祖が暮らしていたからなのだ。
どうもその人間たちはこの地で最期を過ごすことを選んだらしくてな。良い場所は無いかと我らに交渉を持ちかけたらしい。我らが人間の言葉を理解したのが先か、人間のほうがコボルトの言葉を覚えたのが先か、それはわからない』
「生き残るために相当苦労したんだろうな……それ、コボルトに人間と暮らす利点はあったのかい?」
気になったことを問いかけると、老コボルトは壁に立てかけてあった農具らしいものを指さす。改めてそちらを見ると、確かに加工技術を感じるというか、ただ石器を使っているという様子ではない。
この流れから言うと、あれはコボルトが作った物じゃなく、人間由来の技術が使われているということかな?
『ああいったものを人間は我らに対価として差し出し、協力して外敵から身を守り、時には攻め返し、このあたりをコボルトの領土として周囲に認めさせたのだ。ただ、そのころには人間の数も徐々に減っていた。確か……風土病と言っていたか。不慣れな土地には人間は弱いのだな』
「医者はいなかったか、対処できないような未知の物だったか……貴石術と都の技術で便利だった弊害ってとこかしら」
「貴石術での癒しにも限度がありますものね。何が薬として効くかも試す余裕は無かったのでしょうね」
なおも続く老コボルトの話。人間の集団は最終的には近くの岩場に住み着き、晩年を過ごしたのだという。結局子供や孫と言った世代はほとんど産まれず、そのままいつの間にか人間はいなくなったのだ。
ただ、交流のためにと教わった人間の言葉、文化という物はコボルトの中に脈々と残り続けた……その理由がある。
『人間の託してくれた様々な物は人間の言葉を理解せねば使えないものばかりだったのでな。こうして若い個体にも言葉を教えている。どうだ、話す言葉に間違いはないか?』
「完璧だよー! ボクより難しい言葉を使ってる気がするもん」
「フローラ、あんたはもう少し……まあ、いいわ」
映画の吹き替えを聞いているかのように流ちょうなコボルトの話す人間の言葉。意思の疎通に苦労しないのは非常に便利だ。お互いのことがわからないというのは誤解もいっぱい産むからね。
そうこうしているうちに、宴の準備ができたと若いコボルトたちが呼びに来た。
『人間の口に合うかはわからんが、気持ちは受け取ってもらえるだろうか?』
「喜んで。ねえ、みんな?」
さすがに生きたミミズみたいなのが出てきたら戸惑うかもしれないが、出来る限り礼には礼で答えようと思う。
その気持ちは皆も一緒だったみたいで、俺の言葉に5人とも笑顔で頷いてくれた。
そしていくつも用意されたキャンプファイヤーのようなたき火を囲んでの宴が始まった。
(よかった……普通だ)
コボルトの用意してくれた諸々は、普通に食べられるものだった。少なくとも見た目は。
味や、素材が何かは聞かない方がいいかもしれないが、予想を覆す豪華さにジルちゃんたちも顔が輝いている。
よく考えたらみんなは何でも食べられるんだよね、俺も実はそうなのかな?
『人間の遺してくれた書物には、人は火を使ったものを好むとあった。どうだ、問題はなさそうか』
「ジルはねー、この鳥さんだと思うお肉が良いなって思うよ。歯ごたえがしっかりしてるの」
再び話しかけてきた老コボルトは村のリーダーか相談役、といったところなんだろうか?
周囲のコボルトが老コボルトに頭を下げているからそれなりに上の立場なんだろうね。
俺達はそれぞれに感想を告げ、老コボルトはその1つ1つに頷いている。
『それはよかった。かつて、人間は滅びる直前だった我々の先祖を身を挺して救い、共に生きてくれた。
私たちはその恩を忘れずに生きてきた……が、人間が再び我らの前にやってくることはつい先日まで無くてな……。報告を聞いたときはまさかと思ったが、それよりもオークの襲撃の方が問題だった。
そこにお前たちがやってきたのだ。これも人間の言う運命という物なのかもしれないな』
「再会が、良い出会いとなることを祈って……」
差し出されたコップに注がれる液体は香りからしてアルコール。コボルト酒なんてもの、飲むのは最近じゃ俺が初めてだろうな……うん、すっきりした飲み口だ。
そのまま俺とコボルトたちとの話は続く。いつしか周囲では何匹かのコボルトが楽器らしきもので演奏を始め、聞き馴染の無い、けれどもどこか懐かしさを感じる音楽が響き渡った。
集まって来たコボルトたち、その中には当然子供もいる。彼らにとって俺達は好奇心を満たす格好のおもちゃに違いなかった。いつの間にかみんなのそばにはふわもこのコボルトの子供たちがおり、あれやこれやと話しかけられていた。
「えっとね、ジルはずっとご主人様と一緒なんだよ」
ジルちゃんが一言話せばただそれだけなのにきゃっきゃと騒ぐコボルトもいれば、透き通った髪の毛にキラキラ目を輝かせる、多分女の子なコボルト。ラピスやニーナ、当然フローラとルビーにも群がり始める子供たち。
その勢いはかなりの物だけど、悪い気持ちからじゃないからか、みんな楽しそうに応対している。
コボルトの集落がここだけじゃないとは思うけれど、これだけ子供たちがいるというのはとてもいいことだなと思った。
『明日にでも、人間が住んでいた場所に案内しよう。何かの役に立つかもしれん』
「いいのか? ありがとう……さあ、今日は飲もう!」
子供たちを見る老コボルトの目には涙のような物がある。相当な苦労がこれまでにあったんだろうなと思い、俺はまるで人間の親友にするかのように話しかけてその夜を過ごすのだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




